スポンサーサイト 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--.--/--:--
  4コマ① by豊川みつ子様 
NARUTOの長編小説「毒」や「封印」の挿絵を描いてくださった、豊川みつ子様から頂いた、4コママンガです。

ご本人はステキなお嬢様なんですが、
このシュールなセンス…惚れそうです。


WJ-irukagou.jpg

スポンサーサイト
2006.05.02.Tue/21:42
  4コマ② by豊川みつ子様 
引き続き、またまた豊川みつ子様の4コマを。

なんであんな可愛らしいお嬢さんからこういうネタが飛び出すかなぁと不思議でしょうがありませんでした。

20060502214149.jpeg

2006.05.05.Fri/02:25
  恋人の名前 
 
恋人の名前


「レオナ!」

 よく通る朗々とした男の声に名前を呼ばれて、新同盟軍の本拠地にて酒場を開く女主人、レオナは振り向いた。
 太陽が真上に昇った気持ちの良い日和、ちょうど中庭を横切ろうと渡り廊下から外に出た時だった。
 それにしても、同盟軍で敵うものはいないといわれる酒場の女主人を堂々と呼び捨てにするとは、如何な人物か。酒場の常連、ビクトールでさえ彼女を「レオナの姉御」や「姐さん」と呼ぶのだ。
 中庭でその場に出くわした同盟軍の面々は、恐る恐る、だが好奇心に勝てずにその声の主の方へと視線をやった。
 この声は確か…、
「………」
 レオナが振り向いたそこ、中庭から通じる裏門の前に、鮮やかな青が翻っていた。
 長身に纏われたその清清しくも深い蒼は、嫌でも同盟軍の中で常に目立っている。同じ色を縁にあしらった騎士の制服の若者達の中にいる彼の名は、マイクロトフ。マチルダの元青騎士団長である。

「あれ、最近新同盟軍に加わった、ロックアックスから来た騎士団長さんの一人じゃない」
「あの長い名前の人ね。同じロックアックスから来た赤い方の団長さんは『マイク』って時々呼んでるけど」
 皆、レオナの反応を伺っている。中庭にいた人々のみならず、中庭を覗ける建物の窓からも、いくつか見知った顔がこちらを伺っていた。
 とにかく、名前を呼ばれたからには要件を聞かねばと、レオナが返事をしようと口を開きかける。

 ブルルルルゥゥ

 馬の嘶きがそれを遮った。
「よーしよし。レオナ」
 馬舎の方から部下が連れてきた馬に手を差し伸べて、噂の男、マイクロトフは再びその名前を愛しそうに呼んだ。鼻面を撫で、擦り寄ってくる愛馬に自らも頬を寄せて、首筋を軽くたたいてやる。
「馬の名前?」
「なんだー」
 拍子抜けした誰かの声に、部下の一人が気がついた。
「だ、団長」
「何だ」
「あそこにいらっしゃるのは確か…」
 酒場の女主人が驚いたように目を丸くしてこちらを見ている事に気づいた部下がマイクロトフに進注し、そしてすぐに彼女の名前と団長の愛馬の名が同じ事に気がつく。
「…あのご婦人は確か……」
 つい先々週に新同盟軍に参加したばかりの騎士達の中で酒場の女主人の名と顔を正確に認識する者は少なかったが、それでも、
「酒場のご主人、レオナ様かと…」
 酒を好む者にとって彼女はやはり絶対的存在として少なからず認知されているようだった。
「何…」
 愛馬と同じ名前をもつ女主人の姿を見止め、マイクロトフは馬から手を離して居住まいを正した。
「ごきげんよう。青い騎士団長殿」
 カウンターで見せる笑みをたたえながら歩み寄るレオナにマイクロトフが几帳面に一礼すると、部下達もそれに倣い頭を垂れた。
 一糸乱れぬ堅真な態礼にレオナは若干の驚きと照れを隠しつつ、軽く膝を折って礼を返す。
 先々週よりこの新同盟軍に加わった騎士団は、いわゆる「よせ集め」的なぞんざいさが抜けきれない新同盟軍に新しい気風を運んだとして、新入りという事もあり何かとここの人間達の話題に上がっていた。
 堅くて真面目な騎士団。
 若い騎士達は一糸乱れぬ忠誠心を赤と青の両騎士団長に捧げ、また騎士団意外の人間にも儀礼と敬意をもって接する。
 また、七千以上もの兵力を新同盟軍に授けた彼らは戦力としても重宝され、ことに両騎士団長の戦人振りは音に聞こえていた。
「これはとんだご無礼を。レオナ殿」
 知らなかったとはいえ、一人の女性を呼び捨ててしまった非礼を、マイクロトフは詫びる。
「いいのよ。それより、良い馬ね。私と同じ名前で呼んでもらって、光栄だわ」
 マイクロトフに寄り添うように立つその馬は、主人と同じ黒毛の牝馬だ。陽光を受けてかがやく黒毛は艶が美しく波光を発している。牝馬独特の優雅さと、その主人に似つかわしい雄々しさも併せ持っている。
 素人目にも、名馬と分かった。
「ありがとうございます」
 愛馬を誉めてもらった主人が、柔らかく笑んだ。常に生真面目に口を堅く結んだ表情しか見かけない彼の笑顔に、遠くから眺めていた人間達も目を丸くする。
「貴方専属の恋人なの?」
 騎士にとって馬は自らの半身。
 ここでの「恋人」は、馬を差した。
「ええ。号名はマリーレイティオーナです。俺はずっとレオナという愛称で呼んでおります」
「お付き合いは長いのかしら」
「騎馬隊長時代からですから…もう五年以上です。幾度も命を助けてもらい、武勲を俺に齎してくれました」
 主人が誉めてくれているのを感じ取ったのだろうか。愛馬レオナがマイクロトフの頬に鼻面を寄せてブルブルと鳴いた。純真な黒い瞳が全幅の信頼と愛情を、主人に向けている。
「よしよし、レオナ」とマイクロトフが顔を撫でてやる。無意識に再び名前を呼んだことには気づいていないようだ。
 一瞬、レオナの心臓が大きく鼓動した。
(あれと同じ仕草と顔で女の子に接してやれば、落ちない娘はいないだろうに)
 思いがけず自らの胸奥で起こった動揺に、レオナは苦笑を漏らす。馬の名前であったとはいえ、見てくれの良い男に名前を呼ばれるのは、悪い気はしない。
 真面目すぎる故にビクトールあたりが密かに「朴念仁ども」と揶揄していたが、彼がそうであったのは他の男連中にとっては幸いと言えそうだ。
「しかし、やはりここにいる時は名前の呼び方に留意するように致します」
 真面目な彼らしい言葉。
「いいわよ。私は気にしないよ」
 さばさばとした口調でレオナはそう笑ったが、
 それからマイクロトフが極力、騎士団以外の人間の耳に届く所で愛馬の名を呼ばなくなったのを、後になってレオナは兵士や騎士達の噂で聞く事になる。



 ハイランド軍に占拠されたグリンヒルの衛星村の奪回に、リューとナナミを筆頭に、カミュー率いる赤騎士の一隊と、マイクロトフ率いる青騎士の一隊、ビクトール率いる新同盟軍一隊が赴いた。
 視察隊が本拠地を経ちニ週間。
 ある夕刻、留守番と待機を任されたフリックの姿がレオナの酒場にあった。
「レオナの姐さん、そういえばあの青い騎士団長さんの恋人と同じ名前だって?」
「あら。もうそんなに噂が広がっているの?」
「狭い城内だからな。何でもその恋人も、黒髪が美しい美人だとか?」
「ふふ…まあね」
 珍しくカウンターではなく、フリックと向かい合う相席に座って、レオナはグラスに赤い液体を揺らす。
「とっても素直で、キスが上手な可愛い恋人よ」
「へぇ…意外だなぁ」
 あの真面目な騎士団長の恋人が?とフリックは青い瞳を丸くする。どうやらその恋人が騎馬である事までは知らないようだ。
 噂の末端とはそんなものだろうと、レオナの赤い唇が苦笑を象る。イタズラ心に火が点ったようだ。
「私も見たことがあるのだけど、あの二人の熱愛ぶりにはそれはもう、見てるこちらが火照っちゃうわ」
 酒で紅潮した頬に手を添えたレオナの視線が、若干の恍惚感を漂わせる。妖艶な色香にフリックはグラスを傾けかけた手を止めた。
「人が見ている前で堂々と頬を寄せ合ってキスをして…。あてられちゃうったら無いのよ。彼女の全幅の愛情は全てあの青騎士団長さんに注がれて、青騎士団長さんの全幅の信頼は全てあの可愛い恋人に向けられているの」
 そこへ、ちょうど背後を通りかかったのがアマダ。レオナの良き酒呑み友人の一人である。目を真ん丸くするフリックの表情に状況を読み取ったようで、レオナの隣に空いた席に軽く腰掛けた。
「ああ、あのお堅い騎士団長さんの恋人なぁ。羨ましい美人だぜ」
「あら、アマダも黒髪の美人がお好み?」
 レオナが上手い具合に呼吸を合わせる。
「まあな。しっかしあの二人、本当にお似合いだぜ。こう、体を寄せ合って日当たりの良い場所でくつろいでるところなんか、羨ましいねぇ…」
「俺は水辺でみかけた事があったぜ」
 そこに更にビクトールが加わってきた。
「二人してずぶ濡れになってはしゃいでよ。肌と肌のふれあいがこれまたお熱かったぜ」
「カミューさんが嫉妬するほどの仲なんですよね」
 いつのまにかリーナまで席に加わる。
「ねー」とフリックを除く皆が声を合わせて頷き合う。
「おいおい、待てよ。皆なあいつの恋人とやらを見たことがあるのか?同じ所で暮らしていてなんで俺だけ知らないんだ」
 慌てたようにフリックが苦笑する。
 酒場中の人間が自分の鈍感さを笑っているように思えて仕方がないのだ。
「アナタが鈍いのよ」
 レオナがグラスを持った手でフリックの鼻先を指差す。
「騎士様の最愛の恋人といえば……。分らない?」
「ん?それって……」
 口をつけかけたグラスを一旦離して、フリックは目を細める。
「あ~あ、もうばらしちゃうの?レオナさん」
 リーナの小悪魔的な笑み。フリックが「ああ、」と完全に気がついたようだ。
「黒髪の美女って……黒毛の雌馬のことか!?」
 あたり~
 と美女達の声が揃ったところで、フリックは肩を竦めた。
 酒場に、やんわりと笑いが広がった。



 そんな酒場から本拠地中に広がる平和なの空気は、翌日に一変する事となる。



「早く!ホウアン先生を!!」
 城の凱旋門口から響いてきた第一声は、それだった。
 酒場にいたレオナにも、その声は届いた。
 喧騒に似た人間のざわめきと、興奮した馬の嘶きとが混在した音が城を緊張感に包み込む。
 隊が戻ってきたのだ。

―ホウアン先生を

 その言葉を持つ意味は瞭然だ。
 それでなくてもここまで漂ってくる錆び臭い匂いが、戻ってきた彼らの様子を表している。
「……」
 悪寒を感じながらレオナが門の方を覗くと、一層に強い錆匂が鼻腔をついた。不快に眉根を顰めながらも眼を凝らして窺った光景は、レオナの双眸を驚動に見開かせた。
 奪回戦に赴いていたのは、リュー、ビクトール、ナナミ率いる新同盟軍の一隊、そしてカミュー率いるマチルダの赤騎士団一隊と、マイクロトフ率いる青騎士団の一隊。
「水と、それから清潔な布を!フリックさんお願いします!ビクトールさんは怪我が酷い騎士さん達をこちらの方に」
「おう!」
「わかった!」
 凱旋門口には、青白い顔色で人々に指示を送るリューと慌てた様子で指示に沿って動くビクトールとフリックや兵士達の姿が流れて行く。
 上階から駆け下りてきた軍師シュウもその場に加わり、怪我人の振り分けを始める。人の流れをざっと見渡すと、どうやら最も深手を負ったのは青騎士団のようだ。彼らはよく戦任務において「決行部隊」「突撃隊」「殿隊」など、いわゆる最も実戦的な役割を担う事がほとんどだ。それはマチルダ時代から続く性質をそのまま活かす軍師らの計らいであり、最も正しく効率的な戦略だ。
 それだけに、戦場と無縁である筈の、酒場の主人のレオナでさえ、何度も彼らが満身創痍となって帰城する姿を目撃していた。
 そして今も、最後に城へと足を踏み入れたのは、カミューに肩を担がれた青騎士団長マイクロトフ。
「怪我の具合は」
 歩み寄るシュウが両騎士団長に声をかけるが、
「部下を先に………」
 とマイクロトフがやんわりと退けた。
「強がりならば訊き入れませぬぞ」
 短く低声でそれを更に拒否したシュウが無傷な赤騎士を呼びつけた。
 指先でようやく意識を摘み上げたように朦朧とした状態のマイクロトフは、レオナの眼からも彼が立っているのも苦痛である様子が理解できた。
「ホウアン殿がいらしたら彼を最初に診てもらうように」
 シュウはそう指示を残すと次なる指示を出すために踵を返した。まるでそれを合図にしたように、途端、マイクロトフの体が傾き、重さに耐えきれずカミューもろともその場に崩れ落ちた。
 慌しい凱旋口が、さらに人の悲鳴で埋め尽くされる。


