逆拘 2
イルカは、武器を携帯していない。
だが、そんな事はカカシにとって何ら有利な条件とはなり得なかった。
向かい合って距離をとる二人の忍。
沈黙が流れ、代わりに森からの風が吹きつけてくる。
まず、何とかしてイルカの気を失わせることが出来れば・・・。
カカシは思索を巡らす。
首の後ろ、またはみぞおちに一打を叩き込めば、それは簡単にできる事だ。
(だがなぁ・・・・)
今のイルカの懐に、そう簡単に入り込めるか・・・。それはまた別の話だ。
だが、
最悪の事態だけは、命を賭けても、
避けなければならない・・・。
ザッ・・
砂煙をあげて、カカシが地を蹴る。
直線上にいるイルカに向かい、一気に距離を縮めて突っ込んだ。
初めて仕掛けてきたカカシにイルカは表情を変える事なく、最小限に身体を横に翻し、攻撃を避ける。
そこをめがけ、カカシは左手刀を閃かす。
首筋を狙ったその手首をイルカが掴む。
それを軸にカカシは体勢を変え、イルカの背後に回りこんだ。
右手でカカシの手首を掴んでいるイルカは、空いた左の肘を、背後に打ち込む。
それを寸手でかわしたカカシが、体がわずかに左に傾き、一瞬がら空きになったイルカの左脇腹めがけて右肘を振りぬく。
「!」
だがとっさにカカシの左手首を離したイルカは、右に体を回転させると同時に重心を落とし、カカシの足元を払おうとする。
カカシは上に高く飛んでそれを避ける。
そして宙空で、印を結んだ。
「あ、あれは・・・?」
サクラが呟く。
「竜の印・・・水遁の術だ」
サスケが答えると同時に、
イルカの周囲に水の三重輪が立ち昇り、イルカを取り囲んだ。
イルカが空中を見上げると、
「!」
カカシの姿はそこにはなく・・・
一瞬のためらいを見せたイルカに、水牢が距離を縮めて襲いかかる。
イルカは印を結んで口の中で言霊を唱えた。そしてその場に片膝をつき、拳を地面に突きつける。
その一転を中心に、地面に青い閃きが輪を描いて広がった。
「!?」
その輪は凄まじい勢いの青い炎へと姿を変え、イルカを捕らえようとしていた水牢をつき崩した。
「っ・・!」
水牢に身を隠し、背後からイルカを狙っていたカカシの体にも、青い炎が襲いかかる。
衣服と髪が焦げる音が、耳元で聞こえた。
「炎が青い・・・」
一気に戦闘が激化した様子に言葉も無くしていたナルトが、無意識に呟く。
以前、イルカから習った事が、ぼんやりと思い浮かんだのだ。
同じ術にもレベルがあって、例えば同じ火遁の術でも、炎の色が青い方が威力が強い・・・云々。
青い炎の中心。熱風が、イルカの後頭部で結んだ髪を揺らす。青い閃光。なぜかそれが美しい海の青にも見えた。
「カカシ先生は!?」
とサクラ。
炎に飲み込まれたカカシの姿を探す。
すると、
「!」
イルカのすぐ下から気配。
イルカは地面についていた手をとっさに離すが、
一瞬早く、地面からつきだされたカカシの手が、イルカの手首を掴む。
そして一気に姿を地中から現したカカシが、イルカのみぞおちめがけて掌打を叩きこんだ。
「っぐ・・・!」
イルカは右手を掴まれたまま一歩、後ろによろめいた。とっさに地面を蹴っていた為、完全には入っていなかったのだ。
「・・ちっ・・・・」
カカシは掴んだイルカの右手をすかさず強く引き寄せ、今度は首筋を狙う・・・
だが、
今度はイルカが地面を蹴り、カカシに体当たりするように懐に飛びこんだ。
二人の体が地面に転がり、砂煙が上がる。
そして再び、弾けるようにお互いが飛びずさり、距離をとる。
「鼬ごっこだな・・・このまんまじゃ・・・」
サスケが目を細める。
「中忍ってのは・・・ああいうものなんか・・・・・・?」
向かい合い、また距離をとり、尚お互いを探る両者。
息を切らす様子は無いものの、衣服を少々砂と焦げ跡で汚したカカシが、同じく砂で汚れかかったイルカを見やる。
(何故こんな奴が中忍なんだ・・・・・・)
