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  Over the Wall vol.9 


遺品・二〇〇〇年 十月二十四日

 喬木巡査部長は、依然としてダイエットに成功していないようだ。
 刑事は俊敏さが命だからな、と言いながらおにぎりを頬張っていた十五年前を思い出し彰人は苦笑した。『目標マイナス十キロ』は未だ遠い道のりと見た。
 警察署に足を運んだ彰人を見つけるや否や、喬木は開口一声「申し訳ない!」と巨体を折ってカウンターに手をついた。周囲の警官や刑事達が揶揄の視線を送る。彰人は喬木を許すしかなかった。
 電話で口を滑らせた荒川の失態は、上司とはいえ喬木に直接的な責任は無い。彰人の複雑な気持ちはまた、行き場を失ってしまった。
「もういいですから……」
 深々と頭を下げる喬木の肩を叩く。それでもまだ、喬木は肩をカウンターに付ける様に上半身を折ったままだ。
「喬木さん、遺品、見せてください」
 そう彰人が促すと、ようやく喬木が顔を上げ、初めてまともに彰人と向かい合った。心底落ち込む表情をしている。得な人間だなと、彰人の心に皮肉が浮かんだ。
「では、こちらに」
 案内され、オフィスの造りになっている部屋を抜け、人気のない広い廊下に出る。突き当たりまで廊下の両側に三つずつドアがあり、それぞれに「OA資料室」「第二資料室」「第三倉庫」と手書きの張り紙がしてあった。
 その内の一番奥、表示の無い部屋の前で喬木は止まった。ズボン後ろポケットから鍵束を取り出し、鍵を選んでいる。
「それにしても…君も大きくなったな」
 鍵がぶつかり合う音に重なって、喬木が呟いた。電話での不手際がなければ、まずお互いの久しい再会を喜び合いたかったのだろう。
 喬木が最後に彰人に会ったのは十三年前、彰人が中学を卒業する前だった。
「まるで私がまだ子供みたいですね…」
 会話を合わせた彰人に、喬木の表情が更に和らぐ。急に老け込んだように見えた。
「そりゃあね。代沢彰人は、俺の中でずっと細っこいガキのままだったんだよ」
 探し当てた鍵を鍵穴にあてがう。
「もう二十八ですよ」
「そうだなー…まさか君が医者になって同じ業界に入ってくるとは……」
「意外でしたか?」
 ドアが開いた。空調が効いていない室内の冷たい空気が廊下に流れ出た。喬木は手だけ部屋に入れ、電灯のスイッチを探る。
「いや……珍しい事じゃないけどね、君みたいなタイプ」
 医療関係・警察関係者・法律関係者の中には、幼い頃の経験に大きく影響された人が少なくないと喬木は言う。
「でも人生にいつまでも何かが引きずってついてくるってのも可哀相な気がするんだよ……俺の思い込みかな」
 裸電球が灯った。狭い室内はそれで十分に明るくなった。
 小さな机と、背もたれの無い丸椅子が二脚。そしてダンボール箱やボックスを積んだスチール棚が壁際に四方に並んでいる。壁を埋める棚の間に申し訳程度についている小さな窓。剥き出しコンクリートの部屋にあるのはそれだけだった。
 入室後にドアを閉めると、湿った冷たい空気が首筋を伝う。彰人は軽く身震いした。椅子を一つ勧められ、デイバックを足元に置いて座る。喬木は、ボックスの一つを探り、中からビニール袋に包まれた四角い物を取り出した。
「これがそうだよ」
 どこにでもあるスーパーのビニール袋に包まれたそれは、大きさが文庫本サイズで、手渡された感触は硬かった。そして重かった。
「………」
 瀧袴の遺品を手に、彰人は暫くビニールに包まれたままのそれを眺めていた。そうしている彰人を、喬木は見守るように立ったままでいる。暫く静寂が空気に漂った後、彰人は手にしたビニール包みを机に静かに置いた。
「ま…それをどうするかは、全く君次第だから」
 複雑な心理に戸惑い気味の色を視の奥に見せる彰人に、喬木は気を遣いたいようだ。
「喬木さん」
 机を見つめたまま、彰人が呟く。
「ん?」
「お願いがあります」
「お願い…?」
 彰人がビニール包みをテーブルに置いた手を、膝の上に乗せる。その何やら改まった雰囲気を感じて喬木も丸椅子に腰掛けた。
「尚人が…弟が、今後何かを探ってきても真実を告げないようにしてほしいんです」
 自らの責任を改めて突きつけられた気がして喬木の表情は再び曇った。
「…電話の事は、悪かったと思っている」
「いえ…」
 頭を下げ掛けた喬木を止める。早かれ遅かれこうなる、と呟くと喬木は直接彰人の目を見やった。その目を見ながら彰人は、
「弟は…」
 専門家としての記憶と、言葉を探る。
「弟は、何かに気付いています。感じ取っているんです。あいつも何か隠している。あの交通事故から、言動に変化が現れました」
「そういう事が専門だからな、君は」
 喬木が頷く。彰人は兄の立場から弟としての尚人を見る以前に、代沢尚人という一人間を客観的に観察、分析する技能と知識を持っている。コミュニケーションとスキンシップを中心に意思疎通と相互理解を深める一般的な人間関係を、机上理論として第三者の立場をとって眺める術を彰人は学んでしまっていた。それで周囲との接触行動が希薄になっている事を彰人自身は自覚していない。
「もう感づかれているかも…でも全て知られてしまう事だけは、避けたいんです」
 同情を顔に表して彰人を見ていた喬木の顔から、彰人の話しを聞く内にその表情が消えていった。包容力を感じさせる温和な表情をしている。
