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  Over the Wall vol.2 


白昼夢・二〇〇〇年 十月二十日

 入院生活自体は慣れてしまえば苦痛ではなかったが、混濁した退屈な日々だった。
 入院中、尚人は何度も同じ夢を見たのだ。
 あの白い部屋での白い夢だ。現れる人はいずれも、泣いているのだ。 夢見が悪い。目が覚めるといつも、昼近い。
 白濁とした病院の、白濁とした毎日と毎晩現れる白濁とした夢。
 現実感の薄い毎日が続いた。その日々に辟易とし、まだ数箇所に包帯を残して強引に退院を申し込んだのだった。

 だがこれでまた、安穏とした日常が始まる。そう期待していた。
 しかし、両手に包帯を巻いて頬にまだ大きなバンソーコーを残し、しかもクラスの中に尚人が事故に遭った現場に居合わせた人もいたから、登校時は何かと周囲が騒がしかった。
 それでも授業が始まってしまえば、周囲は事故前も事故後も変わらない。本当の意味で日常に戻ったつもりだった。
 午前が無事に過ぎて行き、今は午後の授業中。世界史の衣川が、何やら長い話をしている。板書をせずにひたすら喋る事で授業が進む。理数系の尚人にとって世界がどう動いてきたかという途方も無い話は興味外だ。
 尚人は、眠気と懸命に戦い、頭を上下左右に振りながら、午後のひとときを過ごしていた。抑揚のない講義はまだ続く。
「十八世紀後半にはいると、フランスでは国民の絶対主義に対する批判が更に高まった。覚えてるか?絶対主義。」
 覚えていない。
「何故かというと、その時啓蒙主義という思想が盛んになって、不合理を嫌い、自由を求める、という思潮が流行ったからで……」
 もう意識が、うつつの崖淵で足を滑らそうとしていた。
「啓蒙主義!これは大事だぞ。出るぞ」
(軽毛主義??)
 そんなわけが無い。
 分かっていた。けれど、眠気は頂点に達しまともな思考力を奪っていた。意識の隅で、衣川の声が音の波を打って尚人の鼓膜を徒に刺激しているだけだった。
「―と、こうしてフランス革命が勃発したわけだな。このフランス革命では、ルイ十六世を始めとする多くの貴族・王族が逮捕され、次々と革命広場でギロチンによって処刑…」
「!」
 突然、眠気が嘘のように晴れた。さっきまでぼやけていた衣川の声が、話している言葉の一つ一つが、まるで書き込まれていくように尚人の脳裏に焼き付いてきた。

 ―――――――どうしたんだ、一体。

 オオクノキゾクガタイホサレ、カンキンサレ、るいジュウロクセイヲハジメトスル……

喧騒 怒号 威喝 嘲笑 歓喜

人の声 人の顔 人の口 人の熱 人の眼  人 人 人…

「死ね!」「死ね!」「殺せ!」「殺せ!」

死んでしまえ


「――っ!」


 尚人は急に腹の底から込み上げてくる空気の逆流に、思わず叫び出す所だった。
 必死に空気を飲み込み、唇を噛んで堪えた。

 ―――――何だ今のは!

 圧倒的な、恐怖だった。胸が異常な速さで鼓動して、痛いほどだ。まるで全速力で走ったかの様な荒い息に、肩が上下している。隣の席の女子生徒が、尚人を一瞥して首を傾げる。しばらく迷って、「どうしたの」と声を潜めてきた。尚人は、声も出せないまま、ただ首を横に振った。女子生徒はまた表情を曇らせ、また前方を向き直るとノートを取り続ける。
 ほっとした。教室が騒ぎになるのだけは嫌だった。教卓の衣川は尚人に気付いていない。
「………」
 ガクランの中で、尚人の体は発汗でずぶ濡れになっていた。だがそれとは逆に、手足は血の気を失い、急に感覚が遠のき冷たくなる。芯から温度が失われていくのがわかった。
「本当に大丈夫なの?ねえ…。」
 両手で自分自身にしがみ付くように体を抱いて震えている尚人を見て、女子生徒はとうとう尚人に強く呼びかけた。教室中が尚人を振り返り、衣川が「何だ?」と叱り付ける。
「先生、代沢君が……」
「代沢?」
 聞き慣れた声がすぐ近くから耳に届く。男の手が、乱暴に尚人の肩を掴んで揺らしている。だが尚人は俯いたままで、額からの汗が机を濡らしていた。衣川は急に口調を変えた。
「代沢、どうした。どこか痛いのか!」
 教室の雰囲気は、今、尚人が望まない最悪の状態になってしまった。興味の目、心配の目…。様々な人の目が、尚人を見る。