 散々な有様で凱旋したにも関わらず、奇跡的に死者はいなかったという。リューから軍師シュウにもたらされた報告は人の口を伝って翌々日には本拠地中に広がっていた。
 理由はやはり、退去の際に青騎士が決死の殿(しんがり)のおかげだと、リューは言う。
「それもそうだけど、リューもよく頑張ったじゃないか」
「………」
 レオナの言葉に、リューはだが浮かぬ顔で俯く。
 人気の無い酒場。カウンターの向こうにはレオナ、そして客席にはリューとナナミの姿があった。
 無人の時間を見計らい、リューとナナミは時々こうして酒場を訪れる。レオナお手製の特性ジュースが目当てでもあるのだが、こうして話をしてもらいたかったのだ。
「どうしたの?」
 リューの隣に並ぶナナミの面持ちにもさえないものがあり、レオナは静かに問いかけた。薄暗い酒場に沈黙が再び走るが、答えを急かさないで、静かに待つ。
「報告では『死者無し』なんだけど…」
 ぽつりぽつりと、ナナミが切り出す。
「レオナがね…」
「え………」
 突然自分の名前が出てきてレオナの胸郭が大きく鼓動した。
「あ、ごめんなさい。マイクロトフさんの騎馬が」
 慌てて言い直したナナミの言葉に、黒いたてがみを思い浮かべて「ああ、」と納得したものの、レオナは不吉な予感に眉を顰めかけた。
「奇襲をかけて退却しようとした時に」
 ナナミの後を継いでリューの言葉が続く。俯いたまま彼は、オレンジ色のグラスを両手で握り締めていた。硝子がかたかたと、震える。
「軍の真横に偶然でくわしたハイランドの一隊に脇をつかれたんです……それで、僕の隊の一部が狙われて」
 順を追って話さなければ、彼自身が混乱してしまうのだろう。
 それを感じ取りレオナはただ無言で相槌を打った。
「そこに、マイクロトフさん一隊が駆けつけてくれて……壁となって時間をかせいでくれたんですけど…」
 言葉が短く途切れる。
 ナナミがリューの背中に手を添えて、無言で励ます。
「弓矢隊の攻撃から隊を守ろうとしてマイクロトフさんが落馬して…」
「………」
「でも矢が、雨みたいに、降ってきて」
 リューの話によれば
 青騎士団長最愛の恋人は、
 彼を矢雨から庇い倒れたという。
 半ば意識を失ったままのマイクロトフを無理矢理に引きずってカミューが退却指示を出した。

 彼の最愛の恋人を矢雨の中に置き去りにして。

「………」
 話が進むにつれ、レオナは自分の背筋に汗が伝っているのが感じられた。
 自分と同じ名を持つ馬。
 おそらくもう、死んでいるだろう。
 戦場にて騎馬を亡くす事は珍しい事ではない。
 戦闘が一つ終わるたびに作成される報告書には、消費した武器、薬品を記すと同じ書類に、失った騎馬数も記入される。戦略上、騎馬は戦闘の道具。
 だが、騎士の精神にとってそれは最愛の恋人。
「…………」
 それでなくとも青騎士団長は「騎士」を体現したような男だ。その悲しみは幾ばくか。

「そっか…レオナは………」
 リューとナナミを部屋へと帰し、酒場を一旦閉めて、レオナは外に出た。風にあたりたい。今日はまだ酒を飲んでいないはずなのに、頬が火照って仕方が無いのだ。
 外は若干、太陽が傾きかけて陰りを帯び始めている。
 あと半刻もすれば酒場を空ける時間。それまで頭を冷やしていよう。
 自分と同じ名前を持つ。それだけで随分とあの馬に愛着を覚えたようだ。降れた頬の温もりや、柔らかいたてがみ、そして優しく美しい瞳が、思い出される。そして、その隣に常に在った、青い騎士服の男。
「………」
 一際強い風がふきつけた。
 湖に接したこの本拠地に、夕刻になると必ず訪れる肌寒い空風だ。
 レオナの肩に羽織っていた手編みのケープが、肩を離れて飛んだ。
「っあ……」
 慌ててそれを追いかける。人気のいない場所を歩いていた為、拾ってくれる者もなくケープは気ままにどこまでも飛ばされた。
「まったく…」
 ようやくケープを捕まえて我に返ると、外へと続く裏門付近まで来ていた。今自分が立っているところから右へと折れればそこは、黒騎馬レオナと会った場所。しばらくは、近寄りたくない。
 踵を返そうとして、その方から人の声がする事に気がついた。
 人の声に重なり、蹄の音も複数聞こえる。
「………」
 帰ろうとする心の一方で、強く好奇心が惹かれた。
 拾ったケープの砂埃を払うのも忘れて握り締め、レオナは声の方へと歩を進めた。
 そこは本拠地裏口。
 鮮やかな赤い騎士服達が複数、そこにいた。
 赤騎士団長カミューの姿も、そこにある。
 馬にのって今しがた帰城した赤騎士団を出迎えているのだ。
「お帰り。悪かったな。面倒な事を頼んで」
「とんでもございません」
 カミューの出迎えの言葉に、騎士達は次々と馬を下りてかしこまった礼をする。その一番前に達カミューと向き合った一人の騎士が、手に握っていた何かをカミューに手渡した。
 薄闇が影となり、レオナの位置からはよく見えない。
「やはり、もう駄目だったか…」
「……真に残念ですが」
 ぽつりと、騎士達の声が寂しげに漏れる。
 騎士達は静かに俯く。
 まるでそれは、黙祷。
 傾いた陽が落とす陰の中で、騎士達のシルエットが幻想的に浮かんだ。

「何をしている?」

 横からかかった低い声。
 カミューを含め騎士達が一斉に顔を上げた。
「マイクロトフ…」
「マイクロトフ様!」
 レオナの位置からは反対方向の折れ角から姿を現したのは、マイクロトフだった。
 常にきっちり制服を着込んだ姿ではなく、上半身の素肌に包帯をサラシのように巻きつけ、片手が分厚く包帯で包まれている為に長い団長服の上着を肩に羽織っている。
 臥せった床からようやく這い出した、といった風で、無事な片手を壁について体を支えて、僅かに肩で息をしていた。
「大人しく寝ていろと言ったろう」
 赤騎士から受け取った「何か」を咄嗟に隠すようにして再び赤騎士に手渡し、カミューがマイクロトフに駆け寄る。
「窓から見えた。…どこから帰ってきたんだ」
 カミューの背後で戸惑った面持ちの騎士達は、神妙に瞳を伏せた。
 やれやれ、と大きく溜息を漏らしたカミュー。
「……話したら、大人しく寝てくれるかい?」
 マイクロトフから離れて、赤騎士の元にあゆみより、1度つき返した「何か」を再び受け取った。
「カミュー様」とためらう騎士に一つ頷き返してカミューはマイクロトフに手を出すように言った。
 躊躇いがちに伸ばされたマイクロトフの手に、カミューは「それ」を静かに置いた。
「……これ……」
「君の恋人を連れて帰ってきたよ。マイクロトフ」
 それは、千切れた手綱。
「……………」
 暗がりで眼を凝らしてマイクロトフはその薄汚れてしまった手綱を指先で探る。指先が、刺繍に辿りつく。恋人の名が、赤い絹糸で縫い込まれている。



 LEONA と。



「……………」
 千切れ、紐片と化した手綱を、マイクロトフの黒い瞳がこぼれるくらいに見開かれて見つめる。強く唇をかみ締めて。
 深く俯いた黒髪に、カミューの声がかかる。
「名前を……呼んでおやりよ」
「…………」
 最期の瞬間に、呼んでやれなかった名前を。
 せめてもの供養に。
「レオ…ナ……」
 か細い声が、搾り出される。
 図体の大きい彼からは想像も出来ぬ、脆弱な声だ。
 掠れ、震える。
(……………)
 壁際に身を隠したレオナの心臓が、再び強く波打った。
 一度の鼓動に留まらず、徐々に強さを増して胸郭を打ち始める。
「レオナ………レオナ…レオナ」
 手綱を握り締めて青騎士団長は膝をつく。
 咄嗟に支えるようにして、カミューが腕に手をそえて共に膝をついた。赤い騎士服の腕に包まれるように蹲る影。
 肩が震えるのが、遠目からも分った。
「レオナ、レオナ……レオ……ナ」
 何度目かに呼んだ名がついには途切れ、
「っぅあああぁああっ!!」
「マイク…っ」
 まるで狂ったように一声吼えた。
 立ち並ぶ騎士達がびくりと肩を振るわせる。
 蹲った黒髪の頭を引き寄せて、カミューが抱きしめた。
「レオナ………」
 あとの言葉は、マイクロトフの声にならぬ嗚咽に飲み込まれた。
(…………止まれ…とまれったら…)
 名を呼ばれるたびに、レオナは息苦しさが増していく感覚に襲われる。強くなる鼓動が止まる様子もなく、冷たい夕風の中に立っていながら体温が上昇する一方だ。
 馬の名と分っていながら、
 あのように切なく名前を呼ばれては、
 どうする事もできなくなってしまう。
 ケープを掴む両手で胸を抑える。
 肌越しにも、強い鼓動は感じられた。
 夕闇に沈もうとする風景は、蹲る二つの人影と、そしてそれを見守る数人の従順な騎士達の影。
 陳腐なロマンを語った小説の挿絵に、似たようなものがあったような気がする。一笑に払して読み飛ばしたページだった。
 それとは違う、何と美しく悲しい光景か。
「………っ」
 固く閉じた目をようやくの気力で開けると、
 マイクロトフの体を抱き寄せるカミューが、レオナを見ていた。
(…………カミュー)
 その視線に縫いとめられて、動けなくなる。 

 ―今だけは、許してやって下さい。

 夕闇に照らされた琥珀色の両目が、そう語っているように見えた。
 レオナは頷くことも首を横に振ることもできず、出来ることはただ、いつものように口端に僅かな笑みを作るしかない。
 「いつもの」ように。
「…………」
 カミューは満足したように、悲しく微笑んだ。





 レオナ。

 それは美しい黒髪の恋人の名前。





END

2006.05.07.Sun/01:13
  4コマ③ by豊川みつ子様 
またまた、むかし豊川みつ子さんから頂いた4コマです。

20060502214158.jpeg



これ、すごい好きなんです(爆笑しました)
2006.05.09.Tue/01:18
  時計家族 
時計家族


 塾で同じクラスに、はせの君っていう男の子がいる。
 すごく頭が良くて、いつもテストでは一番。
 うちの塾は、席順が成績で分けられるから、はせの君はいつも、一番前の真ん中、つまり最優秀生徒が座る席に、座っている。
 どんな子かって?よく分からない。
 一度も話した事が無いから、どこに住んでいるだとか、どこの小学校に通っているだとか、趣味は何とか、全然何もしらないの。
 話しかけてみればって?それは無理。
 だって、授業が始まる直前ちょうどに塾にやってきて、終わったらすぐに早足で帰って行くの。休み時間は、席に座ったまま、ノートや教科書をうつむいて見ているだけ。
だから、だれも話しかけないし、はせの君から話しかけてくる事も無い。
 もう、いてもいなくても分からない存在になっている。教卓のすぐ前に座っている、人形みたいな人。
実は顔もよく思い出せない。気にも留めていないし、いつもうつむいているからね。
 背は中くらいで、太ってもやせてもいない。なにもかも普通で、特徴が無いから余計に思い出せない。
ほら、今日も、塾の授業が始まる五時の一分前、はせの君が教室に入ってきた。前の扉から、教卓の前を通りすぎて、真ん中の席へ。
 かばんをかけて、イスを引いて、かばんの中から、いつもペンケース、ノート、教科書、下敷きの順番で出す。
そうしている内に、先生がやってくる。はせの君は、シャーペンを持って待ち構える。
 いつもあんな感じ。
 休み時間は、トイレにもいかないでうつむいたまま。
授業が終わったら、さっさと帰り支度をして、もう教室を出て行った。
 今日もいつもと同じだった。
 ちょっと後をついて行ってみようかな。
 塾のビルを出て、すたすたすたすた、駅に向かって一直線。ちかちかと赤に変わろうとする信号をすり抜けて、でも電車には乗らないでガードレールの下を潜りぬけて行く。
駅からの長い坂を登りきってまた下りて、細い小道を通り抜けると、一軒家が並ぶ住宅街の一角。あら、私の家の近所だった。
 はせの君が帰って行った家は、私の家の裏通りにある目と鼻の先。二階の私の部屋から見える。全然、分からなかった。
夕飯を終えて、二階の窓からながめてみると、はせの君の家にも明かりがついていて、カーテンに影が映っていた。
こんなに身近にいたのに、本当、気がつかなかったなんて。

 それからの日々、私は何となくはせの一家が気になり始めた。
 え、聞きたい?
 聞いても仕方が無いよ。つまらないもの。
 いーーーーーーーっつも同じ毎日。
 まずね、平日の朝は、六時四十五分ちょうどにみんな起きるの。私はタロの散歩があるから、いつも六時に起きて、七時前には家にいつもいるのだけど、六時四十五分の天気予報が始まると、ちょうどに、本当にちょうどにみんな起きるの。私の部屋にいると、目覚ましの音まで聞こえる。
それで、七時半にお父さんが、本当にちょうど七時半に家を出て、七時四十分にはせの君が、本当にちょうど七時四十分に家を出るの。知らない学校の制服を着ていたな。
私は、八時に家を出るからその後はせの君のお母さんが何をしているかは分からない。
 で、夕方は、塾がある日も無い日も四時半ちょうどに、本当に四時半ちょうどにはせの君が学校から帰ってきて、八時ちょうどに、本当に八時ちょうどにお父さんが帰ってくる。
夜は、十一時に、本当に十一時ちょうどに一斉に電気が消えて寝てしまう。
 一分一秒くるいが無い。
 本当、時計みたいな家族。
 え?よくそんなに観察したなって?
 だって、もうあれから一ヶ月間、時々しか観察してなかったけれど、いつもいつもいつも、同じ時間に同じ事をしているから、嫌でも気付くよ。
 一度なんてね、塾が無い二日間連続して、ずっと窓から観察していた事もあった。そうすると、全く同じ日が二日続くの。
 間違い探しパズルをしているみたい。
ううん、パズルのほうが簡単なくらい。前の日と、次の日の違いを見つける事が出来ないくらい、毎日毎日毎日同じ同じ同じ同じ。
 時計家族だね。


グラグラグラグラ
ガシャンッ ガラガラッ
 
 
 びっくりした、昨日。すごい地震だった。
 この辺りの震度、五だって!
 本棚や、タンスがぐらぐらして、本が落っこちてきた。壁にかけてあった絵や時計、棚にかざった置物も落っこちて、壊れた。
 玄関に飾ってあった時計も壊れて、捨てた。
はせの君一家は、どうしていたかな。
 今日も塾がある。
 五時前に塾へやってきた私は、はせの君がくるのを待った。友達と話しながら、内心、教室の入り口を見ていた。
 五時一分前。
 ちゃんと電話の時報で正確に合わせてきた私の時計が四時 五十九分をまわった。
 あれ?
 来ない。
 四時五十九分 十秒
 来ない
 四時五十九分 二十秒
 来ない?

