スポンサーサイト 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--.--/--:--
  Over the Wall vol.7 


ドラマ・同日

「代沢」
「代沢君」
 急な覚醒に瞼を開けると、生物の三田村先生の顔が視界を占領していた。その肩の後ろから覗き込む女子生徒も確認出来る。
「………」
 首を動かして周囲を確認する。上半身が三田村に支えられていた。何が悲しくて中年教師に抱きかかえられなければならないのか。
「すいません…」
 興ざめした思いで半身を起こした。冷たい廊下に座り込んだまま、周囲を見回す。
「立てるか?保健室行くか?」
 しゃがみ込んで三田村が尚人の表情を覗き込む。呆然とした様子でキョロキョロと落ち着かない尚人を按じている。
 一方の尚人は、少女の姿を探していた。
(幻覚か……・?)
 倒れている自分に何度も呼びかける少女の姿を、尚人は確かに見た。細かい表情まで覚えている。声まで聞いた。少女は、泣いていた。涙を流していた。
 愛おしさが胸に広がった。彼女の涙が…濡れる瞳が愛らしいと思った。
 手を伸ばしたかった。触れたかった。
 少女がこんなにも愛しい。
「……・・」
 だが学校の廊下に、少女の姿は無い。それ以前に彼女はどうみても高校生には見えなかった。紺のセーラーではなく、白いワンピースを着ていて、自分よりいくらか幼い気がした。
 見知らぬ少女が何故こんなに愛しい?
 少女の姿を探す内、小河原の存在を思い出した。景色が白濁色に変わる前、目の前に続く廊下に立ち塞がる位置に立って自分に向かい合っていた、小河原は…?尚人を取り囲む教師、生徒の面々を改めて見渡す。だが、
「大丈夫?」
「保健室、行く?」
「おーい」
「聞こえてるー?」
 小河原はいなかった。
「ねえ」
「ほんと、大丈夫なの?」
「代沢?」
「保健室…行きます……」
 戸惑う面々から逃げるように、尚人は重く感じる体を起こした。


 また授業を公的にサボり、しかも今度は早退という特別酌量を受ける事が出来た。よほど彰人の職場に電話を入れようとする保健医を必死に説得し、さすがに心配そうな顔をする担任に見送られて校門を後にする。
 昼前の学校周辺は人気が無く静かだ。まだ朝の冷たさを残す風が清々しい。鳥の囀りさえ聞こえる。
 暫く歩くと、緩やかな長い下り坂にやってくる。事故に遭ったあの坂道だ。坂の頂上から眺めると、下方のブロック塀がまだ一部修復されないまま崩れているのが目立った。コンクリートの道路から歩道にかけて黒く跡の残ったスリップ跡も見える。人気が邪魔しないこの時間、尚人は初めて事故現場の全様を見る事が出来た。
 恐怖は無い。事故の記憶も蘇らなかった。
 平然と、自分が倒れて吹っ飛んだと思われる場所に再び立つ事が出来た。道路に染み付いた、赤い斑点を見つける。
(俺の血だな……)
 これを見ても、何も恐怖は湧かなかった。水溜まりのようなおびただしい出血跡があるならまだしも、打撲中心の怪我である。現場に自分の跡は残らない。それが何故か残念な気がしないでもない。
 ――――アホらしい
 何を悪趣味な事を考えているのだろうと、自分で呆れた。ここに何も自分が思う所の物は無い。感傷など無い。尚人は足早に坂道を下り切った。
 不思議な程に淡白でいられた。いや、これが自分の性格なのだろうか。尚人は入院中に彰人が直々に行ってくれたカウンセリングの事を思い出す。
 カウンセリングとは言っても普通の兄弟同士の会話だ。患者のメンタルケアの名目で、兄が弟の様子を観に来ただけの事だ。彰人の話によると、断片の記憶だが怪我の重軽に関わらず人間が体に傷を受けると、本能がその怪我から身を守る為に「恐怖心」という行動のブレーキが生まれるらしい。例えば過去に犬を噛まれると、それから暫くの間無意識に犬を避けたり、あるいは犬がそれ以来嫌いになる事も多い。本能が、過去に自分を傷つけた「犬」を避け身を危険から遠ざけるのだという。
『事故現場は避けた方が良いかもしれない。交通量の多い場所も暫く歩かない方が良い』
 尚人の場合も、事故瞬間の衝撃からするとフラッシュバックは起こり得る。だが事故自体の恐怖は、その瞬間も今も、皆無だ。今日、そして先週尚人を襲った恐怖の苦痛や症状はフィードバックに似ていたが恐怖の対象は事故では無いように思う。それは、尚人自身が経験した事の無い、だけど確かに恐怖と感じられる別のものだ。
 この説明をどう付けたら良いのか、彰人の話からは辻褄が合わない。そしてそれを彰人に相談すべきか、尚人は迷っていた。
 ―――兄貴が多忙だから心配させたくない
 そんな事は堅実な弟を装った口実だ。心配される事に慣れていない自分の心をよく分かっている。誉められるのも嫌いだ。叱咤されるのもするのも、泣く事も、大袈裟に喜ぶのも。剥き出しの感情。感情の表われが、ひどく卑俗的な気がする。
 テレビ、漫画、ゲーム。多くの人の感受性に影響を与えるエンターテイメントメディアの多くは、突発的衝動的感情・行動を美化する。泣き叫ぶ女、狂喜に猛る男、衝動が犯した罪、そして罰、狂った生と死。メディアはそれらを単純化そして記号化して複製、蔓延させる。
 最近ベストセラーになった長編小説は、登場人物の豊かな感情の描写と、過激なストーリー展開が話題になっていた。映画化され、その後テレビの邦画劇場でも放映され、高い視聴率を打ち出した。社会現象とまで囁かれた。
 読者層から外れている尚人にも、凄まじい出版社のマシンガン宣伝と巷の風評のみでその内容は大方把握出来てしまった。恋愛ごっこに狂った男女の、いわゆる…そういった内容のものだ。
 ―――気持ち悪いよな
 テレビで流れた番宣を見て呟いた尚人の一言だ。背中に虫が這うようなむず痒さが走り、羞恥心まで沸き上がってくる。耐え兼ねてチャンネルを変えた。そういう愚かな部分を曝け出した自分を垣間見せる事が許せなかった。
 先週、そして今日の「失態」……。
 教師や生徒達が自分に向ける目、声…
 狼狽、心配、好奇…思い出すと背筋が震えた。
 そして、怖かった。
「……やめよう……」
 ふと沸き上がった僅かな恐怖感に背を押されて、尚人は駆け足で帰宅路を急いだ。
 夕方には彰人が帰宅する家が、無性に恋しかった。
スポンサーサイト
2006.05.31.Wed/00:59
COMMENT TO THIS ENTRY
   非公開コメント  

お知らせ

  • WEB拍手やご意見ご感想へのお返事は、BBSに記載しております。

管理人へ連絡


お気軽にお声がけ下さい
ID= eishika_yieza


ご意見ご感想はこちら(BBS)
ご意見ご感想はこちら(FORM)
メールはこちらから

参加中



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。
よろしければご感想をお聞かせ下さい。
私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。

プロフィール

北野ふゆ子

Author:北野ふゆ子
> 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。 得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。

ブロとも申請フォーム

リンクリスト

ブログ内検索


CopyRight 2006 北凪 All rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。