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  封印:サンプル 


封印

 




木の葉隠れ里の長、火影が提出した提案書に目を通した里の長一堂は、誰もが一様にまず、小首を傾げざるを得なかった。

 

「・・・・この新しい掟の提案じゃが・・・・本気かな?火影殿」

砂の国隠れ里の長が、提案書である巻物に指をあてて、火影を振り向く。

 

「いたって、真面目なつもりじゃ。狂ってなど、おらんよ」

 

毎年、秋口にひらかれる、隠れの里の長が集う大会議。

忍の世界共通の掟の改正、新法の提案などが行われる。

特にここ十数年間、つまり木の葉に狐が現れた年から、この会議は以前に増して、重要な意味を持つようになる。

 

例のナルトに関する「禁句」令が発布されたのも、この会議からだった。

 

そして今、また木の葉隠れ里の長、火影によって、新たな法案が提出されたのだ。

「まあ・・・別に反対する理由はないがの・・・・」

「逆に賛成する理由もないぞ」

そんな独り言が、会議の席にぽつりと漏れる。

「・・・・」

 

会議の書記たちが、手を顔の前で組み、何やら意味を含んだ笑みを口元に浮かべているのを、不思議そうな顔で、見ていた。

 

 

 

 

 

「そうか・・・色々あったな」

受け付け業務を終え、カカシ先生から第七班の報告書も受け取ったイルカは、ナルトと共に一楽にいた。

長い任務を終え、ようやく帰って来た元教え子は、どことなくたくましくなっていた。

箸を動かす手もおろそかに、溜めこんだ物をすべて吐きだす勢いで任務で経験した事をイルカに話すナルト。

イルカも、水の入ったコップを握ったまま、ナルトの話に耳を傾け、何度も相槌を打つばかり。

いつもなら、「ラーメンは熱い内に一気に食え」とうるさい一楽の主人も、気を利かせてか、麺がのび、スープが冷めても、何も口出しをしようとしない。

何も手をつけないまま伸びてしまったイルカのラーメンを、無言で取りかえる。

「あ、いいですよ・・そのままで」

と振りかえるイルカに、主人は「いいって」と一言。そして新しくラーメンを作り直し始めた。

ナルトの話は、それからまだ、続いたのである。

 

一楽で食事を終え、ナルトを自宅に送った後イルカは一人、繁華街の反対側にある自宅へと続く一本道を歩いていた。

自分の足が砂利を踏む音と、左側に広がる林から聞こえてくる虫の鳴き声だけがする。

もう夏も終ろうというこの初秋。この時間になると、さすがに空気が冷たい。

襟元に入り込んでくる風に身震いしながら、イルカはふと、空を見上げる。

 

宝石箱をひっくり返したような星空。

 

白い光が空を埋め尽くしている。

視線を上空に向けたまま歩く。

歩いても歩いても、どこまでも続く星空。

 

 

無限。

 

ふと、ナルトを始めとする子供達の顔が思い浮かんだ。

今まで受け持ってきた、多くの子供達。

口元が、つい緩む。

任務に出かける前と、後のナルト。

 

少し背がのびた。

少し声が低くなった。

少し手が大きくなった。

少し、いっちょまえの事を言うようになった。

 

カカシ先生という上忍とも、他の仲間達とも、ナルトは上手くやっているようだ。

紆余曲折、山や谷はこれから幾度もあろうが、きっとあの子なら、自分の手から離れても上手くやっていける。

 

 

こんな風にして、自分の元を巣立っていった子供達が、どんどん大きくなっていく。

無限の可能性を秘めて。

 

そんな風に考えるのは、

ちょっとおこがましいだろうか?

 

「・・・なんてな・・・・」

酒は一滴も入っていないにも関わらず、なんだか頬が熱い。

柄にも無く、哲学めいた事を考えて・・・、急に恥ずかしくなってくる。

 

まだまだ続く長い一本道。

涼しい夜風が、

イルカのほてった頬を、撫でていく。

 

 

 

 

 

 

 

「悪いが、ここしばらくは任務はお休みだ」

長い任務から里に帰ってきた翌々日、集まった第七班を前に、いつもの様に遅刻して現れたカカシ先生は、開口一声、こう言った。

「何でですかー?」

こういう時、いつもは嬉しそうな顔をするサクラは、なぜか暗く沈んだ表情だ。

カカシはそれに疑問を抱きつつも干渉はせず、淡白な口調で答える。

「上忍のお仕事って奴だ。任務再開の時がきたら、おって連絡するから、今日は解散な」

と言って、あっさりと帰ろうとするカカシを、ナルトが「ちょっと待てってばよ!」と引きとめた。

「何なに、その『上忍のお仕事』って奴!俺、手伝うってばよ!」

よほど何か冒険活劇的な想像をしたのか、ナルトは顔をほくほくさせて勢い良く立ちあがる。

傍らに腰を下ろしたままのサスケも、内心興味を抱いたのか、黙って様子を伺っている。

逆にサクラは、「また余計な事を・・」とでも言いたそうに、眉間に皺を寄せていた。

「んー」と顎に手を添え、カカシは視線を泳がせる。

「お前らに手伝えるような事は何にもない。ま、せいぜい会場整理かな・・?」

「会場整理ぃー?」

ナルトが心底嫌そうな顔をする。

「会場整理って・・・。ああ、森羅武会(しんらぶかい)か?もしかして」

サスケが呟く。その横で、ナルトが身を乗り出す。

「何だってばよ!ソレ」

「あんた・・一体アカデミーに何しに通ってたのよ」

眉間の皺を更に深くして、サクラがナルトを睨みつける。もはやキレかかっていた。

「毎年開かれる武術大会の事じゃないのよ」

 

いわゆる忍び五大国と呼ばれる、木の葉、霧、雲、砂、岩の隠れ里共催の、一大行事である。

中忍、上忍、国籍が入れ混じる広義的な大会であり、各階級、種目でどの里がどれだけの優勝者を出すか。

それが、各国の面子にかかってくるのである。

年に一度開かれるそれは、一年毎に各国を会場とする。そして今年、五年ぶりに木の葉隠れ里がその会場になったのだ。

 

「なーんだ、下忍は出られないじゃんかよー!」

サクラの説明を受けて、ナルトが頬を膨らます。

「図々しいにも程があるわよアンタ」とサクラは目を三角に吊り上げて怒る。

「・・・それに、アンタが出場するのか?」

口の前で手を組んだまま、サスケが呟く。

「ん、まだわからん」とカカシ。

「だけどどっちにしろ、下忍は会場整理や手伝いだ」

そうカカシが付け加えると、ナルトは「つまんねー」とその場に腰を下ろし、あぐらをかく。

 

ナルトは理解してはいないが、この大会は純粋に忍の技を競い合う神聖な大会とされており、

一般市民はもちろん、アカデミーの生徒も入場、観戦は許されていないのである。

周囲をかためるのは、各国の上層部の人間、忍の上層部の人間、そして中忍以上の忍び達。

厳しい評価と審査と判定に沿って厳粛に執り行われる。

この大会の結果次第では、昇格、降格が左右される場合も多々あるのだ。

 

であるから、会場整理ができるだけでも、本来ナルト達は喜ぶべきなのだ。

 