ガラッ

 あ、来た。
 はせの君がやってきた。
 前の扉から、教卓の前を通りすぎて、真ん中の席へ。かばんをかけて、イスを引いて、かばんの中から、いつもペンケース、ノート、教科書、下敷きの順番で出す。
 そうしている内に、先生がやってくる。
「よう、昨日の地震、ひどかったな。先生の家も、上から時計が落っこちてきたりして、大変だったぞー」
 と先生。
 はせの君は、シャーペンを持って待ち構える。
 二十秒遅れたけれど、いつも通りだ。
 休み時間も、トイレにもいかないでうつむいたまま。
 いつものはせの君。
 もう観察するのがいいかげんにあきてきた。
 だって、毎日同じ同じ同じ同じ。
 きっと私ももうすぐ、はせの君の事なんて忘れて、はせの君を知らなかった日に戻る。
 そう思うと、はせの君って気の毒な人だと思う。

 そして今日も何事もなく塾の授業が終わった。
 さて、今日は帰りに本屋でも寄ろうかな、と考えながらふとはせの君の方を見る。
 あら?
 いつもなら早々と教室から姿を消しているはずなのに、はせの君はまだ席に座っていた。
 私は時計を見た。
 先生はいつも七時ちょうどに授業が終わる。
 先生が出ていくと同時くらいに教室を出て行くはせの君なのに。
 七時 十秒 
 まだ座っている。
 七時 二十秒
 あ、立ち上がった。
 そして、はせの君は早足に教室を出て行く。
 何だ。結局、いつもと同じだ。
 ただ、今日は二十秒遅れただけで。
 私もその後に続いて教室を出た。
はせの君は塾のビルを出て、すたすたすたすた、駅に向かって一直線。
 あとはいつもの通りだろう。
 点滅する信号をすり抜けて、ガードレールの下を潜りぬけて、坂を上って下りて行く、いつものルート……

 あ
 はせのくん
 あぶないはせの君!
「はせの君止まって!」
 信号、赤―――――――…・

ドンッ

―――…・ざわざわざわざわ
…・ぴーぽーぴーぽーぴーぽー…・
 

「ご近所のはせのさん、知ってるでしょ?ご主人さんが亡くなったんですって」
 家に帰ると、お母さんが青白い顔をしていた。
「踏み切りを無視して歩いて、電車にひかれたんですって…・」
 はせの君のお父さんも、きっと二十秒遅れていたんだ。
 私は、ふと玄関の時計に気がついた。
「これ、この間の地震で落っことしたよね」
「え、ええ。それがどうしたの?」
 お母さんが不思議そうな顔をした。
「二十秒、遅れてるよ」
 と私は言った。        


おわり
2006.05.13.Sat/11:49
  逆拘 第4話 
 
  逆拘 4

 

 イルカの体を支えるために添えられていたカカシの手を乱暴に振り解く。
 こめかみを手のひらで押さえて、イルカは眉間を顰めた。

 ひどい頭痛。
 嘔吐感。

 筋肉が張りつめる感覚に、イルカの体が一度震えると、硬直した。

 ざわり

 空気が揺れた。
 同時に、
「見つけたーーっ!!」
 という子供達の声と共に、カカシのすぐ頭上を何かが風を切った。
「っ……!」
 カカシは我に返って眼を見開く。
 背後から在らぬ方向に放たれた三本の苦無が、生い茂るシダに突き刺さる。
「ちぃっ!」
 大きく草が揺れ、枝葉が派手に散った。そこ周辺の空気が乱れる。姿を消していた黒い影が、刹那、光の中に影を落とした。
 一瞬後、カカシの両手は無意識に苦無を拾い上げ、
「そこか!」
 投げ付けていた。
「うぉっ!」
 黒い装束を掠った苦無の刃先は、黒布をちぎり取って木の幹に突き刺さった。
 一陣の風がつむじを描いて砂と土を巻き上げると、そこに忍びが一人、姿を現した。その両手は、結びかけの印を象っていた。中途半端にとぎれてしまった印が生み出した「気」が弾け、空気を乱雑に揺らす。
 カカシの足は、苦無を投げると同時に、地面を蹴っていた。瞬時に現れた気配を読み、その後ろに回る。
「なにっ…!」
 出かかった言葉を振り払うように、姿を現した忍び、鋳槍の背中を、カカシの苦無が縦に切り裂いていた。
「ぐあああああぁぁっ!」
「畜生が!」
 語尾がかき消えた断末魔に続き、残り二人が姿を現した。
 カカシが着地した足下に、ぐしゃりと音をたてて潰れた、汚物のような鋳槍の遺骸。
 途端、
「っぐ……」
 呻きを吐き出し、イルカが一度大きく体を震わせる。
 脳内を突き刺す激痛と、胸をかき乱す嘔吐感覚に、身体が悲鳴を上げた。膝が笑う。たまらず、体が地面に沈んだ。両手両膝をつく。
「イルカ先生…っ……」
 ナルトが飛び出す。
「待て!」とサスケがその襟首を掴んで引き止める。
「……………」
 足下に崩れた遺骸から刀を奪ったカカシ。異変をきたしたイルカの方を見やる。同じようにその様子を一瞥した曇と縢が大きく舌打ちしたのが耳に飛び込んで来た。
 地面に手と膝をついたイルカは、片手で額を押さえて頭を振る。
「…う……」
 刹那に音を失った森の中で、
 イルカの声だけが、カカシやナルトらの耳に入ってくる。
「…………?」
 手を地面についたまま、イルカが苦しげに顔を上げた。
 薄靄のように歪む視界の中で、黄色い頭の子供が、見える。
 記憶が導き出した答のままに、イルカはその名を呼んだ。

「………ナルト…………?」

「ちいっ…術が解けやがった…!」
 その声と同時に、
「っ!」
 曇と縢が同時に地を蹴った。
 イルカの方に顔を向けていたカカシに、襲いかかる。
「カカシ先生!!」
 サクラの叫び。
 カカシの視界の中では、イルカに駆け寄るナルトの姿が映っていた。イルカの肩に手を触れて、揺すっている光景が。
 奪った刀を握る手は、腿の脇に垂れ下がったまま、動かない。
「どこを見ている!」
 頭上から長刀を振りかざした縢の嘲叫が響いた。
「カカシせ……」
 出かかったサクラの、二度目の叫び。
 直後、
 空気が一閃した。
「………っ!!」
 息が逆流する短い叫びと共に、血霧が辺りを包み込むように噴出した。
 サクラとサスケの視界から、カカシの姿が消えたかに見える。
「え…?」
 遅れてナルトがイルカから視線をはずして振り向いた時には、そこに見える光景は…
 カカシの足下に増えていた、血と肉の塊。
 そして、血の池。
「………チャクラ切れのくせに俺に勝てると思ったか……」
 微かに息が残る肉の塊に、カカシは低い言葉を吐き捨てた。
 虫が蠢くように、小さな痙攣を繰り返す曇の体。
 這い蹲るように地に伏せた、縢。カカシのつま先が、ごろりとその体を引繰り返した。
「ぐ…ぅ…」
 血泡を吹き出しながら、尚も息のある縢の胸元を踏みつけながら、カカシはどこまで冷え切った瞳で見下ろす。
 だが…
「くくっ……」
 喉元に刀の切っ先をあてがわれているに関わらず、縢の口から漏れるのは、笑い。
 隣で、曇はすでに息絶えていた。
「……何がおかしい……」
 胸底から沸き立つ不快感と怒りを抑えながら、カカシはその笑みの意味を探る。
 カカシの殺気を帯びた視線に縫いつけられながら、縢は血泡を吹く口で、最後の言葉を絞り出した。
「愚かなり…………」
 そのまま、黒い影に隠れた両目を見開いたまま、縢もそこで、事切れた。
 カカシの問いに答えてやるものかと言わんばかりに。
「…………」
 足下に増えた遺骸。
 手にしていた敵の刀を、死体の一つに突き立てると、カカシは踵を返した。

 音を取り戻した森。

 頭上で、枝葉が風にそよがれて漣に似た揺音をたてている。風にのって、鼻腔をくすぐる血匂。振り返ると、カカシの視界にイルカの姿が入った。
 片膝をつき、側にいるナルトに、苦しげながらも笑みを向けている。
 駆け寄ったサクラにも、そして、サスケにも。
 招き迎えるように、サクラがカカシを振り返った。
 そして、ナルトも。
「カカシせんせー、イルカ先生、俺達の事分かるってばよ!」
 イルカの肩にしがみついたまま、ナルトがカカシを呼んだ。
 ナルトの背を、軽く叩いてイルカは、ゆっくりとカカシを振り返った。
「………」
 そこで一度、カカシは踏み出した足を止める。
「………」
 複雑な面持ちでこちらを見つめるイルカの、黒い瞳とまっすぐにかち合ったからだ。
 しがみつくナルトをあやすようにして体から離して、イルカはその場から立ち上がった。
 調子が優れないのか、足取りが確かでは無い。
 ナルトに「大丈夫?」と心配されて、「大丈夫だよ」と微笑み返して、イルカはカカシに向かって歩を進める。
「カカシ先生……」
 と
 その口が、呼ぶ。
 笑みとも、照れとも、悲しみとも言えない、
 様々な感情を飲み込んだ、そんな面持ちで、黒髪の男は歩み寄る。時折、蹌踉めきながら。
 カカシも、歩を踏み出す。
 一歩一歩、近づくにつれて、イルカの瞳に宿る黒曜色が木漏れ日に照らされて濃緑に光るのが、カカシにも分かった。
 握手を求めるように、イルカの右手がゆっくりと伸ばされた。踏み出したイルカの左足がおぼつかなく揺らぎ、カカシは無意識に、そののばされた手に自らの手を、差し出した。

 何かが、背筋を走った。

 
  「死ね」

 
 脳裏に響くような、低い声。
 刹那、
 白い閃光がとっさに飛び退いたカカシの脇腹を貫通した。

 再び
 鮮烈な血匂

「イル……っ!」
 目がくらむ、突き刺すような閃光が一瞬のうちに消え去り、そこに現れた光景は、ナルト達の前に現れた光景は、

 その場に崩れ落ちたカカシを見下ろす、右手を真紅に染めたイルカだった。

 

 

 

続く


2006.05.15.Mon/01:06
  Over the Wall vol.0 
序章


 事故・二〇〇〇年九月二十日

 夏も過ぎて、葉が色づこうという季節のある日、高校一年の代沢尚人(しろさわ・なおと)は下校の途にいた。
 丘にさしかかる。高い塀を越えて枝を伸ばす木の葉が移り変わる季節を表していた。歩道を行く尚人や下校中の生徒達の頭上を舞う葉。その下を尚人は、とにかく眠気をこらえながら歩いていた。気温にメリハリの無い中間的季節、春や秋はいつも眠い。
 長い坂の終わりに交差点が見える。この時間は車通りがほとんど無く、ここいら近所はやけに静かだ。そしてそこを通る生徒達も皆、何故か無言だ。余りの静寂に、耳鳴りさえする。その耳鳴りに紛れ、珍しくエンジン音が聞こえてきた。あくびを無理に止めて尚人が後方を振り返ると、緩やかな丘を頂上から下ってくるバンが見えた。4WDのようだ。道が空いているのを良い事に、多少スピードをオーバーしているようだ。道路を闊歩していた学生達は歩道へ上がる。
 はじめから歩道にいた尚人は前方に向き直り、もうじき下りきる坂を進み続けた。エンジン音は益々近づいてくる。もうすぐ尚人の脇を通り過ぎて、目の前の交差点を曲がるか、真っ直ぐ行くかする筈だ。信号はつい先程、青に変わったばかりだった。
 だが、その直後、背後から聞こえてきたのは、エンジン音を掻き消すスリップ音。後に人から話を聞いてそれが、タイヤのスリップ音だと分かったが、その時その瞬間の尚人は、その甲高い音が、女の子の叫び声かと思った。振り向くと、目の前に、バンが横倒しになってつっこんでくるまさに最中だった。
「――うわっ!」
 尚人の足は、反射的に身を守ろうと地面を蹴って後ろ向きに飛びのいた。バンはブロック塀に突っ込み、尚人はバンの直撃を避けたものの、反転したバンの後部に襲われ、激突され、その衝撃で吹っ飛んだ。掛けていた眼鏡がどこかへ飛んだ。無数の弾け散ったブロックが、尚人の全身を打った。直後、尚人は地面に叩き付けられる。そしてその瞬間、痛みより先に、視界が消えた。
 人の叫び声。
 ブロックが固いものに当たる音。
 繰り返される、尚人を呼ぶ声。
 聴覚だけが、遠ざかる意識の縁をつかんでいた。

 ――――――……

 そして、本当に何もかもが消えていった。
2006.05.15.Mon/02:15
  Over the Wall はじめに 
中篇作品「Over the Wall」をお読みになる前に。


この作品は、北野が十代の時に書いた作品です。
一応完結しております。
誤字脱字や表現がおかしいところを修正し、少しずつ掲載しようと思います。


二十代の皆さんにはご経験があるかと思いますが、
自分が十代の頃に書いた作品を読み返して見ると、
なんともスッパイ気持ちになることはありませんでしょうか?