 ――――――怖い

 尚人は、何故か恐怖を覚えていた。視界が白く薄らいでくる。現実感が遠ざかる。ここは何処なんだ。教室のはずだ。これは日常なのか。現実なのか。何処なんだここは、帰りたい、戻りたい。死にたくない、誰か……
「尚人!」
 机に伏せていた顔を、何者かに無理やり上げさせられた。両こめかみを掴まれ、顔を上げさせられた目の前に、現実に見慣れた顔が尚人をきつく睨んでいた。数年間ほぼ毎日顔を合わせる腐れ縁、小河原均だ。
「小河…」
「保健委員、代沢を連れていってやれ!」
 尚人の呟きは衣川の焦声に消された。
「俺が行きます」
 尚人のこめかみを掴んでいる本人、小河原が、膝をついたまま衣川を振り替える。
「行こう。歩けるな、歩けよ」
 強引に尚人の背中に手を回し、席を立たせて歩かせようとする。
「いいって、大丈夫だから」という声さえ尚人には出せなかった。まだ 喉のおくから込み上げる何かに、胸を圧迫されて喘いでいた。

 その後授業を保健室で休み、掃除当番を親切なクラスメイトに替わってもらい、尚人は早くに下校する事が出来た。この日は部活も委員会も無い、坂井、真木、小川原といった尚人との腐れ縁三人と一緒だ。
この三人とは一緒にいて気を使う事は一切いらない、気楽な人間関係だ。過干渉は暗黙のうちにタブーとなっている。あくまでも個人を中心に各々が其々に部分的なつながりのみを求めている。だが不思議とそれがバランスを保っている。崩れる気配はない。
「代沢…もう大丈夫なのか?貧血?」
 と坂井。四人の中で一番小柄で、坊ちゃん育ちの節があって最も気配りの出来る奴だ。
「そうだったよな。お前震えてたぜ」
 と、自己中心的で自信家の小川原。
「チワワか?」
 と、一人無意味な突っ込みを呟く変人の真木。何も同意や反応を求めている訳では無い。一種の口癖の様な物だ。
「まあそれはいいとして、養生しろよな」
「どうも」
 正確に言うと貧血ではなかった。
「授業をぼーっと聞いてて…フランス革命の説明あたりで…こう、くらっと」
「事故の事、思い出したの?血生臭い話だからね、あの範囲。先生も無神経だよね」
 と坂井が真心から心配そうに呟く。だが、尚人はそれを否定した。正確には、あれはただの「恐怖」だった。「記憶」でなく、漠然とした「感覚」だった。
「それがフラッシュバックじゃないの?」
 フラッシュバックとは、事故等の恐怖が日常生活の中で突然に蘇って来る現象の事だ。事故に遭った瞬間の情景がビデオを再生するように記憶や幻覚として蘇るのだ。生死に関わる事故・事件に自分の生命を晒される恐怖体験をするとよく起こる症状だという。
 坂井が視線を小河原に受け渡す。
「お前、目をやられてたんだろ?だから映像として蘇るんじゃなくて、こう、ただその時の恐怖だけが、感覚的に蘇ってくるとか」
「もっともっぽいねぇ」
 それを真木が茶化す。確かに小川原の言う事は辻褄が合う気がする。だが事故の瞬間に感じた「感覚」と、あの時の「恐怖」は、異質な物だった。第一、事故の瞬間、尚人は不思議と恐怖は感じていなかった。その前に気を失ったからだろうか。
「それか、失われた記憶って奴が五感以外の第六感を媒介して蘇ったんじゃねーの」
 真木の独語が続いた。
「は?」
「今流行の『ココロの傷』か」
 一方坂井は、
「ドラマみたい」
 と真木独自の理論になど興味が無いと言った様子だった。
もっと思い出させてやろうか、と前置きをして、真木が今度は尚人に視線を当てて話し始めた。
「「ギロチン」といえば、すげえ本が…」
 すると、真木の言葉を遮るように、小川原が思い出したように口を挿んだ。
「あ、俺それ知ってるかも。『死刑・拷問解体新書』とかいう本だろ?世界の歴史上に実行された刑の方法を、解説してるやつ」
「何だそれ」
 坂井が目を細め、表情で不快を表現する。一方の尚人は無反応だ。
「最近流行ってるだろ、その手の本。自殺ハウツー本とか。冗談で読むから良いものの…」
 確かに、刺激への欲求の現われという点では、世も末なサブ・カルチャーだ。そういう著者と読者の暗黙の相互了解があってこそ、出版できる代物である。
「何も考えてないんじゃない?」
 小河原と真木が妙に盛り上がっていた。それを聞いていると、尚人は首筋がちくりと痛んだ。指先で首筋をさすってみる。当然だが、傷も何も無い。尚人のそうした動作の片鱗に現れる不安の感情に気付く事なく小河原と真木は、共通の話題領域にて出会ったお互いの言葉の行き来に、興にのり始めた。
「ギロチンって発明者の名前なんだよな」
「そう、笑えないよ。名誉になるわけ…?」
「結局、発明者本人もギロチンの餌食だって話だしなぁ」
「やめとけよ」と坂井が尚人を気に掛けてくれたか、二人の会話に耐えられなくなったか、険しい顔でそれを止めた。
 坂井を無視して小河原は、知識のひけらかしに快感を覚えながら長々と説明を始めた。
「何でもそれまでの処刑っていうのは、残酷で非人道的で…。聞いた事あるだろ?火刑、磔、四つ裂きの刑、石打刑、車輪刑、フランソワ・ダミアンの処刑……あと……」