そう悟らせようにも、まあ、一度観戦してみれば体で思い知るだろうと、カカシはそれ以上何も言わなかった。

「で、カカシ先生は過去に出場した経験は?」

会話が途切れた合間をぬって、サクラが問う。

「あるぞ」

「え、で、どうなったんだってばよ!」

ナルトが興奮気味にはしゃぐ。その隣で冷静を保つサスケも、伏せていた視線を上げた。

 

「俺はこの大会で、上忍に昇格した」

 

 

 

 

 

 

「イルカ」

「?」

呼びとめられて、イルカは足を止めた。

アカデミーでの仕事を終え、受付業務を行うために管理事務所に訪れた時だった。

「三代目」

両手に巻物を抱えた三代目火影の姿があった。

「持ちますよ」とイルカはかけより、巻物の束を受け取る。

共に受付へと向かう道すがら、並んで歩く。

イルカは、昨晩ナルトと交わした会話について、火影に報告する。

いつまで経っても子離れできない親みたいで・・・と照れ笑いしながらも、嬉しそうに話すイルカに、火影はいつもの調子で「うむ」と相槌を打つだけ。

 

目を細めて、いかにも平和そうな笑顔で話を続けるイルカの横顔を一瞥して、火影は口に加えていた煙管の煙をくゆらせた。

「イルカよ・・・」

「・・・はい?」

イルカの会話が一段落途切れたところで、火影は独言のような言葉をはさんだ。

 

少し高いところから、イルカの視線が火影と向き合う。

火影は正面を向いたまま。

廊下に、他に人影はない。

 

アカデミーと隣接しているとはいえ、とうに下校時間を過ぎたこの時間、外から子供の喧騒も聞こえてこない。

赤く染まり始めた太陽が、窓から差しこんでイルカと火影の姿を染めていた。

時間が止まったような、妙な空間の中に、一瞬の静寂。

 

「一週間後に、森羅武会が木の葉で開催される事となった」

「そうですか」

再び、イルカは目を細める。

「もうそんな季節なんですね」

「忙しくなるなぁ・・」と言葉を続けて、イルカは笑った。

五年前、まだ新米の中忍だったイルカは、大会の準備、運営の手伝いに走り回って働いた事を思いだした。

「今年はナルトも卒業した事ですし、多少手も空いたので、また精一杯お手伝いしますよ」

「子離れできていない」と自分で言った事を棚に上げている事にイルカは気づいていないが、

 

「・・・」

 

「・・・・三代目?」

黙りこんで小さくため息をつく火影の様子に、不安を感じたような目で言葉を止める。

 

「今年は・・・」

火影が低く言葉をつむぐ。

煙管の煙がたゆたう。

イルカの目に映る火影の横顔。

笠に隠れて、その表情はよく確認できない。

 

「・・・・?」

 

火影の足が止まる。

 

不思議に思いながらも、イルカはそれに倣って足を止める。

廊下の真中に長く伸びる、二人の影。

再び訪れる静寂。

改まった様子の火影に、イルカの心臓が一つ、大きく鼓動した。

 

そんな中に低く響く、

 

「今年は、」

 

 

絶対的な火影の言葉。

 

 

「お前にも出場してもらう」

 

 

 

 

 

「・・・・・」

事態を完全に飲み込めていないイルカが、目を見開いて立ち尽くす。

 

その返事を待たず、火影は再び歩き出した。

「あ、ちょっ・・・三代目・・・」

あわててイルカはその後を追う。

「ちょっと待って下さい三代目・・。仮にも里の威信をかけた大会ですよ?」

「それがどうした」

両手に抱えた巻物を落としそうになりながら後をついてくるイルカにかまわず、火影は相変わらず正面を見据えたまま、淡々とした口調。

「厳粛な里内での選抜を経る必要があるんじゃないですか?それをその・・・一介の中忍教師にそう簡単に・・・・」

「なんじゃ。ワシの決定が厳粛ではないと言いたいのか?」

「え、あ、いや、そういう事ではなくて・・・すみません・・・でも・・・これは上忍昇格試験も兼ねている大会なわけですから、私の代わりにもっと他に有望な方を・・・」

再び、火影の足が止まる。

不意をつかれてイルカも足を止めるが、巻物が一本、腕から落ちて転がった。

だが、イルカはそれを拾おうとせず、ただ、こちらを笠の下から凝視する火影の視線に射ぬかれて身動きできずにいた。

 

「・・・・・・もう、良いのだぞ・・・」

 

「・・・え?」

 

低く、単調な火影の口調。

 

「先月をもって、『アレ』の解禁令が発布された」

「アレって・・・・」

いぶかしげにイルカが首を少し傾げる。

 

「もう、誰に遠慮をする必要はないんじゃぞ・・・イルカよ」

「え?」

火影の言葉を何度も頭の中で反芻する。

だが、言葉の真意が読み取れない。

 

戸惑ったまま立ち尽くすイルカの腕に、火影が拾い上げた巻物を乗せた。

 

そして、

 

「お前もそろそろ、好きなように、やってみるが良い・・・・。自分自身の全てを出してな・・・・」

「三代目・・・・・」

 

 

説明を求めるまもなく、火影はイルカからきびすを返す。

イルカに背を向け、窓から差しこむ光を全身に受けて、火影は、最後の言葉を残す。

 

 

「お前は十分、我慢してきた・・・・・」

 

 

「・・・・・・・・・・・さ、三代目・・・っ・・・」

イルカが呼びとめる声も無視して、火影は、廊下の先へと消えていった。

 

赤い陽光で染まりかけた、時間のとまった廊下の真中に取り残されたイルカは、火影がいなくなった廊下の先をみつめていた。

視線を窓の外に向け・・・

 

「・・・・・」

ふと足元を見つめて・・・

 

「・・・・・」

そして再び、廊下の先を眺める。

 

「・・・・あ・・・・・」

 

思わず口から漏れた声。

 

脳裏の片隅に、ろうそくに火が灯されたように甦った、ある記憶。

「・・・・まさか・・・・」

巻物を抱える腕が、微かに震えた。

 

「まさか『アレの解禁』って・・・・・・」

それは、

体の芯から伝わる、

自分自身の、臓腑の躍動だった・・・・・。

 

 

「自分自身の全てを出して」

 

 

 

 

そのとき、

イルカの脳裏には、

また、

ナルトの笑顔が、思い出された。

 










封印2






「あのマークは、砂の国。で、あっちが岩の国。で、あそこの人は・・・ってナルト、アカデミーで国の紋章も勉強したじゃないの」

サクラの拳骨が、ナルトの頭上に落ちた。



日を追うごとに、木の葉隠れ里の中で、他国の紋章が刻まれた額当てをしている忍の姿を見るようになった。

ナルト達と年格好の変わらない忍びから、いかにも強そうな雰囲気を発する忍び達まで、様々な顔ぶれが揃っていた。


「どの人も、各国の里から選ばれた強者ばかりってわけね・・・」


今日の第七班は、パンフレットの仕分けをさせられていた。

頁を束ねて綴じる、単純な作業の繰り返し。

黙々と働いているとはいえ、サスケは眉間に皺をよせ、なんとも面白くなさそうな顔をしている。


一方のナルトも、作業開始から十分もしないうちに飽き始め、隣のサクラに何かと話しかけては煙たがられている。


「木の葉からは誰が代表になるのかな」

「どう思う?」とサクラは何気なくサスケに話しをふる。

「・・・・さあな」

だがサスケはあくまでもそっけなく、黙々と下を向いてパンフレットの頁を揃える。


ナルトは、そのパンフレットの中身を確認するが、出場選手一覧は載っていなかった。

なんでも、トーナメント組み合わせや、勝負に公平さをもたせるために、出場選手の正体は当日まで明かされないのだという。


「カカシ先生、出るのかなぁ」

黙ったままのサスケに代わり、ナルトが振り向く。

「上忍だったら、他に例えばスイレン先生、カンナ先生なんかも、強いんじゃないかしら?」

「何だか燃えてきたってばよ!」

興奮して声をはりあげるナルト。そして、それに呆れて苦笑しつついるサクラ。

「中忍は誰が出るのかな。イルカ先生とか出たら、面白いのにね~」

「あ、それは無理だってばよ」


「え?」


思わぬナルトの即答に、サクラが首を傾げる。

あまりに断然と否定されたので、逆にムッとした様子だ。

 