うへwなんで私こんな文章書いてんの?w(苦笑+爆笑÷2)

という類の…。
この作品を私が久々にPCの底から発見した時も、同じ気持ちでした。
なんだかよく分からない事がいっぱい書いてあるし、
しかもテーマがちょっとおかしいです。

ストーリーの流れや、つっこみどころイッパイですが、
それを寛容に笑い飛ばしてくださることをご了承下さった上でお読みいただければと思います。




※余談

実際に北野が読んだ時に自分自身にツッこんだ事↓
「目を手術して一週間で見えるようになるわけ?(恥)」


では、こちらからどうぞ↓

Over the Wall 0
2006.05.15.Mon/19:26
  Over the Wall vol.1 


 白濁夢・二〇〇〇年 九月二十七日

 真っ白くて広い部屋に、女の子がいる。
 机とか、椅子とか、他に何かがあって、他にも誰かがいた気がしたが、良く見えない。
 尚人の視線は今、その娘しか見ていない。
 尚人とその娘は、部屋の対角に向かい合っていた。
 広い部屋だから、二人の距離は遠い。誰かが尚人の腕を強く両側から引いて、尚人を壁の中に引き込もうとする。その娘と引き離そうとする。
 尚人は、自分の置かれている状況が理解できなかったが、取り敢えずささやかに抵抗を見せる。少しずつ離れていく女の子が、尚人に向かって何かを言っているからだ。それを、聞き取ろうとしたのだ。少女は泣いて、泣きながら、何かを尚人に一生懸命に言っている。何を言っているのか、尚人は聞き取れないけれど、その子が尚人の心を強く引っ張り、尚人を呼び戻そうとしている。
 だが、白い壁に尚人の足が、腰が、腕が、徐々に飲み込まれて行く。その娘との距離が更に広げる。そして、後頭部、耳の後ろ、頬が、右目、最後に鼻が、尚人の全てが壁の中に吸い込まれていった。
 壁の中は真っ暗で―。
「尚人、尚人」
 代沢尚人。
 そう、自分の名前を、何度も聞いた尚人自身の名前を、何度も聞いた声が呼んでいる。
「尚人!」
 意識が揺れる。尚人は目を開けた。
「………?」
 今度もまた真っ白だ。
「尚人?」
 声はまた尚人を呼ぶ。真っ白な視界にかすんで浮かぶ黒い人影がいる。
「兄貴…?」
 と尚人が小さく口を開くと、その人影は何度も頷いたように見えた。
「分かるか、聞こえるか?」
「…うん……」
 記憶を手繰り寄せながら、生返事をする。何となく現状況を理解出来た。その時初めて、白い包帯が目を覆って薄く巻かれている事に気付いた。動かすと痛む腕を何とか顔まで持ち上げ、指先で乾いた感触の包帯に触れる。
「何?これ…」
 包帯の向こうに揺れる人影が三人に増えた。
「痛くはないかい?」
 増えた影の一つ、多分医者の、兄貴とは別の男の声が尚人に話し掛けて来た。尚人はそれに頷いた。
「では、包帯を取ってみましょうか」
今度は若い女の人の声。看護婦だろう。
「……そうだな……尚人君、実はね」
 医者の低い声が、尚人の顔に近づいた。そして、言い聞かす様に、努めて柔らかい口調で医師は、両目の手術を行った事を尚人に簡単に説明した。手術後初めて今包帯を取るのだが、それまで結果は分からないのだという。
(さっきから見えるよ…)
 と尚人が本音を飲み込んでいる内に、包帯は取り除かれた。瞬きを繰り返す尚人を、ベッドを取り囲む数人の看護婦や医者達、そして兄貴が、固唾を飲んで尚人を眺めている。
「どうだ、尚人?」
「…ちゃんと見えるよ」
 むしろ、前より視力が良くなったくらいだ。
 そう、日常に眼鏡をかけていた尚人は、両目の視力が〇.二。三メートル先の人の顔が分からない。それが今、眼鏡無しで病室の隅、五メートル先の壁の張り紙が読める。
「本当か!」
 包帯を取って初めて顔を見た兄貴が、声を震わせてしがみ付いてきた。その感動の場面に、医者達は感無量と瞳を潤ませていた。だが落ち着く間もなく、今度は警察が部屋に押しかけてきた。場も白けてしまう。
「尚人君は、事故を覚えているかな?」
 説明と質問が降りかかる。人をやたら子供扱いする警察の態度が気に食わない。だが話を聞いて、ようやく尚人は状況を整理出来た。やはり交通事故だった。下校途中にバンが突っ込んできて、全身打撲の重傷。その上、飛び散ったブロックの破片で目をやられた。一週間意識不明だったそうだ。
 その後も尚人の狭い病室は、職務に励む警察関係者、ひたすら平謝りする加害者家族、そして彼らをたしなめる医者でごった返し、尚人に息つく暇を与えなかった。やっと平穏が戻った時にはもう陽が落ちるところだった。
「はー……っ」
 一度に多くの人間と接し、精神的に疲れた。
 今は面会時間が過ぎ、病院関係者以外の人間が全て病院から消えた。そうなると、急に建物全体が静寂に包まれ、夕暮れ独特のぬるま湯の様な空気が薬品の匂いとともに病院中に充満している。落ち着かないほど、静かだ。
 ドアがノックされた。
「起きてるか」
 兄貴だ。感動の名場面中に引き剥がされてから、初めて顔を合わせる。そう思うと、実感が湧かないくせに妙な感慨をおぼえる。扉が開き、西日の中に兄、彰人が現れた。
 彰人は、白衣を着ている。この病院は、医者である彰人が勤めている大学病院でもあった。
「お前、今日は疲れただろ……?」
「うん…」
 尚人は正直に応えた。彰人は軽く笑った。
 尚人以上に疲れた顔をした彰人は、窓から強烈に射す紅い光を浴びて、まるでその濁りに浮遊しているように見えた。
 お互いそれから言葉が見つからない。紅い濁りが徐々にその光力を失い、窓から闇が裾をひろげてきた。部屋の静寂―自然が見せるその無音の現象に、会話も、夕闇に溶けてしまったのだろうか。
「もう…俺を悲しませないでくれよ…」
 波紋一つ無い静寂の水面に、彰人の呟きが浮かび上がってきた。尚人は彰人に視線をやるが、俯く彰人の表情は、たれる前髪に隠されて確認する事が出来ない。だが、力無いくぐもった声は、彰人の心底の安堵とそれまでの焦燥を表していた。その気持ちにどう応えて良いか分からず、ただ尚人は彰人を見つめるしか出来なかった。気の利いた言葉の一つも思い付くほど、自分がまだ大人でない…そんな事がここで気付かされた。

 こんな一日目から入院生活が始まり、尚人が学校に戻ったのは三週間経ってからだった。
2006.05.15.Mon/19:33
  Over the Wall vol.2 


白昼夢・二〇〇〇年 十月二十日

 入院生活自体は慣れてしまえば苦痛ではなかったが、混濁した退屈な日々だった。
 入院中、尚人は何度も同じ夢を見たのだ。
 あの白い部屋での白い夢だ。現れる人はいずれも、泣いているのだ。 夢見が悪い。目が覚めるといつも、昼近い。
 白濁とした病院の、白濁とした毎日と毎晩現れる白濁とした夢。
 現実感の薄い毎日が続いた。その日々に辟易とし、まだ数箇所に包帯を残して強引に退院を申し込んだのだった。

 だがこれでまた、安穏とした日常が始まる。そう期待していた。
 しかし、両手に包帯を巻いて頬にまだ大きなバンソーコーを残し、しかもクラスの中に尚人が事故に遭った現場に居合わせた人もいたから、登校時は何かと周囲が騒がしかった。
 それでも授業が始まってしまえば、周囲は事故前も事故後も変わらない。本当の意味で日常に戻ったつもりだった。
 午前が無事に過ぎて行き、今は午後の授業中。世界史の衣川が、何やら長い話をしている。板書をせずにひたすら喋る事で授業が進む。理数系の尚人にとって世界がどう動いてきたかという途方も無い話は興味外だ。
 尚人は、眠気と懸命に戦い、頭を上下左右に振りながら、午後のひとときを過ごしていた。抑揚のない講義はまだ続く。
「十八世紀後半にはいると、フランスでは国民の絶対主義に対する批判が更に高まった。覚えてるか?絶対主義。」
 覚えていない。
「何故かというと、その時啓蒙主義という思想が盛んになって、不合理を嫌い、自由を求める、という思潮が流行ったからで……」
 もう意識が、うつつの崖淵で足を滑らそうとしていた。
「啓蒙主義!これは大事だぞ。出るぞ」
(軽毛主義??)
 そんなわけが無い。
 分かっていた。けれど、眠気は頂点に達しまともな思考力を奪っていた。意識の隅で、衣川の声が音の波を打って尚人の鼓膜を徒に刺激しているだけだった。
「―と、こうしてフランス革命が勃発したわけだな。このフランス革命では、ルイ十六世を始めとする多くの貴族・王族が逮捕され、次々と革命広場でギロチンによって処刑…」
「!」
 突然、眠気が嘘のように晴れた。さっきまでぼやけていた衣川の声が、話している言葉の一つ一つが、まるで書き込まれていくように尚人の脳裏に焼き付いてきた。

 ―――――――どうしたんだ、一体。

 オオクノキゾクガタイホサレ、カンキンサレ、るいジュウロクセイヲハジメトスル……

喧騒 怒号 威喝 嘲笑 歓喜

人の声 人の顔 人の口 人の熱 人の眼  人 人 人…

「死ね!」「死ね!」「殺せ!」「殺せ!」

死んでしまえ


「――っ!」


 尚人は急に腹の底から込み上げてくる空気の逆流に、思わず叫び出す所だった。
 必死に空気を飲み込み、唇を噛んで堪えた。

 ―――――何だ今のは!

 圧倒的な、恐怖だった。胸が異常な速さで鼓動して、痛いほどだ。まるで全速力で走ったかの様な荒い息に、肩が上下している。隣の席の女子生徒が、尚人を一瞥して首を傾げる。しばらく迷って、「どうしたの」と声を潜めてきた。尚人は、声も出せないまま、ただ首を横に振った。女子生徒はまた表情を曇らせ、また前方を向き直るとノートを取り続ける。
 ほっとした。教室が騒ぎになるのだけは嫌だった。教卓の衣川は尚人に気付いていない。
「………」
 ガクランの中で、尚人の体は発汗でずぶ濡れになっていた。だがそれとは逆に、手足は血の気を失い、急に感覚が遠のき冷たくなる。芯から温度が失われていくのがわかった。
「本当に大丈夫なの?ねえ…。」
 両手で自分自身にしがみ付くように体を抱いて震えている尚人を見て、女子生徒はとうとう尚人に強く呼びかけた。教室中が尚人を振り返り、衣川が「何だ?」と叱り付ける。
「先生、代沢君が……」
「代沢?」
 聞き慣れた声がすぐ近くから耳に届く。男の手が、乱暴に尚人の肩を掴んで揺らしている。だが尚人は俯いたままで、額からの汗が机を濡らしていた。衣川は急に口調を変えた。
「代沢、どうした。どこか痛いのか!」
 教室の雰囲気は、今、尚人が望まない最悪の状態になってしまった。興味の目、心配の目…。様々な人の目が、尚人を見る。

 ――――――怖い

 尚人は、何故か恐怖を覚えていた。視界が白く薄らいでくる。現実感が遠ざかる。ここは何処なんだ。教室のはずだ。これは日常なのか。現実なのか。何処なんだここは、帰りたい、戻りたい。死にたくない、誰か……
「尚人!」
 机に伏せていた顔を、何者かに無理やり上げさせられた。両こめかみを掴まれ、顔を上げさせられた目の前に、現実に見慣れた顔が尚人をきつく睨んでいた。数年間ほぼ毎日顔を合わせる腐れ縁、小河原均だ。
「小河…」
「保健委員、代沢を連れていってやれ!」
 尚人の呟きは衣川の焦声に消された。
「俺が行きます」
 尚人のこめかみを掴んでいる本人、小河原が、膝をついたまま衣川を振り替える。
「行こう。歩けるな、歩けよ」
 強引に尚人の背中に手を回し、席を立たせて歩かせようとする。
「いいって、大丈夫だから」という声さえ尚人には出せなかった。まだ 喉のおくから込み上げる何かに、胸を圧迫されて喘いでいた。