「ずっと隠し通すのかい?このまま」
 俯いたまま一度頷いた彰人は、一瞬戸惑いの色を瞳に浮かばせ、そして顔を上げた。視で喬木にその言葉の意味を問う。
「本当の家族……っていうのは、何て言うか…きれいなものも汚いものも許しあえられるから、他のどんな人間関係よりも深いんじゃないか?」
 喬木の稚拙な言葉の使い方が、実に効果的に響く。外見に似合わない気障っぽい言葉の流れに照れる表情を見せず、喬木は淡々と語る。視は彰人の頭上を通り越し、この部屋唯一の小窓から見える殺風景な署の裏庭を、遠い目で見ていた。
「これこそ、君の専門範囲内だと思うけど…多いだろ?家族関係がマズイとかが原因で君の所に来る患者とか、警察の世話になるガキとかってさ……俺、そういうの信じられないんだよ」
 長い前置きと遠回しに話しを進めるその先――結論は見えていた。だが、言葉を割り込ませる隙が無い。
「人間は、必要なんだよ、この世の中に自分にとって『絶対的存在』っていうのが」
 ここで喬木がいう「絶対的存在」とは何を指しているのだろうか。
 人間は、地球上生物上で唯一、自己探求する事で精神的に成長していく生き物である。人間は、自分の環境に存在する者・物に同一化し、そこから情報を吸収して成長し、そして次なる同一化の対象を探す。それの繰り返しだ。初めは最も身近な自分とは異なる存在―両親から、そして次第に外界に向かう精神は次に教師、友人、アイドル、ヒーローなどの自らが成長した事によって選んだ「自分にとって重要な、意味のある他人」に同一化し、また成長する。
 この心理学的理論に当てはめられると、彰人は思った。
「ずっと傍にいて、どんな我が侭も許してくれる、どんな自分でも受け止めてくれる存在っていうのが必要なんだよ、俺達は。じゃなきゃ…寂しいじゃないの」
「例えばだな」と喬木はここで彰人に向き直った。彰人の視の奥に入り込み、心の中を覗き込む様に、深く、見つめる。
「俺にとっては母親と女房…尚人君にとっては君、君にとっては尚人君みたいに、だな」
 ―――違う。
 彼の言っている事は違った。彰人が描いていた心理学的理論とは違った。
「絶対的存在」
 彼の言うそれは、全ての自分を受け入れてくれる存在…――彼にとってはそれが「母親」だという。
「母親」
 心理学の多くの理論の根底にはこの存在がいる。母と子の肉体的繋がりは精神的繋がりであり、男女間の繋がりでさえ前者が根源にあるという。女性崇拝者である心理学講座の教授は、こうした女性の生の創造者としての神聖さ、尊さ、偉大さを蔑ろにして物理的「力」に奢る男の社会を批判していた。
 学生として、医者として、十年近く学んだ「母親」の基板上に積み上げられている人間の精神・心理の、その根本的認識、理解が彰人は出来ていなかった。
 認識不足の自覚はある。その話が出る度、自分にもかつて十三年間傍にいた「母親」を思い出す。十三歳までの自分にとって「母親」とは何だったのか、考える。
 だが、答えは出ず終いだった。
 その「母親」と「兄弟関係」を、今喬木は並列させて例えた。
「血の繋がりとかも関係なくて…ほら、女房なんかは他人だけど、俺には絶対必要な存在なんだよな」
 喬木はここで初めて照れ笑いを浮かべ、両手を机の上で組み少し前屈みになった。
「ごめんな、言いたいことがうまく言葉にできなくてさ」
 喬木は彰人自身の口から答えを出させようとしている。彰人もよく使った手だ。そう思うと、余計に唇を噛み締めたまま口が開かなくなってしまう。黙り込む彰人を見つめる喬木。また暫しの静寂が冷たいコンクリートの部屋に漂う。それを破って喬木が丸椅子から立ちあがった。コンクリートに擦れたゴムの音が響く。
「ま…分かってると思うけれど…」
 背後のドアの前に立つ。右手でドアノブを握ったまま、彰人の方を一瞥した。
 ガチャッ…というドアノブが回された音で、彰人が喬木を引き止めようと椅子から腰を浮かせる。喬木はそれに気付かない振りをした。
「一応、署内には、手回ししておくよ。君の頼みごとだからね」
 と、喬木は彰人に猶予を言い渡して静かにドアを閉めて出て行った。規則正しい足音が、閉ざされた室内から空しく遠ざかっていく。
「後は自分で考えろって事か…」
 一人残された殺風景な部屋は、思索に更けるには相応しくないが反省部屋には使えそうだ。改めて室内を見回す。打ちっぱなしのコンクリート、小さい窓、そしてそこにいるたった一人の自分。ここはまるで、独房。
「………………」
 彰人の視線は、自然に机の上に行き着いた。そこで無言に彰人と向き合う冷たい物体、遺品。今は死んだ人間の、生きていた証。特定の人間、彰人にあてられた、証、刻印。
 それを包み隠す、テープでとめられたビニールを彰人は丁寧に剥ぎ取った。
 乾いた感触が指先に当たる。
 それは一冊の本だった。否、本の様に製本されている、市販のノートだ。元は白かっただろう表紙、裏表紙は黄ばんで、所々赤茶けていた。中を開くまでも無く隙間無く書き込まれているのが分かる。長い時をかけて湿気を含み、紙が膨らんでいた。
(日記?)
 ノートの作りから、そう思った。
 陳腐だ。
 日記の遺品…可笑しい程にありふれている。
 苦笑を口元に含みながら、彰人はハードカバーの表紙を捲った。