サスケも、ついと顔を上げる。

 

ナルトは、パンフレットを綴じながら肩を一度すくめて笑った。

「イルカ先生、他人の血を見るのが苦手なんだってば」

 

「何よそれ~」

思わず、サクラがふき出す。

アカデミー時代は、笑っているか怒っているかのどちらかのイルカ先生だが、そんな一面があったとは。

サスケは鼻で軽く笑うと、また下を向いてパンフレットを手にする。

 

「自分の血は平気らしいんだけどね」

オレは両方嫌だけどね~と、ナルトはにししと笑いながら、パンフレットを綴じるためのホッチキスを手にした。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

サクラとサスケが、ほぼ同時に顔を上げ、複雑な表情を瞳に写していた。

 

下をむいてパンフレットを綴じながら、ナルトが続ける。

 

 

「だからオレ、イルカ先生には万年中忍でいて欲しいんだってばよ」

 

 

サクラが気まずそうに下を向く。

サスケは、変わらぬ表情のまま、また作業を再開する。



イルカ先生大怪我事件に関して知るのは、第七班だけだ。

任務の間に、ふと思い出話を語るようなナルトの口からきいた、痛い出来事。

詳しくは聞かされていないが、何やらミズキ先生と争い、背中を始め全身に酷い怪我を負ったという。

ナルトが言うには、それに少なからずともナルトも関係していたとも・・・。



 

「じょ、冗談よ・・・冗談。だって、上忍にしたって、中忍にしたって、選びぬかれた忍か出場できないんだから・・・。

 

木の葉に一体何人中忍がいると思ってるのよ」

 

焦笑を浮かべて、サクラはナルトの背を掌で叩く。

 

「分かってるってばよ~」

叩かれた勢いで前のめりになりながら、ナルトがまた、「にしし」と歯を見せて笑った。



サスケは相変わらず、黙々と作業の手を動かしていた。







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忍び関係者に配布された月報の臨時紙には、武会の詳細と、先月行われた大会議の詳細が記されていた。

 

一覧になって並べられている改定法案、新法案の中に、先ほど火影の口から聞き及んだ「解禁令」があった。

さもあれば、見落とすほどの・・・。

 

 

「・・・・・本当だ・・・・・・解禁になってる・・・・」

紙面を握る手に、力がこもる。

 

 

 

「イルカ先生」

「あ、は、はい!」

 

突然背後から声をかけられ、イルカは背筋を思わず伸ばした。

振りかえるとそこには、逆に驚いた、イルカに声をかけた同僚教師が、きょとんとした目で立っていた。

「す、すみません・・・ちょっとボーっとしていて・・・」

複雑な照れ笑いをするイルカに、同僚は「いいって」と笑顔で応える。

「ああ、例の大会の詳細ですか」

イルカが読んでいたのがそれだと知ると同僚は、「ま、我々専任教師にはあまり関係の無い事ですがね」と肩をすくめて笑う。

脇を通りかかった教師が、ふと足をとめて会話に入ってくる。

「剣術指導のカワラ先生が、上からの推薦をとれるかという噂がありますよ」

「ああ、あの人は確か傭兵部出身なんですよね」

「へぇ・・・」

少しずつ人が集まり、話しが膨らむ真中で、イルカはただ関心したように肯く。

 

様々な部隊の出身者が、実は中忍教師陣には少なくない事が、飛び交う会話の中で分かった。

おそらくそうした中忍の中でも実力者達が、火影を始め上層部の推薦を受け、大会に出場するのだろう。

里の威信と、上忍への昇格を賭けて。
 

(その中に・・・なぜ俺がいるのだろう・・・・・)

 

戦闘員として部隊に所属した経験は無くは無いが、特にこれといって武勲をたてた事などないのに・・・。

 

活劇的な会話に花を咲かせる教師達の輪から離れて、イルカは月報を握りしめたまま、職員室を出ようと扉に手をかけた。

 

直前、扉が勝手に開き、イルカは大柄な体と正面からぶつかった。

「うわっ」

「おっと」

 

 

中肉中背よりは背丈のあるイルカより更に頭一つ分強、体躯のある教師、カワラだった。

豪快な外見に似合う明朗で、竹を割ったような性格が、生徒達にも受けが良い、熱血漢の剣術講師だ。

思わずよろけたイルカの肩を掴み、カワラ先生は白い歯を見せて笑う。

「すみませんな、イルカ先生」

「こちらこそ」

イルカは月報を持った手で鼻の頭をかく。

「おや、それは?」

「え?ああ、臨時の月報ですよ。先生の机の上にも配られてます」

「ちょっといいですか?」

とイルカの手から皺になった月報を拝借すると、大会の記事を目にして「やっぱり、そろそろだと思ってたんですよね」と目を細めた。

「あ、カワラ先生」

教師達の輪が、入り口イルカと並ぶカワラの姿を見つけると、手招きをする。

「先ほどまで先生の話しをしてたんですよ」

「ええ?ロクでもない噂じゃないでしょうな」と照れ笑いしながら、カワラは月報をイルカの手に返すと、その教師達の輪の中へと入っていった。



 

 

 

「・・・・・・」

大会の話で盛り上がる職員室を出て、イルカはどうしたものかと一人、廊下を歩く。

そろそろ放課の時間も過ぎる。

校庭に残って遊んでいる子供達や、居残りをしている子供達も、帰る頃。

 

イルカは、今日は職員室に残って生徒の課題を採点するつもりだったのだが、あの様子では当分、教師達の興奮は収まりそうにない。

 

 

思案に暮れていると、廊下の向こう側から、複数の気配が近づいてきた。

突き当たりの廊下を曲がってこちらへやってくる、数人の忍び達。

その中に、見知った顔があった。

 

「・・・・」

 

受け付けで先日言葉を交わした、ナルト達第七班の担当上忍、はたけカカシ。

他の上忍教師達と共に、談笑しながら職員室に向かってくる。

 

「・・・・あ」

 

イルカが声をかけようとした前に、カカシの方がイルカに気づき、手を上げて微笑む。

 

「先日はどうも、先生」

「こちらこそ・・・」

 

軽く会釈して微笑み返す。続けて、カカシと並んで歩いてきた上忍達にも軽く頭を傾ける。

一人は、長いくせっ毛の黒髪が特徴的な、くの一。

そしてもう一人は、あごひげをたくわえ力強い印象をうける、イルカやカカシより大柄な忍。

 