 その後授業を保健室で休み、掃除当番を親切なクラスメイトに替わってもらい、尚人は早くに下校する事が出来た。この日は部活も委員会も無い、坂井、真木、小川原といった尚人との腐れ縁三人と一緒だ。
この三人とは一緒にいて気を使う事は一切いらない、気楽な人間関係だ。過干渉は暗黙のうちにタブーとなっている。あくまでも個人を中心に各々が其々に部分的なつながりのみを求めている。だが不思議とそれがバランスを保っている。崩れる気配はない。
「代沢…もう大丈夫なのか?貧血?」
 と坂井。四人の中で一番小柄で、坊ちゃん育ちの節があって最も気配りの出来る奴だ。
「そうだったよな。お前震えてたぜ」
 と、自己中心的で自信家の小川原。
「チワワか?」
 と、一人無意味な突っ込みを呟く変人の真木。何も同意や反応を求めている訳では無い。一種の口癖の様な物だ。
「まあそれはいいとして、養生しろよな」
「どうも」
 正確に言うと貧血ではなかった。
「授業をぼーっと聞いてて…フランス革命の説明あたりで…こう、くらっと」
「事故の事、思い出したの?血生臭い話だからね、あの範囲。先生も無神経だよね」
 と坂井が真心から心配そうに呟く。だが、尚人はそれを否定した。正確には、あれはただの「恐怖」だった。「記憶」でなく、漠然とした「感覚」だった。
「それがフラッシュバックじゃないの?」
 フラッシュバックとは、事故等の恐怖が日常生活の中で突然に蘇って来る現象の事だ。事故に遭った瞬間の情景がビデオを再生するように記憶や幻覚として蘇るのだ。生死に関わる事故・事件に自分の生命を晒される恐怖体験をするとよく起こる症状だという。
 坂井が視線を小河原に受け渡す。
「お前、目をやられてたんだろ?だから映像として蘇るんじゃなくて、こう、ただその時の恐怖だけが、感覚的に蘇ってくるとか」
「もっともっぽいねぇ」
 それを真木が茶化す。確かに小川原の言う事は辻褄が合う気がする。だが事故の瞬間に感じた「感覚」と、あの時の「恐怖」は、異質な物だった。第一、事故の瞬間、尚人は不思議と恐怖は感じていなかった。その前に気を失ったからだろうか。
「それか、失われた記憶って奴が五感以外の第六感を媒介して蘇ったんじゃねーの」
 真木の独語が続いた。
「は?」
「今流行の『ココロの傷』か」
 一方坂井は、
「ドラマみたい」
 と真木独自の理論になど興味が無いと言った様子だった。
もっと思い出させてやろうか、と前置きをして、真木が今度は尚人に視線を当てて話し始めた。
「「ギロチン」といえば、すげえ本が…」
 すると、真木の言葉を遮るように、小川原が思い出したように口を挿んだ。
「あ、俺それ知ってるかも。『死刑・拷問解体新書』とかいう本だろ?世界の歴史上に実行された刑の方法を、解説してるやつ」
「何だそれ」
 坂井が目を細め、表情で不快を表現する。一方の尚人は無反応だ。
「最近流行ってるだろ、その手の本。自殺ハウツー本とか。冗談で読むから良いものの…」
 確かに、刺激への欲求の現われという点では、世も末なサブ・カルチャーだ。そういう著者と読者の暗黙の相互了解があってこそ、出版できる代物である。
「何も考えてないんじゃない?」
 小河原と真木が妙に盛り上がっていた。それを聞いていると、尚人は首筋がちくりと痛んだ。指先で首筋をさすってみる。当然だが、傷も何も無い。尚人のそうした動作の片鱗に現れる不安の感情に気付く事なく小河原と真木は、共通の話題領域にて出会ったお互いの言葉の行き来に、興にのり始めた。
「ギロチンって発明者の名前なんだよな」
「そう、笑えないよ。名誉になるわけ…?」
「結局、発明者本人もギロチンの餌食だって話だしなぁ」
「やめとけよ」と坂井が尚人を気に掛けてくれたか、二人の会話に耐えられなくなったか、険しい顔でそれを止めた。
 坂井を無視して小河原は、知識のひけらかしに快感を覚えながら長々と説明を始めた。
「何でもそれまでの処刑っていうのは、残酷で非人道的で…。聞いた事あるだろ?火刑、磔、四つ裂きの刑、石打刑、車輪刑、フランソワ・ダミアンの処刑……あと……」
 後半の刑においては、その名前のみでは内容の想像に苦しむが、要するに囚人が苦しむのであろうという事は分かる。真木は頷く。坂井は「何だそれ」と眉を寄せていた。
「貴族を処刑する時だけに行われる斬首刑も、日本のそれに比べて技術が無くて失敗が多くて、結局受刑者は苦しむ事になってしまうパターンが殆どだったんだって」
「日本刀は世界一切れるんだぜ」
「西洋のはなまくらだから、斬りそこないが実に多かった……うえっ気持ちわりぃ」
「それを防ぐ為に、苦しまない人道的処刑道具として、ギロチンが発明されたんだよ」
「そうそう」
 小河原と真木のキャッチが続く。
「そうそう、じゃなくてさー…」
 と再び坂井が会話に割って入った。
「死刑に人道的も非人道的もあるのかよ。だいたい、ギロチンだって…あんな見目にも残酷な機械…あれだって、失敗が多そうだぜ?あれで簡単に人の首が斬れるとは思わないよ…構造も単純な作りしてそうだし」
 坂井も、喉元を無意識にさすっていた。特別、坂井が繊細だという事ではない。小河原と真木の二人が変なのだと、尚人は思う。
 坂井の反論に自分の反撃理論のタネを見つけた小川原は、嬉しそうに皮肉めいた相槌を打った。
「冷静な観察だな、坂井」
「何がだよ」
 真木が小河原の言葉を継ぐ。
「その通りみたいだぜ。ルイ十六世なんかは、デブで首が短くて太かったから、半分しか切れなくて、あとは人が数人で刃を下まで降ろして切断しきったって、書いてあった。こう…よいしょっと…ざっくり、ぼとっ」
 と真木は、両手で固い空気を地面に押し付けるような動作をした。なるほど…首を切断しきれなかったギロチンの刃を、体重をかけて下までおろしているのか。尚人はぼんやりとそれを眺めてまた首の後ろがちくりと痛むのを感じた。
 本当なら相当嫌な話だ。
「そこまで細かく説明するなよ」
 小河原に肩を小突かれ、真木の悪趣味なパントマイムは阻止された。
「話を戻すけど、坂井、死刑ってのは、恐いから意味があるんだよ」
 小川原は、今時の青少年に多い、ドラスティックな性格だ。物事に何かと理論を建てたがる。幻想、夢物語の類を嫌う。文科系と言っても、リアリズムとしての文化を尊重する。
 それに大抵いつも対抗したがるのが、人情主義の坂井だ。彼は、多少世間知らずで甘え性なところがある。
「…悪い奴は殺す追い出すの時代じゃないんだからさ」
「そういう人情を基準において物を言うの、俺的に大嫌いなんだよなー」
 犯罪の低年齢化と凶悪性と件数増加に伴い、死刑の是非はメディア上で話題になっていた。多くの番組でディベートが行われ、実際の事件においても被害者・加害者をネタに様々な論議が交わされた。
「いくら環境が人を育てると言い訳してもな、それでも「人を殺す事」が良い事か悪い事かってくらいは知ってんだろが」
「……」
 坂井がつまった。
「ま、そう簡単に割り切れない場合もあるわな。でもどっちでもいいじゃねーか」
 中立的立場にいる真木は、会話の流れにこうして有利不利などの片寄りが起きた時に、自ら緩和剤となって会話に割り込む。そして強引に話に区切りを付けるのだ。それに、小河原が持論放出に満足する事が場面解決の一番の近道であると、真木は知っている。
「そうだな、どうせ俺は犯罪者じゃないし、未来においても絶対にならないからな」
 と小河原。すぐに「そうかー?」と坂井。
 小河原式理論武装は、常に自分を完全な第三者、傍観者としての立場に置く事により展開される。俺は関係ない、これが一番の強みなのだ。どうやら死刑制度云々の話題に飽きたか、納得のいく結論づけが出来た様である。
「そうだよ。ところで、何の話からこんな暗い話になったんだ?」
「本の話だよ」
「あ、そうそう。で、その本は結局さー…」
 二人は、再び恐いもの聞きたさの好奇心と、悪趣向に感覚を刺激されて他愛も無くはしゃぐ会話に戻っていった。止めるのを諦め、結局坂井も会話に相槌を打ち始めた。
 結局自分自身も、といっても多くの人間がきっと、物事を自分から遠ざけて傍観を気取りたいだけなのだ。
 狂気 異常 特異 怪奇 死 
 他人事のおとぎばなしに、尚人も無言で耳を傾けていた。
 少年達のチキンゲームは続く。






余談 by 北野
ほらもう、この辺りから変…
2006.05.16.Tue/02:37
  Over the Wall vol.3 


家・同日

 尚人が家に帰ると、彰人がいた。
 二人で使うには大きいテーブルがダイニングと繋がったリビングの隅に置いてある。リビングの中央を陣取るのは大きなソファだ。ここに越してきたときに彰人が拘った部分だ。
 このソファは、彰人のベッドの、その役割を度々奪っていた。尚人には座り心地が柔らかすぎるので、テレビを見るときもフロアリングの床に座る。このソファは、完全に彰人の所有物となっていた。
 そのソファに半身を沈め、彰人は無地のTシャツにGパンという簡単な服装で寛いでいた。空気みたいに、優しい音楽が揺らいでいた。呪文を掛けられた様に彰人が横になった体を軽く揺らしていた。
「……」
 視界に彰人の姿を見つけると、自室に直行向かおうとしていた尚人の足が止まった。
 医療関係者というものは、まるで芸能人のようにスケジュールの移り変わりが激しい。時間の観念が役に立たない。尚人も彰人の生活観念について行けないのだ。
「あ…・いたんだ」
 だから尚人はつい、突然の事にいつもこんな言葉しか掛けられない。
「おかえり」
 と彰人。
 テレビから流れているかと思った音楽は、CDステレオのスピーカーからだった。チェンジャーがカタカタと微かな音をたてている。
「?何、この音楽」
 ストリングスだ。クラシックかと思ったが、ふと耳についたメロディーの作りがやけに単純だったので、違うだろうと思った。
「うん……映画音楽」
 ダイニングテーブルの上に、ケースとジャケットが重ねられていた。 知らない映画だ。白黒画面がコマになってレイアウトされているジャケットには、『名作映画音楽集』と書かれていた。
「ふーん…」
 一体どういった気まぐれか、体重をソファに預けきったままの彰人は、他に何もせず、大人しく音楽鑑賞をしていた。普段家にいる時は、何かと「ながら作業」が多い忙しさぶりを見ているから、違和感がある。
「兄貴、何か飲む?」
 リビングに入ってきたならまず台所に行く。尚人の癖だ。
「いい、サンキュ」
 尚人は一人分の烏龍茶を氷の入ったグラスに注ぎ、その場で一気に飲み干した。少しも溶けていないグラスの氷を一つ、口の中で転がす。氷をかみ砕きながら台所からリビングに戻ると、彰人は意識ごと体をソファに預けていた。ソファから垂れている左手から文庫本が離れている。
 ソファの脇に常に掛けてある毛布を彰人に被せる。床の文庫本を拾い上げ、表紙を見た。
「うわ、ミシマだ」
 苦手とする三島由紀夫の随筆集だった。
 学校の授業で読まされた「金閣寺」で爽やかならない第一印象を持ち、「仮面の告白」で駄目押しをされた。
 自分と自分を生んだ周囲、何もかもを否定し自ら居場所を無くしていく主人公達の追いつめられる様が矛盾の塊に思える。
 それは最も幼稚な読み方だ、と小河原に指摘された事があった。
(本の読み方は人それぞれじゃないか)
 急に脳裏に小河原の顔が浮かんだ。その幻影に言い分けをするみたいに、尚人はくちびるを尖らせた。
 とは言っても、尚人が読む種類の小説といえば、気楽に読めるミステリーやせいぜい歴史小説くらいだ。文学など、必要に迫られた時に流し読みして曖昧に解釈しておくくらいのもの。ストーリー性に起伏が無くやたらと描写が長く主題が理解し難い文学の、どこにその価値と面白さを見出せるのか分からない。そんな事を思いながら文庫本を捲っていると、
「ん……―…」
 突然、彰人が寝返りをうった。
「おっと」
 危うく彰人の体がソファから転がり落ちそうになったが、上手い具合に止まった。思わず手を伸ばした尚人の手が、やり場を失い、また引っ込んだ。
「兄貴…ベッドに行けば?」
 文庫本に再び視線を落とし、独り言のように言った。最初から彰人に聞こえている事は期待していない。案の定彰人は寝息をたてている。
 電気を点けないでカーテンを開け放したリビングルームが、五時を過ぎた頃から暗闇に包まれ始めていた。テレビの両脇を挟む硝子棚に飾られている写真立てに焼き込まれた人物の顔が見えない。部屋にある全てが暗闇色に染まり、輪郭も消えた。
 テラス窓からの僅かな光を背に、尚人と彰人の影だけが、リビングにある。
 空の暗さ反比例する建物や道路の明かりが、暗がりの部屋からは美しく映る。しばらく尚人は、何も考えずにぼーっとその様子を眺めていた。マンションの六階から見渡せる景色には、手を伸ばしても届かない、テラスのフェンスから身を乗り出しても遠くて届かない。
(何か…鉄格子から外を見ているみたいだな……)
 その刹那、尚人の柄でない感傷を否定するように、静寂を引き裂いて電話の呼び出し音がリビング中に響き渡った。
「……うるせーな」
 ソファでまどろむ彰人を気遣い、無遠慮な電話の騒音を止めようと尚人が腰を上げると同時に、彰人は急に上半身をソファから起こした。そして、「いいから」と彰人は尚人を制して電話口に向かう。
「はい。代沢…――え…はい……え?」
 彰人の声が張り詰めた。
(急患だな…)
 長い間の経験から、尚人の直感が彰人の口調からそう読み取った。
 暫し、電話と向き合って問答をしている彰人の背中を眺めている。すると、「すぐ行きます」と彰人は受話器を静かに置いて、尚人を振り返った。
「…というわけだから…」
 と言う間もなく私室に大股で姿を消したかと思うと、出勤スタイルに身を包んで彰人は忙しなく挨拶もそこそこに出て行ってしまった。瞬時の出来事に、いつもながら尚人は半ば呆然にそれを見送るのだった。
「ま、しょうがないけど」
 彰人が出た後、尚人はリビングに戻り、明かりを点けた。開け放されたカーテンを閉め、台所で炊飯器の中身を確かめてからまたリビングに戻り、テレビの電源を入れた。
 五時、六時の時間帯は、どの局もニュースの類しかやっていない。新聞のテレビ欄を見る。唯一アニメ番組を放映している某局を除き、後は似たようなトピックを似たように報道している、男キャスターと頭が悪そうだが小奇麗な女子アナ二人組みによるニュース番組ばかりだ。何故どの局も似たような一日の番組進行構成になっているのだろうと尚人は思う。入院していた時に病室にあったテレビを朝から眺めていると、十時を過ぎた辺りから、どのチャンネルに変えても同じ話題を取り扱うようになってしまうのだ。
(あの時はヒマだったよなー…)
 退院する頃にはそのワイドショーを、頭を使わずに眺めて時間を潰す術を覚えてしまった。その時の自分がとてつもなく怠惰な人間に思え、恐くも思った。
「アホらしい……」
 とリモコンに手を伸ばす。
『続いてのニュースは、先日犯人が逮捕されました、Sちゃん誘拐殺人事件関連です』
「……」
 その手が止まった。
 画面では、女子中学生を誘拐し、殺害した犯人逮捕の瞬間レビューVTRが流されていた。女子小学生の遺体捜索現場の映像も映し出される。犯人が自供した少女誘拐、殺害の状況がコメンテーター達によって詳しく解説されたり、弁護士関係者が男の罪の重さを計算したり…およそ見ていて楽しい物ではない。
 いつもなら、「くだらない」とでも洩らしてテレビを消してしまうだろう。だが尚人は、画面から目を離す事が出来なかった。
『あらかじめ用意していたと思われる鉄パイプでSちゃんに襲いかかり…・』
 その言葉一つ一つが、何故か鮮明に尚人の胸に刻み込まれて行く。それどころか、ビデオを再生したような映像が、網膜の裏でぐるぐると廻る。