動きの一つ一つ、技の一つ一つ・・イルカのそれは確かに、カカシに比べなんら飛びぬけて勝る部分はない。
なのに、
この戦いにくさはなんだ・・・・
単に、情の問題だけではない。
先読みが困難なのだ。
「忍者なら、裏の裏まで読め」
これはカカシがよく生徒に言って聞かせる言葉だが、
自分が裏の裏の裏、更に裏を読んでも、一枚更に裏を読むような相手もいるのだ。
それが、この「中忍」なのかもしれない。
意識を操作されているとはいえ、戦いは本能だ。
この戦い方は、操られた故のものではない。
まぎれもなく、元特工隊員との噂を耳にした者の戦い方そのものだった。
必要最低限の条件で最大の効果を上げる。
それが、噂に聞いたイルカの現役時代の評価だった。
彼を平凡だと評価する人間は多い。
だが、彼を無能と評価する人間は、
皆無だった。
「・・・なかなか決着がつかないじゃない・・・」
再び沈黙が走る森の広場。サクラが小声で呟いた。
胸の前で固く握った両手の平は、じっとりと汗ばんでいた。
「まずいな・・・敵は、共倒れを狙ってる・・・」
二人に目を向けたまま、サスケが答える。
「先生達が疲れて相打ちになるのを、待ってるって事?」
「どうすんだよ、それじゃあ」
ナルトがサスケを振りかえる。
サスケの代わりに、サクラが呟く。
「まずイルカ先生を止めない事には・・・対策がないわよね・・」
一度サクラを振り向き、ナルトは再びイルカ先生に視線を戻した。
あれだけ上忍のカカシ先生とやりあっても尚、疲労した様子を見せない。
ナルトは複雑な思いを募らせる。
-あんだけ戦えるんだったら・・・なんでミズキ先生くらい倒せなかったんだってばよ・・・・
下唇をギュッと噛む。
「・・・・オレ、先生を止められるかも・・・・」
「何言ってるのよ。イルカ先生強いじゃない」
慌ててナルトの袖を掴んで引きとめるサクラの傍らで、サスケが無言でちらりと一瞥する。
「一人で無理なら八人で・・・ってわけか?」
「あ・・・」
サスケの小声に、サクラが呆けた形に口を開いた。
影分身の術・・・。
かつて、カカシ先生の背後をとった、あの術である。
「とりあえず、イルカ先生の意識はカカシ先生に向いてるから・・・それを利用すれば、なんとかなるかも・・・なんて、考えてる?もしかして・・・」
サクラは、いまだ向かい合ったまま身じろぎしない二人を指差す。
「うん」とナルトが肯く。肩越しにサスケも振りかえる。
・・・やってみるしかないようだ。
イルカと向き合ったまま身じろぎしないカカシは、だが懸命に森の中の気配を探っていた。
おそらくイルカに掛かっている術は、術者が死なない限り解けることはない。
だとすれば、術をかけた張本人は決して姿を現さないだろう。
自分とイルカが相打ちとなるか、カカシが疲れ果てるのを辛抱強く待つ作戦だ。
・・・森に戦いの場所を移すか・・・。
横目で森を一瞥する。
だが、森の中では敵の姿を確認できていない自分が不利だ。しかも、イルカに及ぶ危険性は高くなる。
ざっ・・・
「・・・・」
一歩、イルカが踏み出す。
カカシは、その場を動かず、身構える。
一歩、また一歩、イルカはカカシに歩み寄る。
その眼は、相変わらず何の感情も宿していない。ただ一点、カカシの眼を見据える。
少しずつ、イルカが近づく。
「・・・・」
カカシは、一瞬、腰に差してあるくないに手を伸ばしかけ、そしてその手を引っ込めた。
そのためらいの瞬間に、
「!」
イルカの目の前に、つまり、カカシとイルカの間を割って、
「お前ら・・・っ!」
「さー来いイルカせんせーっ!!」
サクラ、サスケ、そしてナルトが三人並んで姿を現した。
カカシは驚くよりむしろ呆れたように眼を見開く。
「おいおいおい、お前らなぁ・・っ」
カカシが後ろからナルトの首根っこを掴んで引き寄せる。
イルカは、足を止めずにまだゆっくりとした足取りで近づいてくる。