「お知りあいなの?」

 

低く落ち着いた声のくの一。

その、冷たい印象を受けるが美しい瞳が、イルカとカカシを交互に見やった。「珍しいこと」と言葉が付け加えられる。

 

「?」

 

その言葉に奇異な印象を抱きつつも、イルカは恐縮したようにくの一に向き直る。

 

「申し遅れまして・・・アカデミーでクラス担任をしてます、イルカと申します」

「イルカ先生・・・?」

 

くの一が、胸の前で組んでいた右手を口の前にもっていく。

その隣で、大柄な忍も、「ああ、あんたが」とイルカに向き直る。

 

「私の担当する下忍に、あなたの元教え子がいるわ。こだまと、ヒイラギって男の子よ」

「俺のところにもいますぜ。ツバキってませガキが」

 

「ああ、そうでしたか・・。元気でやってますか?三人とも。・・・懐かしいです・・・。ツバキは、ちょっとキツい子でしたが、やっぱり相変わらずなんですか?こだまとヒイラギなんて、ケンカばかりして大変でしょう?」

 

思いもかけないところで懐かしい名前をきいて、イルカはつい嬉しさに力が抜けて満面の笑みを浮かべる。

 

 

「・・・・」

 

 

ふと気づくと、カカシが少し驚いたようにとろんとした右目を見開いてイルカを眺めているのに気づく。一様にくの一も、大柄な忍も、ぽかんとした様子だ。

 

 

 

「くくくくっ・・・」

 

 

 

 

顎下に添えていた右手を再び胸の前で組んで、くの一は肩を小刻みに震わせて笑う。

それにつられるように、今度は大柄な忍の方が口のくわえタバコを揺らして口元で笑う。

そしてしまいには、カカシまでもが、覆面の口元に手をあてて、笑いを堪えるしまつ。

 

 

 

「あ、あの・・・」

すっかり困惑したイルカは、いぶかしげに三人の様子を見やる。

 

 

「ご、ごめんなさい・・・だって・・・」

目の端に涙さえうかべて、くの一は必死に笑いを抑えて応える。

「あまりにあの子達の言う通りだから」

「まったくだ」

大柄な忍も同様。

「こだまとヒイラギ、あのこ達、とてもあなたを慕っているわ。アカデミーでの思い出話といったら、あなたのことよ」

「たしかにキツくてませガキだが、内心ツバキだって、あんたの事を慕ってたみたいだぜ。もしかしたら惚れてたかもな」

ガハハと大柄な体を反りかえらせて、くわえタバコの忍が大声で笑う。

 

 

恥ずかしいやら嬉しいやらで顔を赤くしたり青くしたりするイルカ。

 

 

「・・・・・・」

イルカは、ふと視線を外してカカシを見た。

傍らで三人のやりとりを眺めていたカカシは、右目を細くして始終、笑っている。



 

 

 

「カカシ先生って、大会がきっかけで上忍に昇格したんだって」



 

 

 

 

ナルトから聞いたそんな話。

大会の事を、火影様の事を、何か聞けるかもしれない・・。

今度会ったら、相談してみようか。



そう、内心思っていたのだが・・・・

「・・・・・」



どうやらそのタイミングを逃したようだ。








封印3







 大会の会場は、普段は固く閉じられている、里の第二西門から一本に続く道を歩いた先にある。

 一本道の両脇には、立て行灯が一定間隔に設置されており、おそらく大会当日は、鬼火のようなこの明かりが、来客や戦士達を会場まで誘うのだろう。


 カカシにつれられて、第七班は、会場へと続くその道を歩く。

 周りには、同じく上忍に付き添われた新人下忍達の姿があった。

 みな、初めて目にする全ての光景に、目を輝かせて落ち着き無くキョロキョロと辺りに視線を動かしていた。

 その中で特に、ナルトは落ち着き無く飛びはねたり走り回ったり。


 「ちょっとは落ち着きなさいよ~」

 まるですっかり保護者が板についたサクラに、カカシはあえて口出ししない。

というより、いちいち何かをやらかすナルトに小言を言っていては、それだけで一日が終ってしまうのだ。

 ここは、サクラに任せてしまおう、というわけだ。



 

 「・・・・・だとしたら、大変だったろうなぁ・・・」


 ふと、

 カカシの脳裏に先日初めてまともに言葉をかわした、ナルトの元担任、イルカの姿が甦った。


 恐らく火影から命を受けていたらしい、クラス担任の範囲を超えた世話の仕様。

 だが、それ以上に、命の範囲をこえた心の入れよう・・・。

 過去に受け持った生徒達の名前を聞いただけで、あの表情の変わり方・・・。それが強烈にカカシの記憶に焼きついた。

 


 「何が大変だったの?先生」

 と、カカシの隣を歩いていたサクラ。

 「へ?」

 ふと目を声のするほうにやれば、下から見上げるように自分を見ているサクラ。

 「何か言ったか?俺」

 「・・・覚えてないならいいや」

 にこりと一度微笑むと、サクラはカカシの元から、ナルトの方に駆け出して行った。

 サスケと小突きあって歩くナルトの所に。







 「・・・・・」

 知らぬ内に独り言を洩らしていた自分に驚く。



 

 「珍しいこと」




 そう、口元に笑みを浮かべて言った、くの一、紅の顔を思いだす。


 

 「・・・確かに、なぁ」

 

 

 数年前に、唯一と呼べる親友を亡くしてから、こうして誰か特定の「知りあい」と呼べる他人を作った事など、無かったように思えたから。

 

 表面上は、常に瓢々と人受けしやすい態度ではあるが、その心は常に、どこか遠いところに向かっているような、そんな空虚感がある・・・と、

 以前誰かに指摘された事があった。

 そうだ。

 それも、彼女ではなかったか。

 

 

 「あんた、人の話し聞いてる?」




 上忍同士で、何気ない談笑をしている中、笑顔でふと、彼女がカカシに言った言葉だった。

 その時は、「どうしたんだよ」とその場の笑い話で済んだが、カカシには、彼女の勘の鋭さが恐ろしくさえ思った。

 たいていの人間とは、これで上手くやり過ごしてきたんだがな・・・。

 

 

 サクラといい、彼女といい・・・。

 「くの一の勘って奴かねぇ・・・」

 カカシは苦笑して、肩をすくめた。













 一本道の先、開け放たれた巨大な石門が、彼らを向かいいれた。

 門欄には『森羅万象』と書かれた金属板が張りつけられてある。

 

 門をくぐると、

 

 「すっげー!」

 

 

 ナルトが思わず感嘆の声をあげた。

 森を切り開いた広い平地に、いくつもの武舞台が、石段の観客席によって区切られて並んでいた。

 会場では、すでに運営委員の忍達が忙しそうに走り回っては準備に追われていた。

 

 「こんな場所が里にあったなんて、知らなかった」

 

 さすがのサクラも、会場中を見渡してため息をつく。

 

 黙りこんだままのサスケも、わずかに目を見開いて、彼にしては珍しく、四方を吟味するように見渡している。

 「各武舞台の傍に、特別席が設けられてるだろ?あれが、里の長クラスの人間が試合を審査する席だ」

 「ほれ」と指先で示しながら、カカシは子供達をつれて会場内を歩く。
 武舞台に近づいてみれば、ナルトの背丈ほどもありそうな石段。

 階段のようにそびえる観客席に昇って武舞台を見下ろしてみれば、その光景は圧巻だった。

 