―――目眩……。

 それでも尚、視が画面を捕らえつづけた。

2006.05.17.Wed/00:18
  Over the Wall vol.4 


病院・同日夜中

 緊急の呼び出しに家を飛び出した彰人は、五分後には既に電車に揺られていた。
 発車し始めた電車の窓から、住宅の明かりが灯る街を眺める。駅周辺の建物の光が、大きく目立って眩しい。ここ周辺には三軒も大手スーパーがある。無意味に向かい合って建ち、熾烈な価格競争と企画争いをしている。
 この街は二十年年ほど前から人気住宅街として人口が増え始め、都心まで三十分、その他交通の便良し、というメリットを掲げた分譲マンション、一軒家が私鉄駅周辺二キロを取り囲むように建っている。何せ国道が街を貫くように通っており、高速道路のインターチェンジもあるのだ。その住人をターゲットに、今年に入ってから商店街が姿を消し、大手フランチャイズ、チェーン店などが、都心から触手を伸ばして来た。私鉄の駅といっても、ローカルな、快速も停まらない小さな駅で、踏み切りも無ければ駅ビルも無い。国道に稀に現れる暴走族を除けば(最近減っているらしい)、ここ辺り一帯は都心まで三十分とは思えない静かな田舎町とも言える。
 それもいつまで保たれるかは疑問である。姿を変えつつある街の光を眺めて、彰人は気だるく感じる体の重みを扉に預けていた。

 自宅近くの私営電車でほんの十五分ほどの距離に、ここ周辺では比較的大規模な大学病院がある。尚人も入院した病院でもある。
「こんばんは。ご苦労様です」
 病院の裏口、守衛の窓口前を通ると初老の守衛が愛想よく声を掛けてくる。
「おつかれさまです」
 と例え一言でも彰人が返事をすると、深い皺に隠れるように守衛の瞳と口が微笑む。彰人もつい微笑み返す。
 守衛室の前を通りすぎると彰人は足早になった。
 浩浩と明かりが照る裏口に比べその先の廊下、階上へのエレベータがあるロビーを照らす明かりといえば外の街灯による薄明かりのみで、足下が確認できる程度だ。漂う薬品の匂いとその無機質で白い建物の造りが相俟って、さながらホラー映画の舞台だ。暗がりが恐怖などと軟弱な事を言うつもりは無いが、出来れば長居したくないものだ。早々に通り過ぎてしまいたい。 
 彰人の場合、当直の内科医師達が集まる治療室の前を通りすぎ、渡り廊下の向こうに立つこの病院最後の建物まで長い道程を歩かなければならない。三棟からなる大学病院の第三号館には裏口が無い為、当直の医師や看護婦は二号館を経由するのだ。
 外科医が勤務する一号館。
 内科、小児科、産婦人科を有する二号館。
 そして、彰人が行く先は心療内科や精神科を一郭に持つ三号館である。
 両親を早くに亡くし尚人と兄弟で叔父夫婦に引き取られていた彰人は、彼らの温情ある計らいにより、元大学助教授であった亡き父親に似て成績も優秀だった事も評価され、医大に進学した。
 その際彰人が興味を示したのは、精神医学。この分野に進級を決断した時は叔父夫婦やその他近い親戚の反感をかった。彰人が大学に入学した頃といえば犯罪の凶悪化、低年齢化が社会問題になり始めた時である。
 「こころの教育」「こころの治療」など、メディアは「心」を「こころ」「ココロ」と書いて表現し、人間の内面の見直しを社会に浸透させた。比較的若い年代においてはこのメディア効果もあり、「カウンセリング」や「診療内科」といったものに対する認識が深まっているのだが、彰人の両親世代から上の年代にとって、こういったものは「甘え」や「病的」な物として捉えられる傾向がある。
 何も自分は流行に釣られた分けでは無い。世間一般における人間の内面、深層心理ではなく、彰人の関心は、ただ一人の人間の内部のみに向けられていたのだ。その執着心が、彰人の勉学意欲と職業意識を長い間支えていた。
 もっともそれは未だに叶えられておらず、目処もたっていないのだが。

 彰人がナースステーションで夜勤の看護婦に指示された病室の前に来ると、急患の「保護者」達が廊下に並ぶベンチに三人並んで腰掛けてしな垂れていた。二人は眠っていた。先に一人が彰人の足音に気がつく。残り二人も目を覚ました。重力に揺れていた首が小さな痙攣と共に持ち上がる。
「ああ、先生」
 暗がりの廊下の隅からでも、彰人にはその三人が認識出来た。紺色の制服を着ているその三人を、知っていた。病室内のまだ見ぬ急患も、誰だか想像が出来た。
「……やはり…庵原さん…?」
 手にした懐中電灯で病室の札を照らし、急患の名前を確認する。
 第三号館特有の厚い病室のドア越しに、認識つかぬ言葉を発する声が微かに蠢いてきた。
「睡眠薬は投与していないんですね」
「ええ、常用していると言ったら看護婦さんが、鎮静剤だけにしときましょう…と」
「その方が良いでしょう」
 彰人はドアノブを回した。背後に立つ三人も、重い扉の向こうに続く病室に彰人に続いて入って行った。
 救急患者の名前は「庵原孜」、五十三歳。四十歳の時に三つの殺人事件を起こし、現在東京都内S拘置所に収監されている。病室で庵原はベッドにベルトで体を固定されていた。運び込まれた時点では、制服の三人や金北医師から逃れようと暴れていたらしい。今は疲れたのか顔を左に力無く倒し、目は開いていたが脱力感に沈んでいた。
 部屋の明かりは小さな豆電球のみ。眩い光は患者を刺激するからだ。彰人はベッドの側に腰掛けた。
「庵原さん」
 以前に呼んでいた呼び方で、彰人は静かに患者の名前を口にした。
反応を待ったが、意志のある返事が無い。意識はある。半開きの口から「声」が洩れてくる。
「庵原さん」
 もう一度、呼ぶ。
 やはり返事は無く、読解不能な呻き声だけが相変わらず口から洩れてくるだけだ。庵原との会話を諦めて、彰人は背後に並んで立つ三人に体を向けた。一つ頷き、揃って病室を出る。背後からまだ壊れた呻き声が届いてきた。
 病室前から少し離れた階段近くの踊り場の明かりの下に彰人と三人は移動した。明りの下でようやく確認できた三人の顔は、眠気と疲れで青白かった。彰人が到着するまでの一悶着が目に浮かぶよう。
 三人は元々、東京A拘置所の看守だった。だが庵原の移送と共に、揃ってS拘置所に職場が変わった。A拘置所に収監されていた時から精神状態の不安定さを懸念されていた庵原を考慮し、庵原を良く知る三人も一時的に移る事になったのだ。
 S拘置所は、懲役十数年から無期刑までの囚人が収監される所である。
 一方A拘置所は、ゼロ番囚、つまり、死刑囚が収監されるところである。
 庵原は十年前に死刑を宣告されたが先月、酌量が認められ無期刑囚となった。死刑囚としての生活の中で、彼は次第に正常な判断をしうる精神を亡くしてしまったのだ。
 そんな彼を、彰人は彼が死刑囚であった頃から知っていた。精神状態が異常であった彼の病状、その経過も知っていた。
 庵原だけでは無い。その他多くの死刑囚を、彰人は患者に持っていた。
 東京A拘置所。そこは彰人の第二の職場であるからだ。
 親戚は勿論、尚人にさえ明らかにしていない彰人の第二の肩書き、それは『東京A死刑囚拘置所所属カウンセラー』だった。
「若い者が選びたがる職場じゃないのにね」
 職場のベテラン、老齢の医師にそう言われた事がある。彰人とて向上的情熱をもって選んだわけではない。彼の「目的」に最も近い第一歩だったからに過ぎないのだ。


 庵原の入院手続きをする為に、彰人は三人を待合室に残しステーションに戻ってきた。ステーションでは、看護婦達が大量のカルテと奮闘中だった。戻った彰人に気付き、「どうでした」と顔を上げる。
「大丈夫みたいだよ」と答えると「そうですか」と再び書類に視線を戻した。
 彰人は暫しその看護婦の姿を無意識に見つめていた。バインダーのリーフに文字を書き込んでいく看護婦の右手が動くさまを見ていた。
 人が書き物をしているのは、眺めていて心地よい。ペン先が机の上で硬いリズムを打ち、その不思議なリズムの中、紙の上を這う視線が憂いに俯いた様な散文的な表情を作り出し、静かな息遣いに緩やかに上半身が揺れる。
 その看護婦という個人の存在を余所に、彰人は漠然とそうした事象を彼女を介して見ていた。
 視線に気付いた看護婦が、視線だけ上げて軽く首を傾げる仕種をした。
「…何ですか?」
「え」
 言葉を持つ事により個を取り戻した、彼女という事象は崩れ去った。
「あ、いや…何でも」
「ちょっと考え事してたんだ」と付け加えて、彰人はもの憂げな微笑を見せた。若い看護婦は、また首を軽く傾げた。
 その時、ステーション内に電子音が鳴り響いた。ナースコールではなく、電話だった。電話機本体の緑のランプが点滅している。内線だ。看護婦が受話器に手を伸ばした。
「はい、第三病棟、心療内科、看護婦の高梨です。」
「はい」と受話器に看護婦は何度も相槌をうつ。その間彰人はもそもそと白衣を脱ぐ。薬品の匂いが私服にまとわりついていた。病院は何科であろうと薬品の匂いがするものだなと、新人の頃はそれが印象的だった。
 看護婦が彰人を一瞥した。
「はい、あ、代沢先生でしたらいらっしゃいますが……」
 名前が会話に出たものの、ついでのような言われ方だ。
「じゃあ、替わりますね」
 と言うや否や看護婦が彰人に受話器を「外科の横川先生です」と、差し出した。
「代沢です」
 代わるや否や、受話器の向こうから、甲高い男の声がした。
『代沢先生、確か「あちら」でもお仕事してましたよね、まだしてらっしゃるんですか?』
 彰人は一瞬言葉をなくした。
「え?」
 開口一発、何故この時間にここでその様な事を訊かれるのか、瞬時に理解出来なかった。
「あちら」とは彰人の、もう一つの職場の事である。精神科医師の場合、カウンセラーとして出張先や第二の職場を持つのは珍しい事では無い。
「ええ……勿論ですよ。どうしてですか?」
『ああ、すみません、突然。外科で入院している患者の精神状態が不安定でしてね…まあ、怪我の仕方も仕方でして…。今夜も、眠れないだとか気分が悪いだとか色々言ってきましてね…精神科の先生にちょっとカウンセリング面でのアドバイスでもと思いまして』
「そうですか」
 この様な事はよくある。怪我人、病人は精神状態に大いに左右されるとして、欧米の猿真似でここの大学病院でも、積極的にメンタルケアをフィジカルケアに導入している。
『でも良かった。代沢先生が夜勤とはラッキーですよ』
 横川という外科医の陽気な声が、気になる。
「私が…何故ですか?」
『その患者、前科者なんですよ。そっちの。分かりますでしょ?』
「………」
 静かな面持ちのまま、よほど電話を叩き切ろうかと思った。
 話によると、その五十半ばの入院患者は元極道関係の人間であり、遠い昔、殺傷事件の類を数件起こした前科四犯の男だという。今回は昔の人間関係が絡んだ揉め事から傷害事件の被害者として入院している。
『いやー、経歴を見ましたらね…うん』
 横川はそう言って笑っていた。彰人は押し黙っていた。
『だから扱いが難しくて』
 その患者を猛獣扱いしているのは明白だった。健常者と障害者を、差別のつもりが無くとも意識のどこかで区別しているのと同じ、いや、悪びれさえ無い。
「……今、どのような状態なんですか?」
 電話の相手はその事に全く気がついていないが、ステーション内の看護婦は、書類書きの手を止めて電話口の彰人を見上げていた。
『眠れないようで、先程から医者や看護婦を何度もナースコールで呼ぶんですよ。ちょっと興奮気味ですね。暗闇が怖いらしくて。鎮静剤や睡眠薬を常用しているようなので、そう何度も入院中にも使用する訳には…ねえ、いかないでしょう?』
 横川は一人で喋りつづけた。彰人が途中で相槌を止めた事も気にせず、隆々と言葉が後を断たない。逆に看護婦が、受話器を片手に俯きかげんに押し黙る彰人の姿に奇異を感じていたようだ。
『ぷるるるるるるるる』
 横川の息継ぎの隙をつき、受話器の向こうで電子音のナースコールが鳴った。
『あ、ほら、またコールです。聞きます?』
 どうやら横川は口元から受話器を離し、ナースコールの受話器の押し当てているらしい。ガサガサと音がする。
『ガンガンガンガンガンガン―…・』
 聞こえるのは金属が金属を打ち響く音だけだった。ナースコールしたその患者が出している音らしい。何かでパイプベッドのパイプ部分を叩いている音のようだ。
『どうしました?』
 横川が面倒くさそうな口調でそのコールに応える。だが、金属音は鳴り響く。
【ガタッ】
 ナースコールの受話器が切られた音だ。
『とまあ、こんな様子ですよ』
 再び横川が溜め息交じりに電話に出た。
『行って診てやってくれませんかね』
 今度は人を猛獣使い扱いしている。
「すみません…こちらにも急患がおりまして。夜勤の医師は私しかいないので、持ち場を離れるわけにはいきません」
 そう応える彰人の口調は非常に事務的で一点のぶれも焦りも無かった。怒りを通り越えて呆れている彰人には、もう平静さを装う努力は必要なかったのだ。
『えー…そうですか…?ではどうすれば良いでしょうね』
「二、三日、夜は放っておく事です」
『それで良いんですか?』
「ええ。いちいち構っているから、それで付け上がるんです。暫くすれば患者さんも冷静になります。結局、不安なんですよ」
『はあ…そうですか。じゃあ、暫く様子を見ます。すいませんでした、お忙しいのに』
「いえ。また何かあったら呼んで下さい」
 と締めくくると、彰人の方から電話を切った。辛うじて叩き切る事は無かったものの、その直後に流れた静けさが、ステーションの雰囲気を硬く凍らせた。
「………」
 彰人は暫く切った電話の前で立ち尽くして電話機を眺めていた。その様子を、背後から看護婦がまだ見つめているのが視線で感じられる。彼女は、彰人が何かを口にするのを待っていた。だが同時に彰人と共に仕事をする機会の多いその看護婦は、以前にも前科者の入院で起こったトラブルに彼が駆り出された事を思い出した。
「あ……また、「そういった」患者さんの面倒を見てくれ…と?」
 患者が前科者の場合に限らない。彰人以外の精神科医師達も、しばし問題患者の世話を押し付けられてきた。
 その時彼らは、仕事の後、「人を何だと思っているんだ」とステーション内で外科や内科の医師達を罵る事もある。
 フィジカルケアとメンタルケアの融合、と銘打てば聞こえは良いが実際に精神科医師は外科や内科に患者のお守役にされる現状があった。
「本当に、失礼しちゃいますよね」
 その出来事を顧みて、看護婦は彰人に共感を求めた。確かに、その事に腹を立てていた事もあった。だが、
「それは…別に良いんだ。彼らに私達の知識が必要なのは仕方が無いし、患者も私達を必要としている。この際そんな事で腹を立てるのは止めようと思う。だけど…」
 精神科医師や看護婦の多くが、彰人の第二の職場を知っていた。それは罪を犯し、罰を宣告された人々が収容されている場所だ。そればかりでなく、そこは死刑囚という生きる者としての最低限与えられる権利さえ公的に奪われた人々のいる場所だ。社会にとってそこは隔絶された別世界。横川医師の類が考えている事はすぐに分かった。
「……あ、そっか………そうですね、すみません……」
 頭の良いその看護婦は、彰人の立場と実状を察していた。
「うん…」
 彰人が微笑を返す。看護婦も安心したように目を細める。だが、事務作業には戻らず立ち上がった。
「代沢先生も、何か飲みます?」
「頂くよ」
 給湯室に向かう看護婦の背中に彰人はそう応えた。「はーい」と看護婦は、一度振り返って給湯室へ消えた。
 ステーションで一人きりになった。巡回中のもう一人の看護婦はまだ帰らない。話し声が消えたフロアに、電子機器のファンだけが、途切れの無いかすかな羽音を立てていた。