 
 出迎える者のいない家に帰宅した尚人は、薄暗い室内で無意識に兄の姿を探した。
 今日当たり彰人が例の「遺品」を取りに行き、何らかの事を自分に説明してくれるのではないかという不安と期待を抱きつつ、今日一日を過ごした。
 だがそれは裏切られ、人がいた気配も見せない冷たく暗い部屋が尚人を迎える。
 彰人は仕事だ。いつも通りだ。分かっている。
 だけど、仕事にかこつけて自分から逃げているのではないのかと今日は思う。八割がたそうだと強く思っている。
 逃げている。自分から。
 要因は自分だ。彰人に非がある事は考えたくない。
 あの兄に「汚れ」がある筈が無い。あってはならないのだ。
 叔父と叔母の元で生活していた時から、彰人は尚人が見る世界の全てだったから。
『たった一人のお兄ちゃんなのよ、仲良くしないとね』
 そう言われつづけて、そう信じてきた。
 たった一人。ただ一つ。失ってはもう何も残らない、だけど存在する限り、「絶対」。尚人にとってそれが、彰人だ。日常だった。
「そういえば今日、小河原欠席だったな…」
 そんな事を思い出しながら、ますます暗闇が深くなっていく窓の外に気が付いた。まずカーテンを閉めて、電気を点けよう。そうすれば、眩い光がすべての暗闇消し去ってしまうだろうから。そして日常が戻るはず。
「腹減った……」
 日常の生理現象が、尚人の腹を鳴らした。
 
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2006.06.18.Sun/22:03
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Author:北野ふゆ子
> 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。 得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。

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