 

 準備前の会場は、すでに一種独特の厳粛色をかもし出しており、子供達にも十分、刺激的だったようだ。

 

 「武舞台に昇ってみるか?」

 「うんうん!」

 「いいの?」

 と四人が会場の真中にある武舞台の傍にやってきた。




 その武舞台の向こう側に、ナルトが火影の姿をみつけた。

 「あ、じっちゃんだ」

 「あらホント」

 

 「・・・一緒にいるのはイルカ先生じゃないか?」

 

 目を凝らしてサスケがぼそりと呟く。

 

 

 「あ、ホントだ!」

 とたんにナルトが口元を緩めて表情を明るくする。

 

 「イルカせんせ・・・」と呼びかけようと手を振ったところで、

 「・・ちょっと待て」とカカシに止められた。

 

 「?」

 

 不思議におもいながらも、ナルトは素直に手を下ろして、何やら言いあいをしている火影とイルカを遠くから眺める。



 武舞台の向こう側、ちょうど審査席が設けられているすぐ傍で、火影と一中忍が並んでなにやら言いあっている光景。

 何気なくカカシもそれを眺めていたが、それがきわめて奇異な光景である事に、少し遅れて気がついた。

 少し遠いが、カカシは気を聴覚に集中させ、二人の会話を聞き取ろうとする。





 『解禁って・・・・ぜ・・・・ろ』

 『いずれ・・・・なければな・・・・・じゃ』

 

 

 

 『でも何故・・・・は俺を・・・・』

 『・・・・・不満か?』

 『・・・・・それは・・・』





 せわしなくざわつく会場の中、二人の会話は途切れ途切れにしか聞こえてこない。

 盗み聞きを諦めて、カカシは溜息をつく。

 

 

 

 最後には、諦めたように肩を落として、イルカが軽く頭を下げて、火影の元から去っていった。

 そのまま、イルカは会場反対側の出入り口から姿を消してしまった。


















 大会が、もう三日後にせまっていた。

 

 

 

 

 

 明後日、前日には出場者名簿が印刷されてしまう。

 

 今日、他の教員達と会場準備の手伝いに訪れてみれば、やはり大会が迫っている事を如実に実感してしまう。

 

 下忍時代、新人中忍時代に、木の葉で大会が開催された際にイルカは現場で審判の手伝いなど、間近であの厳粛な雰囲気を体験していた。

 命の賭けた前線、任務と違わない、殺気と血がたぎる戦い。

 事実、イルカの目の前で血を吐いて倒れ、瀕死の重傷を追って担ぎこまれていった忍を見た。

 刃物の仕様は禁じられているとはいえ、体術に優れる忍の腕は、鉄斧並の威力を発揮し、人の首さえも打ち落とす場合もあるのだ。







 「・・・・・はあ・・・・」

 日も沈んだ頃、イルカはようやく自宅に戻ってくる。

 

 

 静かな一人きりの部屋に入ると、一日の疲労が一気に全身にのしかかってきた。

 ベッドに身を沈める。

 

 まさか同僚達に自分が出場する身である事を明かせず、結局連日、他の教員や下忍達との準備活動に追われていたのだ。

 

 両脇に椅子を抱えて会場内を歩き回っている所に、



 「何をやってるんじゃお前は」

 「え、あ・・・」



 と呆れられたような声で火影に呼びとめられた。

 

 

 

 

 

 「まあ、言う言わないは本人の勝手じゃからワシは何も言わんが。だからといって、出場者としての立場を弁えいよ、イルカよ」

 「はあ・・・・」

 

 気の無い返事をするイルカに、火影はぎろりと一瞥する。

 

 向かい合って話しをする火影と中忍の姿に奇異な視線を送りつつ、すぐ傍を通りすぎていく忍達。

 中には見知った顔もある。

 気まずそうに肩をすぼめて、イルカは落ち着き無く目線を泳がせる。

 

 

 

 「お前と同じ中忍教師の・・・カワラとかいう忍びがいたのう」

 「え、あ、はい」

 「今回の中忍出場者一覧に、その名前があったぞ。アカデミー教師の中では、出場者はお前と、カワラだけじゃ」

 「はあ、そうなんですか」

 

 そういえば今日はカワラの姿を見ていなかったな、とイルカは思いだす。

 きっと明日には、カワラ先生の栄誉がアカデミー中に広がっている事だろう。

 よそに思案を巡らせているイルカに、火影はだがそれに言及せず、煙管の煙をくゆらせて言葉を続けた。

 

 「まあ、いまさら訓練でもしろとは言わんが・・・それでもそれなりの心構えをするべく、おこすべき行動というものがあるだろう。こんな所で椅子運びなぞしとらんで、身辺準備ぐらいしておけ」

 「三代目・・・おききしてよろしいでしょうか?」

 「なんじゃ」

 

 急に神妙な顔つきをして火影に視線を向けたイルカ。

 

 

 「あの解禁令の事ですが、なぜ今ごろ?今発布したって、あまり意味のある事では・・・」

 「いずれしなければ埒のあかない事じゃ。ならばいつだって良かろう」

 

 火影はイルカの悪あがきと言える疑問に、即答して跳ねつける。

 絶対的な意味を持つ火影の言葉に、だがイルカは、よほど納得がいかないのか、それでもまだ、すがるように言葉をぶつけてくる。

 

 「でも何故三代目は私を推薦なさったんですか?もともと、教師職を私に薦めて下さったのは、三代目ではないですか・・・。まあ、本気になったところで昇格する自信など塩一つまみ分だってありはしませんが」

 「ばか者。大会の意義を何と心得ておる!それに、ワシの決定に不満があるのか?」

 

 わざと、火影は権力の刃を振りかざしてみる。

 

 「・・・そういう事では・・・でも」

 イルカは眉間に一瞬影を落としたが、それでもまだ食らいついてくる。

 

 

 

 

 こういうところが、こやつの一筋縄ではいかん頑固なところじゃ・・・。



 

 

 

 

 火影の言葉に肯くだけの忍達とは違う。

 自分の意思、意見を堅固に守り、それを通すべく立ち向かう。

 イルカ本来の性格が、こういう時に垣間見れる。



 

 

 

 まったくもって、両親譲りだ。

 

 

 

 

 それなのに

 なぜお前は





 「何故いまだに己を殺そうとする」

 

 煙管を右手に持ち、白い煙を長い息と共に吐きだして、火影はイルカの視線に直に向き直った。

 

 「・・・おっしゃる意味が・・分かりません」

 

 「とにかく、著しく里や木の葉忍びの威厳を損ねるような事があれば、それなりの処置が待っていると思うが良い」

 

 

 「・・・・・」

 

 

 

 火影にしては珍しく、少々強い語気。

 

 「っ・・・・・・」

 

 何かを言い返そうと息を吸ったところで、イルカは言葉を止める。

 すぐ傍を通りすぎる忍び達が、いぶかしげな視線を送ってくる。

 

 

 

