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  Over the Wall vol.5 


電話・二〇〇〇年 十月二十一日

 土日だというのに尚人の兄は多忙を極め、宿直だと言って出て行ったきり、戻って来なかった。よくある事だ。最後に揃って食事をしたのはいつだっただろう。
 土曜日の朝、尚人は昼近くに目を覚ましリビングのソファに寝転んで新聞を広げていた。Tシャツにパジャマの下、寝起きの格好のままだ。
 尚人の高校は私立で完全週休二日制だ。部活動に参加していない生徒にとって、時間を持て余すほどだ。土日に真木や小河原に連絡を取る事は出来ない。真木はハンドボール部、小河原はアメフト部なのだ。真木のハンドボールは、バスケや野球、サッカーと言った高校運動部の花形を敬遠した結果であり、小河原の場合、頭を使える戦略性のより高いスポーツを選んだという結果なのだそうだ。
 双方とも、そこそこに楽しんでいるらしい。真木も小河原もさぞ敵から嫌われる存在であろうと尚人は敵に同情した。意地の悪い奇襲を思い付くのが得意な面々だから。
 坂井は、運動部の入部を親から禁じられている。中学の時、親に内緒でサッカー部に所属していたのだが、練習試合で相手チームと激突し肩を脱臼してから親の目がより厳しくなったのだ。
 尚人は特に小さい頃から叔父夫婦や彰人から、学校生活面での束縛は受けていない。成績も悪くなかったし、目立つタイプではないから問題も起こさないので内申も悪くなかった。
 だが、何も興味が湧かないのだ。体を酷使し精神を痛めつけ、それでもなおもしくはそれで充実感が得られる事が理解出来ない。
 小さい頃から無感動、淡白な性格だと彰人を含めるから言われていたが自覚が無かった。自分と比較して周囲が感情的であるのだと思っていたが、一般基準が自分ではなく周囲であるという事に二、三年前から気がつき始めた。部活にも委員会にも、甲斐を見つけられない自分の状態に最近は焦りを感じている。だからと言って行動に移すまでには至らない。部室の門を叩こうというその寸前に、思い直してしまうのだ。
『入ったら…その後はどうなるんだ…?』
 上下関係、生活の制約、能力の限界、怪我……等、その欠点が一気に思い出され、無理につけた勢いが冷め切ってしまうのだ。
 結局、焦りの裏側で本心は何も望んでいないのだと覚る。
 そんな事を繰り返す時期が、必ず一年の一時期にやってくるのだ。そんな時、例えばこうした土曜日の昼下がり、体力と熱量を体内で燻らせたまま暇を持て余していると、無意味な時間の流れと自分の無気力振りと惰弱さに胸の底で感情が煮えてくる。
 これが「若さを持て余す」という事なのだろう。「若さ」は、確かに一時期の特権である。それだけで世界の中心に居座ったような気分に人を陥らせる。小河原と尚人の様な陽性・陰性の違いはあっても、結局誰もがこの頃、自分以外を知らないだけなのだ。
 テレビの前のテーブル、その上の新聞、その二十面、小さなスペースの記事。尚人の視線が捕らえられた。
『女子中学生誘拐・殺害事件犯人・逮捕』
 昨晩、ニュースの速報で見た事件の記事だった。中年の男が身の代金目当てに女子中学生を誘拐したが、結局殺してしまったという事件だった。
 新聞記事の内容はほぼテレビと同じであり、ただ今回は犯人の名前と顔写真が掲載されていた。白黒のドット写真ではこの犯人の人相が伺えない。だが、きっとこの記事を見た誰もがこの写真を見て、無感動に思うのだろう。
「それらしい顔だな」
「普通の人に見えるのに」
 尚人がその写真を見たときに抱いた印象は、それとは異なった。
 興味が、湧いた。
 この人間がこの行為に及んだ経緯、理由について。
 テレビでは、彼は物陰から少女を鉄パイプで襲い掛かったと言っていた。待ち構えていた時、何を思っていたのだろう。その前、鉄パイプを用意していた時は、何を考えながらパイプを選んでいたのか。少女を捕らえた時は、少女の様子はどうだったのか、おそらく脅えただろう少女を見て、接して、何を思っていたのか。
 その瞬間、水風船を思い出した。
 水風船を地面に叩き付けると、弾けて、水が、
 ぐしゃっ………
 頭の中でニュースが流れる。
『高校生の、コンビニのアルバイト店員二人が、酔っ払って店内に入ってきた暴走族の少年達に暴行を加えられ、一人は頭部を強く殴られ、死亡しました』
 残酷な玩具だ。小学生の頃、たくさんの水風船を両手に抱え公園で数人の友達と投げ合う遊びが流行った。一人の時も、片手に収まる水風船を衝動的に握り潰した事もある。
 その瞬間に指先から溢れ出る水がきれいで、手のひらに伝わる水が流れる感覚が気持ち良いとも思った。
『逮捕から既に二ヶ月が経過した、達樹ちゃん誘拐事件で達樹ちゃんを誘拐の後殺害した**被告に最高裁は懲役…年を言い渡し…』
 大人が人を殺すのと、子供が物を壊す事が、この時は同じだと思った。そう、水風船は内臓に似ているんだな、と気がついた。潰すと中から液体が溢れ出す。柔らかくて、大きさも似ている。
『アメリカの小学校で十歳の男子生徒が突然教室内で猟銃を乱射し、五人のクラスメイトがそれにより死亡、教師を含む十三人が重軽傷を負いました』
 昆虫の中に共食いの習性がある種類がいるのだから、人間に人間の破壊欲求があってもおかしくは無い。水風船遊びも、子供の単純な破壊欲求を満たすスケープ・トイだったのかもしれない。
「………」
 新聞記事を次々と目で追いながら、脳裏には赤い水風船が次々と弾けていた。

