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  Over the Wall vol.3 


家・同日

 尚人が家に帰ると、彰人がいた。
 二人で使うには大きいテーブルがダイニングと繋がったリビングの隅に置いてある。リビングの中央を陣取るのは大きなソファだ。ここに越してきたときに彰人が拘った部分だ。
 このソファは、彰人のベッドの、その役割を度々奪っていた。尚人には座り心地が柔らかすぎるので、テレビを見るときもフロアリングの床に座る。このソファは、完全に彰人の所有物となっていた。
 そのソファに半身を沈め、彰人は無地のTシャツにGパンという簡単な服装で寛いでいた。空気みたいに、優しい音楽が揺らいでいた。呪文を掛けられた様に彰人が横になった体を軽く揺らしていた。
「……」
 視界に彰人の姿を見つけると、自室に直行向かおうとしていた尚人の足が止まった。
 医療関係者というものは、まるで芸能人のようにスケジュールの移り変わりが激しい。時間の観念が役に立たない。尚人も彰人の生活観念について行けないのだ。
「あ…・いたんだ」
 だから尚人はつい、突然の事にいつもこんな言葉しか掛けられない。
「おかえり」
 と彰人。
 テレビから流れているかと思った音楽は、CDステレオのスピーカーからだった。チェンジャーがカタカタと微かな音をたてている。
「?何、この音楽」
 ストリングスだ。クラシックかと思ったが、ふと耳についたメロディーの作りがやけに単純だったので、違うだろうと思った。
「うん……映画音楽」
 ダイニングテーブルの上に、ケースとジャケットが重ねられていた。 知らない映画だ。白黒画面がコマになってレイアウトされているジャケットには、『名作映画音楽集』と書かれていた。
「ふーん…」
 一体どういった気まぐれか、体重をソファに預けきったままの彰人は、他に何もせず、大人しく音楽鑑賞をしていた。普段家にいる時は、何かと「ながら作業」が多い忙しさぶりを見ているから、違和感がある。
「兄貴、何か飲む?」
 リビングに入ってきたならまず台所に行く。尚人の癖だ。
「いい、サンキュ」
 尚人は一人分の烏龍茶を氷の入ったグラスに注ぎ、その場で一気に飲み干した。少しも溶けていないグラスの氷を一つ、口の中で転がす。氷をかみ砕きながら台所からリビングに戻ると、彰人は意識ごと体をソファに預けていた。ソファから垂れている左手から文庫本が離れている。
 ソファの脇に常に掛けてある毛布を彰人に被せる。床の文庫本を拾い上げ、表紙を見た。
「うわ、ミシマだ」
 苦手とする三島由紀夫の随筆集だった。
 学校の授業で読まされた「金閣寺」で爽やかならない第一印象を持ち、「仮面の告白」で駄目押しをされた。
 自分と自分を生んだ周囲、何もかもを否定し自ら居場所を無くしていく主人公達の追いつめられる様が矛盾の塊に思える。
 それは最も幼稚な読み方だ、と小河原に指摘された事があった。
(本の読み方は人それぞれじゃないか)
 急に脳裏に小河原の顔が浮かんだ。その幻影に言い分けをするみたいに、尚人はくちびるを尖らせた。
 とは言っても、尚人が読む種類の小説といえば、気楽に読めるミステリーやせいぜい歴史小説くらいだ。文学など、必要に迫られた時に流し読みして曖昧に解釈しておくくらいのもの。ストーリー性に起伏が無くやたらと描写が長く主題が理解し難い文学の、どこにその価値と面白さを見出せるのか分からない。そんな事を思いながら文庫本を捲っていると、
「ん……―…」
 突然、彰人が寝返りをうった。
「おっと」
 危うく彰人の体がソファから転がり落ちそうになったが、上手い具合に止まった。思わず手を伸ばした尚人の手が、やり場を失い、また引っ込んだ。
「兄貴…ベッドに行けば?」
 文庫本に再び視線を落とし、独り言のように言った。最初から彰人に聞こえている事は期待していない。案の定彰人は寝息をたてている。
 電気を点けないでカーテンを開け放したリビングルームが、五時を過ぎた頃から暗闇に包まれ始めていた。テレビの両脇を挟む硝子棚に飾られている写真立てに焼き込まれた人物の顔が見えない。部屋にある全てが暗闇色に染まり、輪郭も消えた。