 「・・・・申し訳ありませんでした。失礼します・・・・・」

 軽く頭を下げると、イルカは火影に背をむけて、すぐ傍の出口から姿を消した。

 イルカの背中を最後までは見送らず、火影もきびすを返す。

 「・・・どうかなさったんですか?」と恐る恐る声をかけてくる忍びに

 「・・・つまらん喧嘩じゃ」

 と一言だけ返すと、さっさとどこかへと姿を消してしまった。










 『木の葉の威厳を著しく損ねる場合は・・・・』

 

 

 

 

 

 

 決定的な打撃を頭上から受けたようで、イルカは枕に顔を押し付けて固く両目を閉じる。

 里の殉ずる忍びとして、それだけは決して犯してはならない。

 律を重んじる世界において、律の遜色は死にさえつながる場合がある。



 

 「・・・・・・今更例えば俺が上忍になったところで・・・・・何があるっていうんですか・・・・」

 ぽつりと呟く独り言が、むなしく部屋に響く。

 

 静寂が、耳に痛い。

 

 

 顔を横に向けると、ちょうど棚の上に飾ってある写真立てが見えた。

 

 茶色い枠で飾ってある、一枚の古ぼけて色あせた写真。

 

 一組の、幸せな家族を写した写真。

 

 左端に、顔に大きな傷を持つ父親、右端に、柔らかく微笑む長い黒髪の印象的な母親、そして真中に、何も痛みなど知らなかった頃の、子供の頃の自分・・・。

 

 

 

 

 「・・・・解禁・・・・・・・・」

 いまさら・・・・・・

 

 

 

 

 急に、胸の奥からこみあげるものがあった。

 熱く、重い。

 

 写真が、ぼやけて見える。

 

 「・・・・」

 涙は、伝って来なかった。

 

 流す涙など、とうに枯れ果てたか。

 

 悲しみ、絶望という感情も擦りきれた。

 

 代わりに今胸によぎったのは、

 

 

 

 怒り。

 

 

 

 

 「・・・・今更・・・・」

 

 

 

 

 

 弾かれた様に、イルカがベッドから身を起こした。

 そして写真が飾ってある棚の引き出しの一つに手をかける。

 予備の額当てや昔使っていたハチマキ、体術実習などの時に使う手袋などがしまってある小さな引き出し。

 その一番奥を、まさぐる。

 目当ての物に触れた感触。

 それを、ゆっくりと引っ張り出す。





 

 黒い、甲当てのついた手袋だ。

 

 はたけカカシも日常に装着しているものと似ている。

 

 

 

 

 

 以前、両親が任務に出向くたびに使っていたものだ。

 

 

 

 懐かしい温もりと匂いがする。

 

 黒い布のそれは、よく目をこらすと、所々に洗いきれなかった血痕がみられる。

 両親が死んでから、もう汚すまいと思ってずっとしまってあった甲当て。








 

 「・・・・・使わなければならないのかな・・・・・・・・」

 

 

 

 

 固くそれを握る。







 

 

 

 

 暗く、静かな部屋の中で、

 静寂が耳に痛い。





 時計を見れば、日付が変わっていた。

 大会まで



 

 

 

 

 あと二日。

 







封印4






 日付が変わったその日も、結局イルカは会場で他の教師達に混じって荷物運搬やら書類整理やらに駆けずりまわった。



 その朝は、通勤したら既に職員室内は賑わっていた。

 カワラ先生を中心に教師達がとりかこみ、肩を叩きあったり笑ったり。

 イルカが入ってくるやいなや、一人がイルカを呼び寄せて「カワラ先生が大会出場権利を得たのだそうですよ」と親指で人の輪を指す。

 あまり好ましく思っていないのか、口元と目じりにやっかみの色がうかがえる。

 なるほど。

 輪に参加せず机に向かっている何人かの教師達は、いずれも卑屈な表情を浮かべている。

 

 ますます、憂鬱さが増した。

 

 輪の中心で照れ笑いしているカワラ先生は、頬を紅潮させて興奮気味に、まるで武勇伝を語るかのように、昨日三代目に呼びだされ、出場の指名をうけた時の様子を語っている。

 

 廊下の真中で何気なく切りだされたイルカとは違い、ずいぶんと厳粛な雰囲気のなか、通達をうけたようだった。



 忍として最高の栄誉の一つ。

 特に前線を離れている忍びにとっては、これとない自己顕示の機会だ。

 ましてや、昇格がかかっているとなれば・・・。



 

 でも、そうは思わない忍びだっている。

 現に、自分がそうだ。

 

 イルカは自問する。



 教職は、我ながら天職だと思っている。

 久々に実感する、生き甲斐だ。

 確かに、上忍になろうと教職資格は維持できる。カカシ先生のように。

 だが、前線経験から遠ざかっていた場合、まずは恐らくしばらくの間はどこかの部隊に配属されるのだろう。そうして戦闘経験、現場経験をつんだ上で、「上忍」として、教職に戻る事が出来る。

 前線送りが恐い訳ではない。

 忍として木の葉の額当てを受け継いだ時から、里に殉ずる忍びとしての覚悟はついていた。

 今省みてみれば、両親を亡くしたときから、妙に大人ぶってひねくれていた自分が思いだされる。



 死など、恐くない。



 『父ちゃん、母ちゃん!!』



 あんな風に、もろく、あまりにはかなく、人の命とは握り潰されてしまうもので、

 ならば、それならば、



 最初から固執しなければ良い。

 特に、

 自分の命など。





 「・・・・・・」

 腕を立てて、ベッドにもたれかかる体を起こした。

 立ちあがり、机の前に立つ。

 その上に、綺麗にたたまれている、黒い甲当て。



 イルカはそのまま、しばし立ち尽くしていた。

 もう、月が雲間から顔を出して、暗闇の里をこうこうと照らし始めている。















 カカシが火影宅を出たときには、月がちょうど、雲間から姿を現した時だった。

 朧月夜だった夜が、まるで昼間かと思うくらいの明るい夜となった。

 光の加減で、わずかに紅掛かった月光。

 赤い月よは天変地異の前触れ。

 

 「または・・・血に濡れる武会の行く末を嘆いてか・・・・」



 その赤い光を浴びて、カカシは覆面の下で小さく呟く。

 虫がけたたましく、秋の訪れを前に最後の命を燃やして鳴いていた。



 一番星を探してカカシはふと、東を向いた。

 その時、



 「?」



 アカデミーの裏山の頂から、一瞬だが、強い光が発せられたように見えた。

 刹那に輝いた光が消えうせ、残ったそこには柔らかい光を発する二等星。



 あれは、星の輝きか?