 TRRRRRRRRRRRRRRRR

「!?」
 音量最大に設定した電話の呼び出し音が、尚人しかいないリビングに突如響き渡った。
 テレビ画面に反射して映る自分の肩が大きく揺れたのが、尚人にも見えた。ソファのすぐ横に置いてある子機のプッシュボタンが赤く点滅し、尚人を急かしている。強迫観念が尚人の腕を自然に子機まで伸ばす。着信ボタンを押すと、ようやく音は止まった。安心感と共に心臓の高鳴りが耳へ届いた。
「もしもし…代沢です」
 自分の声でそれを隠す。
『もしもし、私、荒川と申しますが、えー…彰人さんのお宅はそちらでしょうか?』
 聞きなれない、やけに丁寧すぎる若い男の声が聞こえる。
「はい」
 大学病院関係者だとその口調から思ったが、
「どちらさまですか?」
 相手が再び彰人の名を口にする前に、そう尚人の口から警戒を現した言葉が出ていた。
『申し訳ありません、私は旭ヶ丘警察署の荒川と申します。それでですね……』
「警察?」
 尚人の喫驚する声が、続けようとする相手の言葉を遮った。
『あ、ええ。でも、何かあったとか、そういう事では無いんです。明るい話ではないのですが、十五年前の事件の事で』
 尚人を尚人と知ってか知らずか、訝しがる尚人の声を、気を沈めたと勘違いしたらしく、荒川と名乗ったその警察関係者の丁寧な口調に今度は遠慮が加わった。
『あの事件に関しましては、誠にお悔やみ申し上げます。今回お電話差し上げましたのは、その、瀧袴が代沢さんに遺したと思われる物が見つかりまして、それで…』
(タキハカマ……?)
 尚人には全く話の内容が掴めなかった。だがとにかくその後の話の内容から、代沢彰人本人に、身分証明書と印鑑を持参の上、署まで「物」を受け取りに来てほしい、という事だけは取りあえず理解出来た。
「はぁ」と相槌を打つ尚人の声に合わせ、荒川は文章を区切りながら用件を全て伝え終え、「という事なんですが」と締めくくった。
「はぁ…兄に伝えます」
 と尚人が答えると、途端それまで不自然に事務的だった口調が慌て始めた。
『え、あなた、代沢彰人さんでは…?』
 やはり尚人を彰人と勘違いして喋り切ってしまった、といったふうである。
「代沢彰人は僕の兄ですが」
『え、あ、君…弟さん…ああ…本当だ…。あ、失礼、こっちの事です…。まあ、とにかく、では、ご伝言、宜しくお願いします。では、失礼します』
 掛けてきた時とはまるで別人の口調で、電話は一方的に切られた。
「……・・?」
 尚人は暫く電子音を発する受話器を耳に当てた姿勢のまま考え込んだ。呆然のあまりに「固まる」とはこういう状態なのだ。
 受話器を置く前に思わず通話口を見つめもした。演技ではない。疑問の矛先が自然に受話器に向いただけだ。
「十五年前……」
 荒川の話の中でまずそれが引っかかった。それが無ければ、彰人の仕事関係だと辻褄を合わせて片付けられただろう。若しくは、十五年前に何らかの事件事故で精神を患った人が、亡くなるまでのここ数年間、彰人の患者であったという可能性も十分にある。そう考えるのが自然であり、合理的であった。
 だが、「十五」。この数字が気になった。
 偶然にも彰人と尚人が両親を亡くした時でもある。それだけで事を関連付けるのは安易過ぎる。それでも尚人の心に、何かが引っ掛かる。
「瀧袴」
 この名前が要因だった。
 周囲に一人としていない珍しい名前だ。荒川の早口な会話の中で、たった一回出た一般的に聞きなれないこの「音」。聞き逃してもおかしくなかった。それが……
〈た き は か ま〉
 タイプで音を立てる様に尚人の聴覚に刻み込まれた。
「……まあ…いいか……」
 どう分析しようも無い現象に、この時はこう有耶無耶にするしかなかった。

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2006.05.20.Sat/02:03
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> 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。 得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。

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