2006.05.19.Fri/15:27
  Over the Wall vol.5 


電話・二〇〇〇年 十月二十一日

 土日だというのに尚人の兄は多忙を極め、宿直だと言って出て行ったきり、戻って来なかった。よくある事だ。最後に揃って食事をしたのはいつだっただろう。
 土曜日の朝、尚人は昼近くに目を覚ましリビングのソファに寝転んで新聞を広げていた。Tシャツにパジャマの下、寝起きの格好のままだ。
 尚人の高校は私立で完全週休二日制だ。部活動に参加していない生徒にとって、時間を持て余すほどだ。土日に真木や小河原に連絡を取る事は出来ない。真木はハンドボール部、小河原はアメフト部なのだ。真木のハンドボールは、バスケや野球、サッカーと言った高校運動部の花形を敬遠した結果であり、小河原の場合、頭を使える戦略性のより高いスポーツを選んだという結果なのだそうだ。
 双方とも、そこそこに楽しんでいるらしい。真木も小河原もさぞ敵から嫌われる存在であろうと尚人は敵に同情した。意地の悪い奇襲を思い付くのが得意な面々だから。
 坂井は、運動部の入部を親から禁じられている。中学の時、親に内緒でサッカー部に所属していたのだが、練習試合で相手チームと激突し肩を脱臼してから親の目がより厳しくなったのだ。
 尚人は特に小さい頃から叔父夫婦や彰人から、学校生活面での束縛は受けていない。成績も悪くなかったし、目立つタイプではないから問題も起こさないので内申も悪くなかった。
 だが、何も興味が湧かないのだ。体を酷使し精神を痛めつけ、それでもなおもしくはそれで充実感が得られる事が理解出来ない。
 小さい頃から無感動、淡白な性格だと彰人を含めるから言われていたが自覚が無かった。自分と比較して周囲が感情的であるのだと思っていたが、一般基準が自分ではなく周囲であるという事に二、三年前から気がつき始めた。部活にも委員会にも、甲斐を見つけられない自分の状態に最近は焦りを感じている。だからと言って行動に移すまでには至らない。部室の門を叩こうというその寸前に、思い直してしまうのだ。
『入ったら…その後はどうなるんだ…?』
 上下関係、生活の制約、能力の限界、怪我……等、その欠点が一気に思い出され、無理につけた勢いが冷め切ってしまうのだ。
 結局、焦りの裏側で本心は何も望んでいないのだと覚る。
 そんな事を繰り返す時期が、必ず一年の一時期にやってくるのだ。そんな時、例えばこうした土曜日の昼下がり、体力と熱量を体内で燻らせたまま暇を持て余していると、無意味な時間の流れと自分の無気力振りと惰弱さに胸の底で感情が煮えてくる。
 これが「若さを持て余す」という事なのだろう。「若さ」は、確かに一時期の特権である。それだけで世界の中心に居座ったような気分に人を陥らせる。小河原と尚人の様な陽性・陰性の違いはあっても、結局誰もがこの頃、自分以外を知らないだけなのだ。
 テレビの前のテーブル、その上の新聞、その二十面、小さなスペースの記事。尚人の視線が捕らえられた。
『女子中学生誘拐・殺害事件犯人・逮捕』
 昨晩、ニュースの速報で見た事件の記事だった。中年の男が身の代金目当てに女子中学生を誘拐したが、結局殺してしまったという事件だった。
 新聞記事の内容はほぼテレビと同じであり、ただ今回は犯人の名前と顔写真が掲載されていた。白黒のドット写真ではこの犯人の人相が伺えない。だが、きっとこの記事を見た誰もがこの写真を見て、無感動に思うのだろう。
「それらしい顔だな」
「普通の人に見えるのに」
 尚人がその写真を見たときに抱いた印象は、それとは異なった。
 興味が、湧いた。
 この人間がこの行為に及んだ経緯、理由について。
 テレビでは、彼は物陰から少女を鉄パイプで襲い掛かったと言っていた。待ち構えていた時、何を思っていたのだろう。その前、鉄パイプを用意していた時は、何を考えながらパイプを選んでいたのか。少女を捕らえた時は、少女の様子はどうだったのか、おそらく脅えただろう少女を見て、接して、何を思っていたのか。
 その瞬間、水風船を思い出した。
 水風船を地面に叩き付けると、弾けて、水が、
 ぐしゃっ………
 頭の中でニュースが流れる。
『高校生の、コンビニのアルバイト店員二人が、酔っ払って店内に入ってきた暴走族の少年達に暴行を加えられ、一人は頭部を強く殴られ、死亡しました』
 残酷な玩具だ。小学生の頃、たくさんの水風船を両手に抱え公園で数人の友達と投げ合う遊びが流行った。一人の時も、片手に収まる水風船を衝動的に握り潰した事もある。
 その瞬間に指先から溢れ出る水がきれいで、手のひらに伝わる水が流れる感覚が気持ち良いとも思った。
『逮捕から既に二ヶ月が経過した、達樹ちゃん誘拐事件で達樹ちゃんを誘拐の後殺害した**被告に最高裁は懲役…年を言い渡し…』
 大人が人を殺すのと、子供が物を壊す事が、この時は同じだと思った。そう、水風船は内臓に似ているんだな、と気がついた。潰すと中から液体が溢れ出す。柔らかくて、大きさも似ている。
『アメリカの小学校で十歳の男子生徒が突然教室内で猟銃を乱射し、五人のクラスメイトがそれにより死亡、教師を含む十三人が重軽傷を負いました』
 昆虫の中に共食いの習性がある種類がいるのだから、人間に人間の破壊欲求があってもおかしくは無い。水風船遊びも、子供の単純な破壊欲求を満たすスケープ・トイだったのかもしれない。
「………」
 新聞記事を次々と目で追いながら、脳裏には赤い水風船が次々と弾けていた。

 TRRRRRRRRRRRRRRRR

「!?」
 音量最大に設定した電話の呼び出し音が、尚人しかいないリビングに突如響き渡った。
 テレビ画面に反射して映る自分の肩が大きく揺れたのが、尚人にも見えた。ソファのすぐ横に置いてある子機のプッシュボタンが赤く点滅し、尚人を急かしている。強迫観念が尚人の腕を自然に子機まで伸ばす。着信ボタンを押すと、ようやく音は止まった。安心感と共に心臓の高鳴りが耳へ届いた。
「もしもし…代沢です」
 自分の声でそれを隠す。
『もしもし、私、荒川と申しますが、えー…彰人さんのお宅はそちらでしょうか?』
 聞きなれない、やけに丁寧すぎる若い男の声が聞こえる。
「はい」
 大学病院関係者だとその口調から思ったが、
「どちらさまですか?」
 相手が再び彰人の名を口にする前に、そう尚人の口から警戒を現した言葉が出ていた。
『申し訳ありません、私は旭ヶ丘警察署の荒川と申します。それでですね……』
「警察?」
 尚人の喫驚する声が、続けようとする相手の言葉を遮った。
『あ、ええ。でも、何かあったとか、そういう事では無いんです。明るい話ではないのですが、十五年前の事件の事で』
 尚人を尚人と知ってか知らずか、訝しがる尚人の声を、気を沈めたと勘違いしたらしく、荒川と名乗ったその警察関係者の丁寧な口調に今度は遠慮が加わった。
『あの事件に関しましては、誠にお悔やみ申し上げます。今回お電話差し上げましたのは、その、瀧袴が代沢さんに遺したと思われる物が見つかりまして、それで…』
(タキハカマ……?)
 尚人には全く話の内容が掴めなかった。だがとにかくその後の話の内容から、代沢彰人本人に、身分証明書と印鑑を持参の上、署まで「物」を受け取りに来てほしい、という事だけは取りあえず理解出来た。
「はぁ」と相槌を打つ尚人の声に合わせ、荒川は文章を区切りながら用件を全て伝え終え、「という事なんですが」と締めくくった。
「はぁ…兄に伝えます」
 と尚人が答えると、途端それまで不自然に事務的だった口調が慌て始めた。
『え、あなた、代沢彰人さんでは…?』
 やはり尚人を彰人と勘違いして喋り切ってしまった、といったふうである。
「代沢彰人は僕の兄ですが」
『え、あ、君…弟さん…ああ…本当だ…。あ、失礼、こっちの事です…。まあ、とにかく、では、ご伝言、宜しくお願いします。では、失礼します』
 掛けてきた時とはまるで別人の口調で、電話は一方的に切られた。
「……・・?」
 尚人は暫く電子音を発する受話器を耳に当てた姿勢のまま考え込んだ。呆然のあまりに「固まる」とはこういう状態なのだ。
 受話器を置く前に思わず通話口を見つめもした。演技ではない。疑問の矛先が自然に受話器に向いただけだ。
「十五年前……」
 荒川の話の中でまずそれが引っかかった。それが無ければ、彰人の仕事関係だと辻褄を合わせて片付けられただろう。若しくは、十五年前に何らかの事件事故で精神を患った人が、亡くなるまでのここ数年間、彰人の患者であったという可能性も十分にある。そう考えるのが自然であり、合理的であった。
 だが、「十五」。この数字が気になった。
 偶然にも彰人と尚人が両親を亡くした時でもある。それだけで事を関連付けるのは安易過ぎる。それでも尚人の心に、何かが引っ掛かる。
「瀧袴」
 この名前が要因だった。
 周囲に一人としていない珍しい名前だ。荒川の早口な会話の中で、たった一回出た一般的に聞きなれないこの「音」。聞き逃してもおかしくなかった。それが……
〈た き は か ま〉
 タイプで音を立てる様に尚人の聴覚に刻み込まれた。
「……まあ…いいか……」
 どう分析しようも無い現象に、この時はこう有耶無耶にするしかなかった。