 流星だったのか・・・。



 「・・・違うな・・・」

 その光から、なぜか感じる違和感。

 今までに感じたことのない、「気」。



 自然と、カカシの足は光がした方向に向かっていた。











 アカデミーの裏山は、アカデミー生徒の戸外演習によく使われる場所で、普段は危険性が少ない。

 とはいえ、やはりこの夜闇。

 湿った夜霧が肌にまとわりつき、不快な汗をかく。

 

 頂をめざし、カカシの足は草を踏み分ける。

 気を集中させ、気配を探りながら。

 あの光は、人によるものか、物の怪によるものか。はたまた、天災の予兆か。



 演習に使われる広場を通りすぎ、さらに奥へと入り込む。

 これ以上は、いくら裏山とはいえ、立ち入り禁止になっている。

 伸び放題の草。

 好きな方向に生え放題の木々。

 ぶつりと人の手が加えられた様子が消え、とたんに森が深くなる・・・のだが・・・。



 「・・・・?」

 頂まであとわずか。

 カカシは足を止めた。

 

 ぽっかりと、木々や草がえぐられたように消えている一帯に出くわした。

 

 まるで野焼でもしたかのような。

 しかも、たった今。

 草の切り口が、まだ新しい。

 手袋を外して、素手で地面に触れてみる。

 熱を帯びた様子はない。

 

 「巨大な鎌鼬(かまいたち)でも出たか・・・?」



 

 ガサッ・・・・



 「!?」

 前方、頂きの反対側で草木が揺れ、カカシは前方に目を剥いた。

 とっさに、くないを構える。

 突然現れた、人の気配。

 「誰だ!」

 厳しい口調で呼びかけると、



 「・・・・?その声は、カカシ先生ですか?」



 「え?」



 名前を呼ばれ、一瞬体がこわばったが、カカシの方も、その聞きなれた声に構えていたくないを下ろす。

 

 「・・・・イルカ・・・先生ですか?」



 同時に、木々の間から二日前にも会った中忍の姿が現れた。

 黒い上着だったために闇に隠れてよく見えなかったのだ。

 「カカシ先生、どうしてこんなところに?」

 一歩一歩近づいてくるイルカが、戸惑ったように微笑む。

 「イルカ先生こそ」とカカシは溜息をつきながら、自分に近づいてくるイルカを待つ。

 「いやね、山のてっぺんで強い光が見えたから、何かなと思って」

 とカカシはくないをしまい、両手を腰にあてて、草木が削り取られた周辺地面を見渡す。

 「ああ、私もです。窓から見えて、気になって」

 イルカも、辺りを見まわす。

 その横顔は、どこか疲労がたまっているようで。



 先生・・・とカカシが言葉を続ける。

 「あ、はい?」

 イルカは顔をあげる。

 「とりあえず今日は帰りましょうか」

 この暗闇では、探索のしようもないと、カカシは肩をすくめる。

 

 肩を並べて裏山から降りてくる、二人の教師達の姿。

 こうして並んで歩くのは初めてだなと、カカシは前方に広がる星の少ない空を眺めながら思う。

 

 この人とは、割と、話す事は多いと思う。

 ナルトの事になれば、おそらく尽きることはないだろう。

 

 だが、今は不思議と、何も言葉が出てこない。

 一日の疲労のせいでもあろうが、隣を歩く中忍の少しうつむいて歩く様子に、カカシの詮索を拒むかのような堅固さがあるように思えたからだ。

 

 「カカシ先生は・・・」



 イルカの口が、先に開いた。



 「なんですか?」

 少し意外に思いつつ、カカシは前方を向いたまま応える。

 「ナルトから聞いたんですが」と前置きをして、イルカは少し顔をカカシの方に向けてしゃべりはじめた。

 

 「カカシ先生は以前、森羅武会に出場なさった経験があると・・・」

 

 なるほど。時期がら、ちょうど良い話題かもしれない。

 礼儀正しいこの中忍らしい会話の切りだし方だと、カカシは思った。



 「ええ。十年近く前だったんじゃないかな・・。岩の国だか砂の国で行われた大会でした」

 「優勝、なさったんですか?」

 「ええまあ。中忍の部でね。その後、割とすぐに上忍に昇格しました」

 「・・・・それは凄いですね。上忍の部でお出になった経験は?」

 「一度あります」

 「でも、」と、カカシはそこで一旦、会話を切った。

 「・・・?」

 イルカがカカシを振り向いて、首を軽く傾げる。

 

 「対戦者を死なせちゃって、しばらく出場資格を剥奪されてました」



 右目を細めて、昔の笑い話を語るようにカカシはイルカに視線を合わせた。

 「・・・・・・」

 

 イルカは、表情を変えずにカカシの視線にまっすぐ応える。

 視線を外そうとしない。



 嫌悪でも示されるかと思えば、またまた意外な反応である。

 この人のよさそうな中忍ならば、人殺しの経験を笑顔で語るこの態度を諌めるなどの姿勢に出ると思えば。

 返って来た言葉といえば、

 

 「・・・・・そうですか」

 

 の一言。

 肝が座っているのか、鈍いのか、よく分からない。



 「あ、でも今年はもしかしたら上忍審査定委員の一人として参加するかも、しれません」

 「審査定員?」

 逆にこの言葉に驚いたようで、イルカは初めてカカシの予測にそった反応を示した。



 上忍審査定員とは、試合の結果、進行に判断を下す審判とは異なる。

 主に、昇格がかかった忍が大会である一定基準以上の成績を修めた場合、カカシら上忍審査定員が最後の対戦相手となり、その戦いの過程と結果が、昇格の合否を決定する重要な審査基準に盛り込まれるのである。

 当然、この審査定員に選ばれる上忍も各里の長から推薦を受けて選ばれた人材である。



 「さっき、三代目宅でその辞令をうけましてね。その帰りだったんですよ。あの光を見かけたのは」



 「・・・・・そうでしたか」



 「イルカ先生は?」

 と突然問い返され、イルカは「え、あの・・・」とどもった。

 「もっぱら裏方で・・・」

 鼻の頭を掻きながら笑う。



 その応えにカカシは、きょとんと右目を開いた。だがすぐに再びそれを細めると、

 「え、いや、どこであの光に気づいたのか・・・という事ですよ。アカデミーで残業でもなさってました?」

 と軽く笑った。



 「あ、そ、そうですよね、すみません・・・えっと、私は・・そう、アカデミーで残業してて、ちょうど帰るところだったんですよ・・・・」

 今度は後頭部を掻きながら、なぜか顔に汗をうかべて照れ笑いをするイルカ。



 その割になぜ、イルカは手ぶらなのか。



 カカシはあえて、それに言及しなかった。

  

 





 







 驚いた・・・。

 「まさかあんな所でカカシ先生に会うとは・・・・」

 再び部屋に戻って来たイルカは、まず洗面所に直行した。

 不自然なまでに汗をかいている顔に、両手で水を浴びせる。

 

 タオルで水をふき取り、再び鏡に向き直る。

 まだ、

 心臓が痛いほどに飛び跳ねている。

 

 「怪しまれただろうなぁ・・・・あんな・・・・・」

 

 もう少し上手な良いわけや嘘がつけないものか。

 こんな所で正直者でも、損をするだけだ。





 「それにしても・・・・・あの先生が審査定員・・・・・」

 鏡の中、髪を濡らす自分と向かい合い独り言を吐く。

 

 あの子達も、

 確実に大会に見学に来るであろうし・・・・。



 「最悪だ・・・・・」







 洗面所から寝室にもどって、壁の時計を見る。



 あと、数時間で明日。



 そして、あともう一回夜を迎えれば、

 大会だ。






封印 5

 