 後半の刑においては、その名前のみでは内容の想像に苦しむが、要するに囚人が苦しむのであろうという事は分かる。真木は頷く。坂井は「何だそれ」と眉を寄せていた。
「貴族を処刑する時だけに行われる斬首刑も、日本のそれに比べて技術が無くて失敗が多くて、結局受刑者は苦しむ事になってしまうパターンが殆どだったんだって」
「日本刀は世界一切れるんだぜ」
「西洋のはなまくらだから、斬りそこないが実に多かった……うえっ気持ちわりぃ」
「それを防ぐ為に、苦しまない人道的処刑道具として、ギロチンが発明されたんだよ」
「そうそう」
 小河原と真木のキャッチが続く。
「そうそう、じゃなくてさー…」
 と再び坂井が会話に割って入った。
「死刑に人道的も非人道的もあるのかよ。だいたい、ギロチンだって…あんな見目にも残酷な機械…あれだって、失敗が多そうだぜ?あれで簡単に人の首が斬れるとは思わないよ…構造も単純な作りしてそうだし」
 坂井も、喉元を無意識にさすっていた。特別、坂井が繊細だという事ではない。小河原と真木の二人が変なのだと、尚人は思う。
 坂井の反論に自分の反撃理論のタネを見つけた小川原は、嬉しそうに皮肉めいた相槌を打った。
「冷静な観察だな、坂井」
「何がだよ」
 真木が小河原の言葉を継ぐ。
「その通りみたいだぜ。ルイ十六世なんかは、デブで首が短くて太かったから、半分しか切れなくて、あとは人が数人で刃を下まで降ろして切断しきったって、書いてあった。こう…よいしょっと…ざっくり、ぼとっ」
 と真木は、両手で固い空気を地面に押し付けるような動作をした。なるほど…首を切断しきれなかったギロチンの刃を、体重をかけて下までおろしているのか。尚人はぼんやりとそれを眺めてまた首の後ろがちくりと痛むのを感じた。
 本当なら相当嫌な話だ。
「そこまで細かく説明するなよ」
 小河原に肩を小突かれ、真木の悪趣味なパントマイムは阻止された。
「話を戻すけど、坂井、死刑ってのは、恐いから意味があるんだよ」
 小川原は、今時の青少年に多い、ドラスティックな性格だ。物事に何かと理論を建てたがる。幻想、夢物語の類を嫌う。文科系と言っても、リアリズムとしての文化を尊重する。
 それに大抵いつも対抗したがるのが、人情主義の坂井だ。彼は、多少世間知らずで甘え性なところがある。
「…悪い奴は殺す追い出すの時代じゃないんだからさ」
「そういう人情を基準において物を言うの、俺的に大嫌いなんだよなー」
 犯罪の低年齢化と凶悪性と件数増加に伴い、死刑の是非はメディア上で話題になっていた。多くの番組でディベートが行われ、実際の事件においても被害者・加害者をネタに様々な論議が交わされた。
「いくら環境が人を育てると言い訳してもな、それでも「人を殺す事」が良い事か悪い事かってくらいは知ってんだろが」
「……」
 坂井がつまった。
「ま、そう簡単に割り切れない場合もあるわな。でもどっちでもいいじゃねーか」
 中立的立場にいる真木は、会話の流れにこうして有利不利などの片寄りが起きた時に、自ら緩和剤となって会話に割り込む。そして強引に話に区切りを付けるのだ。それに、小河原が持論放出に満足する事が場面解決の一番の近道であると、真木は知っている。
「そうだな、どうせ俺は犯罪者じゃないし、未来においても絶対にならないからな」
 と小河原。すぐに「そうかー?」と坂井。
 小河原式理論武装は、常に自分を完全な第三者、傍観者としての立場に置く事により展開される。俺は関係ない、これが一番の強みなのだ。どうやら死刑制度云々の話題に飽きたか、納得のいく結論づけが出来た様である。
「そうだよ。ところで、何の話からこんな暗い話になったんだ?」
「本の話だよ」
「あ、そうそう。で、その本は結局さー…」
 二人は、再び恐いもの聞きたさの好奇心と、悪趣向に感覚を刺激されて他愛も無くはしゃぐ会話に戻っていった。止めるのを諦め、結局坂井も会話に相槌を打ち始めた。
 結局自分自身も、といっても多くの人間がきっと、物事を自分から遠ざけて傍観を気取りたいだけなのだ。
 狂気 異常 特異 怪奇 死 
 他人事のおとぎばなしに、尚人も無言で耳を傾けていた。
 少年達のチキンゲームは続く。






余談 by 北野
ほらもう、この辺りから変…
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2006.05.16.Tue/02:37
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> 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。 得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。

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