 テラス窓からの僅かな光を背に、尚人と彰人の影だけが、リビングにある。
 空の暗さ反比例する建物や道路の明かりが、暗がりの部屋からは美しく映る。しばらく尚人は、何も考えずにぼーっとその様子を眺めていた。マンションの六階から見渡せる景色には、手を伸ばしても届かない、テラスのフェンスから身を乗り出しても遠くて届かない。
(何か…鉄格子から外を見ているみたいだな……)
 その刹那、尚人の柄でない感傷を否定するように、静寂を引き裂いて電話の呼び出し音がリビング中に響き渡った。
「……うるせーな」
 ソファでまどろむ彰人を気遣い、無遠慮な電話の騒音を止めようと尚人が腰を上げると同時に、彰人は急に上半身をソファから起こした。そして、「いいから」と彰人は尚人を制して電話口に向かう。
「はい。代沢…――え…はい……え?」
 彰人の声が張り詰めた。
(急患だな…)
 長い間の経験から、尚人の直感が彰人の口調からそう読み取った。
 暫し、電話と向き合って問答をしている彰人の背中を眺めている。すると、「すぐ行きます」と彰人は受話器を静かに置いて、尚人を振り返った。
「…というわけだから…」
 と言う間もなく私室に大股で姿を消したかと思うと、出勤スタイルに身を包んで彰人は忙しなく挨拶もそこそこに出て行ってしまった。瞬時の出来事に、いつもながら尚人は半ば呆然にそれを見送るのだった。
「ま、しょうがないけど」
 彰人が出た後、尚人はリビングに戻り、明かりを点けた。開け放されたカーテンを閉め、台所で炊飯器の中身を確かめてからまたリビングに戻り、テレビの電源を入れた。
 五時、六時の時間帯は、どの局もニュースの類しかやっていない。新聞のテレビ欄を見る。唯一アニメ番組を放映している某局を除き、後は似たようなトピックを似たように報道している、男キャスターと頭が悪そうだが小奇麗な女子アナ二人組みによるニュース番組ばかりだ。何故どの局も似たような一日の番組進行構成になっているのだろうと尚人は思う。入院していた時に病室にあったテレビを朝から眺めていると、十時を過ぎた辺りから、どのチャンネルに変えても同じ話題を取り扱うようになってしまうのだ。
(あの時はヒマだったよなー…)
 退院する頃にはそのワイドショーを、頭を使わずに眺めて時間を潰す術を覚えてしまった。その時の自分がとてつもなく怠惰な人間に思え、恐くも思った。
「アホらしい……」
 とリモコンに手を伸ばす。
『続いてのニュースは、先日犯人が逮捕されました、Sちゃん誘拐殺人事件関連です』
「……」
 その手が止まった。
 画面では、女子中学生を誘拐し、殺害した犯人逮捕の瞬間レビューVTRが流されていた。女子小学生の遺体捜索現場の映像も映し出される。犯人が自供した少女誘拐、殺害の状況がコメンテーター達によって詳しく解説されたり、弁護士関係者が男の罪の重さを計算したり…およそ見ていて楽しい物ではない。
 いつもなら、「くだらない」とでも洩らしてテレビを消してしまうだろう。だが尚人は、画面から目を離す事が出来なかった。
『あらかじめ用意していたと思われる鉄パイプでSちゃんに襲いかかり…・』
 その言葉一つ一つが、何故か鮮明に尚人の胸に刻み込まれて行く。それどころか、ビデオを再生したような映像が、網膜の裏でぐるぐると廻る。

―――目眩……。

 それでも尚、視が画面を捕らえつづけた。

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2006.05.17.Wed/00:18
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北野ふゆ子

Author:北野ふゆ子
> 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。 得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。

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