 大会前日。

 アカデミーから大会会場まで、ナルト達は綴じ上がった大会要項冊子をかかえて歩く。

 「なんかさ~・・・」

 サクラが、ふと呟く。

 大会を前日に控えた、里の様子を眺める。

 「大会場は厳粛かつ盛大な雰囲気で、アカデミーの中ではすごい盛り上がりようなのに、なんか、里全体ではイマイチ盛り上がらないのね」

 里に会場役が回ってくるのは五年に一度。

 「出店とかやるかと思ったら・・・」

 他国からやってきた忍び達も何らかの歓迎をうけるでもなく。

 里をあげての一大行催として祭るでもなく。

 だが、五年前にも木の葉で大会が開かれたわけだが、特に子供達の記憶に残った出来事はなかったところを考えると、

 「本当に厳密に、忍びの間でのみ・・・なのね」

 当然なのだが。

 それだけ忍び同士の真剣勝負である事を示唆している。

 「でさ、結局カカシ先生は出場するのかな」

 とナルト。

 「でも写輪眼使ったら試合にならないんじゃない?なんでもコピーしちゃうんだったらさ」

 試合の画的に面白くないよね~と、サクラが笑う。

 「確かに対戦相手は打つ手無しだな」

 積み上げたパンフレットを抱えた向こうから、サスケの声。

 今サクラ達が運んでいる冊子の試合規範項目には、『写輪眼など特殊技能禁止』とは記述されていない。

 「何にしろ楽しみだってばよ!」

 ナルトは歯をくいしばって笑う。

 気持ち、肩が小刻みに震えているように見える。

 「・・・・・・」

 傍らのサクラにも、それが見て取れた。

 任務中、幾度となくサクラはナルトのこの独特の「武者震い」を見ている。

 緊張と興奮が全身を駆け巡るこの時、ナルトの目つきが変わる。



 『この世界には、お前達より年下で、俺より強いガキもいる』



 そうカカシ先生から聞かされた衝撃的な言葉。

 

 大会に集まる面子にも、

 そうした、カカシが「俺より強い」と認めるような忍が出てくるかもしれない。



 現時点で、第七班の間では「木の葉のはたけカカシ」という上忍が、忍の頂の全てだった。

 遠出の任務を通して多くの経験、世界、人々を見てきたが、



 カカシを始めとする上忍教師達いわく、



 「いやあもうまだまだ甘えた事ばっかり言って、大変なもんだよ実際」

 「この大会に接する事で、もう少し、眼が覚めればいいんだけど」

 「まあな。任務ではどうしたって、D級だからなぁ・・・。血をみる機会も少ないしよ・・・」

 荒療治を時として望んでいる。

 だが、どうしたって里の上部の意向から、新人下忍に与えられる任務といえば、戦闘を含まない雑用が多々。

 時に死者さえ出るこの大会が、

 教師達にとっても絶好の教材となるのだ。



 今大会で審査定員に選ばれた上忍教師仲間達と話しを囲みながら、カカシも同様の事を考えていた。



 「私も同感だわ」

 武舞台に腰かけている紅が、髪をかきあげる。

 その下、武舞台に背を預けていたカカシが顔を上げる。

 「スリーマンセルの弱点は、慣れと甘えが生じてしまう所よ。チームワークは学べても、やっぱり個人能力が忍の運命を左右するもの・・・」

 それに同調して一堂は肯く。

 「世の中には、暗部や特攻部隊の様に、高度の個人プレーが求められる所もあるんだって事を、感じてもらわないと・・」

 まだ子供達の多くが、それら闇の世界を冒険活劇的フィクションとしか認識できていないと、紅は指摘する。 

 隣の朋友が、明日の敵となりえる。



 寝首をかくかかれる。

 首を取る取られる。

 臓腑を引きずり出す出される。









 『子供達をそんな闇に引きずりこむような真似を・・・』









 あの人だったら、そんな風にして怒るのだろうな・・・・







 と、

 カカシは覆面のしたで無意識に吐息と共に笑いを洩らした。







 「何か嬉しい事でもあったの?カカシ」



 高いところから、紅の声が頭上に降った。

 両腕を胸も前でくみ、長い足を組んでカカシを見下ろしている。

 

 「え?別に」



 とぼけた振りをして見上げる。

 その視線の先が、ちょうど紅の長い足が生える裾際であったため、

 「どこ見てるのよ」と軽くかかとで頭を叩かれた。



 叩かれた側頭部をさすりながら、

 相変わらず勘のするどい女だ・・・とカカシは溜息をつく。



 「まあ、どっちにしろ、明日はせいぜい、暴れてやるわよ私は」

 審査、という名目を隅に押しやり、紅は納得したように肯く。

 ははは と、上忍の輪の中で、軽い笑いが起こった。



 会場の一角。

 武舞台に腰かけ、またはそこにもたれて何やら談笑する上忍達の姿。

 その反対側では、中忍や運営委員達が最後の仕上げにと、せわしなく動き回っていた。

 

 「そういえば、イルカ先生は?」

 予定表を捲り、次に行う作業を確認しながら中忍教師がつぶやいた。

 「休むと、届け出がでてましたよ」

 「は?」と顔をあげて、中忍教師は頬の筋肉を引きつらせた。

 何を考えてるんだ、こんな忙しい前日に。

 と、ぶつぶつ愚痴をもらす。

 イルカと同期にあたる若い中忍教師はそれにむやみに同調しない。

 人一倍、こつこつと真面目に働くイルカの性格を、同僚の中忍教師は長いつきあいで把握していた。こんな時に彼が休む理由として思い浮かぶのは、働きすぎで体調を崩したか、または、またナルトに関係したトラブルに巻きこまれているか・・・・。

 そんな事を思案するが、その暇も束の間、次々と片付けなければならない仕事を言い渡されてしまう。

 

 重苦しい、厳粛な空気が漂う会場の上を、



 ぴーひょろろろろろ・・・・・



 とんびが飛んでいった。















 ぴーひょろろろろろ・・・



 遠くで、とんびの声がした。

 すぐ頭上を飛んでいくとんび。



 意識の遠くで、奥深くで、とんびの声。



 風が、頬を撫でて通りすぎていく。

 頭の後ろで束ねた髪が、揺れる。



 イルカは、ゆっくりと閉じていた瞳を開いた。



 目の前には慰霊碑。

 両親の名が刻まれた、記憶の具象。





 もう、どれくらい時が過ぎたか。

 太陽は、真上を通りすぎ、傾きかけていた。



 

 早朝からイルカは、こうして慰霊碑の前に座り込み、水一滴さえとらずにいた。



 大きな任務の前には、

 こうして長時間にわたって精神統一のために瞑想していた父の姿が、数少ない幼い頃の記憶に残っていた。

 

 固く瞳を閉じ、岩の様に身じろぎ一つしなかった父。

 その端正で厳粛な横顔が、色あせた写真のように脳裏に焼きついていた。



 「・・・・・・・」



 ぼやけていた視界が、しだいに鮮明になる。

 慰霊碑の細かい傷まで、眼に入ってくる。

 

 昨晩までの焦燥感が、嘘のように消えうせていた。

 空腹感もなくなり、時間感覚も失せ、五感が麻痺を通りすぎて研ぎ済まされる。



 

 不思議だ・・・・

 

 迷っている事はまだたくさんある。

 戸惑っている事が、消えうせたわけではない。

 

 まだ、

 煮えきらない自分がある。



 なのに、

 どうしてこんなに

 落ち着いている自分がいるのだろう。



 開いた瞳を、再びゆっくり、閉じる。



 

 とんびは、

 もう谷の向こうへと消えていった。



サンプルはここまでです。
本では多分、5~6倍ぐらいの長さでした。
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2005.10.25.Tue/14:36
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> 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。 得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。

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