子供達など視界に入っていないようだ。
「まあカカシ先生、見てなってばよ」
カカシに襟を掴まれたまま、ナルトが「ニシシ」と笑う。
「見てろって・・・あっ!コラ!」
カカシが止めるまもなく、サクラとサスケが、イルカに向かって駆け出したのだ。
「バカ!やめ・・」
ナルトを後ろに放りだし、カカシはサスケとサクラを捕まえようととっさに手を伸ばす。
だが、後ろからナルトに裾を引っ張られ、とりのがす。
同時に向かってくる二人の子供に、初めてイルカの鋭い視線が向けられた。
両膝の横にあった両手を、攻撃の形に構える・・・。
「叩き殺されるぞ・・・っ!」
寸前に、イルカの背後にナルトの影が二つ、現れた。
「!?」
気配を感じ、イルカが後ろを振りかえる。
その隙に、サクラがイルカの足にしがみつき、サスケが横に回る。
二人のナルトは、後ろからイルカの足にしがみついた。
そして、サスケがイルカの背後に周り、背後からしがみつく。
イルカの動きが止まった。
だがそれもつかの間、
「!」
イルカの体が一片の木片に姿を変えた。
「ナルト!」
サクラが叫ぶ。
一瞬の内にサスケらの背後に身を移していたイルカの実体。だが、更にその頭上には、
「!?」
三人のナルト。
上から降りかかるように、三人のナルトがそれぞれイルカの肩、腕、腰にしがみついた。
「くっ!」
しまった、とばかりにイルカの口から舌打ちが漏れた。
そしてすかさず、残りのナルトやサクラがふたたびイルカの足を掴む。
「・・・・前に俺がナルトにやられた作戦じゃねーか・・・」
傍らにいる六人目のナルトにボソッと呟くと、カカシは動きを止められたイルカに向かい、地面を蹴った。
この隙に、イルカのみぞおちに・・・。
カカシの動きに気づき、イルカは目を見開いた。
「!」
その瞬間に発せられたイルカの気配・・・。
そして次の瞬間、白い光が閃いた。
カカシの眼が見開かれる。
「離れろっ!」
カカシの叫びが飛んだ。
生存本能か、恐怖への無意識か、サクラはとっさにイルカの足から手を離し、サスケはサクラと二人のナルトの襟を掴んで後ろに飛んだ。
「きゃあっ!!」
「うわっ・・!」
網膜を焼くほどに明るい光が、辺りを一瞬包み込んだ。
それと同時に子供達やカカシの体を襲う、衝撃と痛み。
子供達の軽い体は地面に沿って飛ばされ、両腕で顔を防御しなんとか踏みとどまったカカシも、全身に重みを感じた。
白い光は一瞬にして引き、世界はまたいつもの光景に戻った。
まだ網膜に、チカチカとした光が飛び交うが、目をこすって辺りを見まわす。
「な、何?今の・・・」
とっさに起き上がったものの、ショックの大きさを隠しきれずに戸惑うサクラの声。
カカシ達の視界の中には、何事も無かったかのようにこちらを見据えるイルカの姿。
「あのままイルカ先生にしがみついてたら・・・・どうなってたか分からなかったぞ、お前ら・・・」
覆面の下から、カカシの低い声。
「どういう事だ?」
立ちあがってサスケが問う。
「・・・・三代目・・・やはりまだ色々と隠してる事があったか・・・・・・・・・・」
サスケに応える代わりに、カカシの独言。
「・・・え?」
とナルト。
カカシは、意を決したようにさらに目に鋭い光を宿すと、腰からくないを取りだした。
「か、カカシ先生っ・・・・!」
サクラが息を飲む。
「・・・・・」
「な、何考えてんだよ先生・・・・」
術を解いて一人になったナルトが、カカシの手に握られた数本のくないに気づき、眉をしかめる。
「・・・お前達が何とかしようとしているのは、よく分かる・・・」
上からナルトとサスケの頭をぐしゃぐしゃと掻き撫で、カカシが目を細める。
「だけど、分かっただろ・・・?今のイルカ先生は、お前達が知っているイルカ先生じゃ、ないんだ・・・」
言い終わると同時に、カカシはくないを顔の前に構えた。
その目は、
もう笑っていなかった。
続く
スポンサーサイト