2006.05.20.Sat/02:03
  騎士と武闘家 
※幻水2の二次創作をオリジナルにリライトしました。



騎士と武道家


 四つの強大な騎士団を抱えるロストリア王国。
 この中で、ノーマン将軍率いる「群青の獅子騎士団」、通称「青の獅子団」は、ロストリア騎士団の中で最も武力派である。城外警備や辺境警備などを担う機会の多い獅子団は、戦場では前線を張る役目も多い。
 代々この獅子団の団長は、堅実、真面目、そして訓練、精進に熱心な者が揃い、己以下、部下達の鍛錬にも手抜きは無い。
 当然、現団長ノーマンも、他例に漏れないのだ。
「騎士は剣さえ使えれば良いものではない。戦場に限らずいつなんどき、武器を失う事があるか分からない。そんな時、素手、丸腰でいかに戦うかが生き残るための大きな鍵となる」
 獅子団の定例訓練。いつものようにノーマンの朗々とした声が稽古場に響く。だが、今日は多少様子が違うようだ。騎士達はいずれも重い鎧と剣を身から外し、青い制服の上着を腕まくりした軽装となっている。 ノーマンも、今日は重い肩当と首当てをはずしている。
 本日は、体術の稽古なのである。
 東部の国は、体術が盛んだ。相手の動きの流れや力を利用して、無駄な力を使う事なく自らの倍以上もある敵を倒すといった、非常に理にかなった武術もある。それを取り入れる事が出きれば、騎士達は今まで以上の戦力となろう。
「今日は、特別講師を招き…」
「団長」
 ノーマンの言葉を遮って副長のデルクが訓練場にかけ込んできた。講師の到着が遅れている。
「いらっしゃったか?」
「それが本来の特別講師、ガンホー殿の都合がつかなくなり、急遽……」
「たーのもーーーーっ!」
 デルクの声を掻き消す奇声が入り口から轟く。
 騎士達が一斉にそちらを振り向くと、
「おお!ここが「群青の獅子騎士団」の訓練場か!さすがに広くて設備が良いなぁ!!」
 東方の奇妙な髪型に奇妙な武闘装束を身に纏った男が、訓練場の入り口からノーマンの方に向かって大股に歩み寄ってくるところだった。
 その後ろから、「ししょー、それじゃあ道場破りですぅー」と荷物持ちの少女が駆け足でついてくる。
 男は妖しいちょび髭を口元に生やした顔で満面の笑みを作り、ノーマンの前に立ち止まると右手を差し出した。
「どーも、団長様。武道家ガンホーに代わり、このチョー・ロン・ポーが急遽、本日の特別講師としてお招き預かる事になり申した!宜しく頼む」
 どうにも妖しい男の言動と姿に副長はじめ騎士達は訝しげに目端を細める。一方ノーマンは、奇抜な登場の仕方に驚いていたものの、
「群青の獅子騎士団長、ノーマンと申します。宜しくお願いします」
 すぐに嘘偽りない控えめな笑みをたたえてそれを招き入れる。差し出された手を握り返して握手を交わした。 騎士達はある意味での団長の偉大さを再認識するのであった。
「さて、早速始めようか!」
 熱血漢なチョーの声が高い天井に響き渡る。 並ぶ騎士達を見眺めて「よし」と右手拳で左手を叩いた。
「まずは身体慣らしと実力観察も兼ねて、乱どり稽古から行くとしましょう」
「いきなりですか?」
 とデルク。
 武道術にも剣と同じく基本の「型」が存在すると聞いていたのだが。
「私の流派はちと変わってましてな。決まった型などないのです。状況、自分の体格や癖などに合わせ臨機応変自由自在!それこそ最も実用的かつ最強の武術なのです!」
「そうなのです!」
 自信満々のチョーに続き、弟子の少女の声も高く天井に響き渡る。
「………」
 「なるほど」と頷きたいのは山々なのだが、チョーの熱弁は、どう贔屓しても騎士達の耳には白々しく聞こえてしまうらしく、とくに若い騎士達のチョーを見る眼は猜疑そのものと言えよう。
 全く気にしていない様子でチョーは視線をある方向に向けた。
「ちょうどあそこに、武舞台があるようですな」
 訓練場の角に設置されているのは、演舞や模擬戦や模範戦が行われる為の武舞台。張り替えが自由にきくよう、細長いタイル状の建材が敷き詰められたものだ。
「団長殿」
「はい?」
「まずアナタの部下の中から、体術にこれと見込みがありそうな者を一人、選んで戴けないかな」
「一人?何故…」
「いいからいいから」
 促されてノーマンは、前に居並ぶ部下達を見眺める。団長の視線に、部下達は背筋を伸ばす。一通り部下達を見定めた後、ノーマンが選んだのは、
「…………ラルソン」
「は、はい!!」
 第三騎馬隊に所属する若者だ。感激の声と共に更に背筋を伸ばしたラルソンはノーマンに手招きされて前方に歩み出る。団長に選ばれた誉れとあって、その足取りは力強い。
 ラルソンを傍らに呼び寄せてノーマンがチョーに彼の名を紹介する。
「攻め、守りともにバランスの取れた優れた武人だ」と付け加えると、ラルソンの顔面がバラ色に輝くのがデルクには見えた。
「な~るほど。では、彼を武舞台へ」
「?……ラルソン」
「はい!」
 不思議に思いながらもノーマンはラルソンを武舞台に上がるよう促す。有頂天になっているラルソンは快い返事と共に武舞台へと上がっていった。
「では、こちらは…サツキ!」
 不敵な笑みを浮かべてチョーは荷物持ちの少女を呼んだ。
「はい!ししょー!」
 元気一杯な返事と共にサツキと呼ばれた荷物持ちの少女が武舞台に飛び乗った。
「さーて。まずは小手調べにこの二人で乱取対戦してもらいましょう」
「えぇ?」
「ラルソンと…、あの少女がですか?」
 チョーの提案に、デルクに続きノーマンも驚きの声を漏らした。その場に並ぶ騎士達の間からざわめきが起こる。
「ただの荷物持ちと思っておりましたかな?ああ見えても私の一番弟子ですぞ」
 唯一の、という事は伏せられているが。
「しかし…」
 渋るノーマンにチョーは「安心しなさい」と肩を叩く。
「人は見かけによりませんぞ。山椒小粒もピリリと辛い。大は小を兼ねる、柔をもって剛を制すともいうではありませんか」
「……」
 一部間違っているような気もするが、誰もそれをあえて指摘しない。何を言っても止められないだろうからだ。
 結局、チョーの「大丈夫大丈夫」で押しきられ、サツキ対ラルソンの乱取り対戦試合が行われる事となった。
「ルールは簡単。武器を使わなければ何でもありです。審判無用。蹴ろうが殴ろうが投げようが、勝てばいーんです」
「はぁ…」
「負けの条件は「まいった」と言うか「舞台から外に出る」か「戦闘不能」となった場合。よろしいかな?」
「はぁ…」
 規則説明はいたって単純明快だが、チョーとサツキ以外の人間は誰も皆、喉に異物を引っ掛けたような顔色だ。
「ノーマン様……」
 舞台上でやる気満々に軽いステップを踏むサツキを前に、ラルソンはノーマンに助けを求める視線を送る。
 気の乗らない表情を浮かべていたノーマンだが、渋りつづけるのも失礼に値するとの結論に達する。
「チョー殿がこう仰るのだ。サツキ殿が小柄な少女とはいえ気を抜くな。ただし、顔を狙うなよ」
「は、はい…」
 しぶしぶ、ラルソンは頷いてサツキに向き直った。
「さすが、ご理解がお早い」
「ししょー、さすが騎士さん達はジェントルマンですね~!」
 満足そうな師弟のやりとりが耳に痛い。そんな騎士達の気苦労を余所にチョーはラルソンに最後のアドバイスを送る。
「型も何もお考えにならず、とにかくサツキをどのように負かすかだけを考えて動くと良いでしょう。闘いに格好などありませんからな」
「…はい」
「よろしくお願いしまーす!」
「よ、宜しくお願いします」
 両者の挨拶が終わり、乱取り対戦がチョーの掛け声と共に始められた。

「たーーっ!」
 合図と同時に地を蹴ったのはサツキ。
 軽い身のこなしで地を蹴ると、ラルソンの頭上に踵を落とした。
「げ!!」
 突如頭上から落ちてきたそれに、咄嗟にラルソンは横に飛び退いた。
「ほう、あれをよくかわされた」
 二人の様子を見守るノーマンの隣でチョーがしきりに感心して頷いていた。だがそれから更に続くサツキの連続技にノーマンは只管、厳しい実直な視線で武舞台を凝視していた。
「てやぁ!!」
「っわ…!く!」
 防戦一方のラルソン。四方八方からランダムに繰り出されるサツキの手足の攻撃を、体全体を使って懸命に直撃を避けているものの、攻撃の糸口が掴めなければ埒があかない。
「どうした!ラルソン!!」
 友人や仲間から声がかかる。
「攻めろ!ラルソン!」
「くっ…!」
 それが分かっているから尚、ラルソンは歯がゆさに苛立ちと焦りを感じた。武舞台の袖では、敬愛する騎士団長がこの戦いを静かに見守っている。その隣では、弟子のサツキの優勢状況に、満足そうに腕を組んでいるチョー。
 このままでは…
(俺を推薦してくれた団長に…恥を……っ)
 かかせてしまう。
 忠誠心に掻き立てられた騎士の底力が、その時に発揮される。
「スキあり!!」
 サツキの強烈な回し蹴りが飛ぶ。
「危ないサツキ!」
「え……」
 空気を抉るサツキの足先を無理な体勢で避けたラルソンが、思いがけぬ角度から反撃の一打を放ってきたのだ。
「ひょあっ!!」
 チョーの声に咄嗟に反応を見せたサツキは半ば尻餅をつきながらラルソンが放った蹴りをかわす。すぐ頭上をラルソンの足が掠っていった。
「ちっ…」
「……っ」
 両者ともに一歩後退し、間を取った。

 わぁぁっ

 場が沸いた。
「いいぞ!ラルソン!」
 騎士達の中から声が上がる。
「サツキ、気を抜ける相手ではないぞ!」
 チョーの声も混ざる。
「ししょー!やっぱり騎士さんは凄いです!」
 ラルソンを前に間をあけて構えるサツキが、明るい声を発する。
「そうだろうとも!あの角度から反撃するとは見上げた反射神経!!」
 天晴れ、と両手を派手な仕草で叩いてチョーは熱血漢に朗々たる声を張る。
 そしてじっと先ほどから無表情で武舞台を見つめているノーマンに不敵な笑みを向けて、
「さすがに騎士団長殿がご推薦なさった部下ですな」
 と頷いた。
 武舞台上からラルソンが横目でノーマンを見やる。
「その調子だ」
 ようやく力を発揮しだした部下の健闘を誉める言葉を一言かけ、ノーマンもチョーを振り向いた。
 両者は顔をあわせてお互いに、静かに、不敵に、笑いあう。

 中々面白い戦いになりそうだ。



おわり
2006.05.20.Sat/21:08
  こま切れの逢瀬 
テーマ「夏の大三角」
お題「観察」「河」「逢瀬」「180」
(他「道草」「星占い」)

制限時間 1時間(15分延長)





こま切れの逢瀬


 テレビ局に勤めていると、摩訶不思議な光景によく出会う。
 今日もクロサキは、社食でスパゲッティーを食べている落ち武者を見た。昨日はタバコを吹かしている町娘もいた。
 番組制作会社に勤めるクロサキは、ADとしてNHKに出入りしている。NHKはニュースやスポーツ中継の他、年配者受けする番組を得意としており、大河ドラマを代表とする時代劇・歴史劇制作において他局の追随を許さない。
 外注制作プロダクションのスタッフにおいて、この「大河ドラマ」の制作に関われる事は一種のステータスだった。放送が終わって何年も経つのに、他番組の制作現場に自分が関わった大河ドラマのスタッフジャンパーをいつまでも着てくる人間は少なくない。
 クロサキは何の幸運か、来年の一月から放送が開始される大河ドラマの新作の制作に関わる事となった。

「いいなーお前、ラッキーだよ。大河の制作に関わったって履歴書に書けると今後の再就職ん時に違うぜ?」
 昼食時の局内食堂。素面なはずの同期がねちっこく絡んでくる。
「あぁ…そう、なのかな?」
 別段気にする事なくクロサキは黙々と目の前の食事を片付けることに集中していた。
 実のところ、クロサキは何故自分がスタッフに選ばれたのかが理解できない。裏方全般を会社で請け負う事になったのは事実だが、大抵こうした大きな仕事は年功序列順に仕事を取られていって、入社三年に満たないクロサキレベルのスタッフに回ってくる獲物などないのだ。
「あ」
 テーブルに置いた携帯電話の時計が目に入った。
「ごめん、俺いくわ」
 強引に残った味噌汁を掻き込んでクロサキは「えー」と名残惜しそうな同期を残して席を立つ。

 今日は初めてのスタッフミーティングだ。スタッフ、出演者が一同に会し、これからの一年間を共に戦う仲間としての親睦を深めるための大事な場。どんな下っ端の雑用係でも出席が義務付けられ、遅刻は許されない。
 首から提げるスタッフ証を揺らしながらクロサキはスタジオへ急いだ。
 昨年まで、NHKで最も大きいスタジオは104スタジオだった。だが今年からその座は180スタジオに受け継がれる事となる。古い建設物を改築し、バレーボールの試合でもできるのではないかというほどの104スタジオの二倍以上はあると言われている。
 初めて足を踏み入れる新スタジオ。普段は感情を表出させないクロサキの頬が、若干上気している。居並ぶその他若いスタッフも同じ心情のようで、今回のドラマの総元締め役のプロデューサーの長い挨拶の最中にもみな三百六十度を落ち着きなく見渡していた。
 それもメインキャストが紹介される頃には止まっていた。
 なんといってもこの壮大なる作品の主役達だ。
「まず、主役の上杉鷹山役、木ノ下鴛介さん」
 このドラマで何度も主役を演じた経験のある大ベテラン男優だった。民放ドラマや映画でもその姿を頻繁に目にする、「日本の俳優」の代名詞のような存在だ。
 その場に現われただけで空気が変わる。空調が送り込んでくる人工的な涼気に重力が加わったような。スタッフ達が居並ぶ列の最後尾にいるクロサキにさえ、その重みが感じられた。
「次に、鷹山の妻となる「幸姫」役、園桜子さん」
 日本の男優の代名詞が木ノ下なら、園桜子は日本の女優の代名詞と言えよう。彼女が登場すると、重力が加わった空気に今度は「香り」が加わる。実際に匂いがするのではない。空気が華やぐという表現も当てはまらない、色が加わるというのでもない、やはりそれは「香り」。全身を包み込む空気が心地よく感じるのだ。
 日本の高年齢層の間ではすでに「定番」となっている組み合わせで、様々な場面で夫婦や恋人役を演じてきた。
(それでもマンネリにならないのは凄いよな…)
 むしろ国民はこの二人が繰り広げる恋愛物語や家族物語を望んでいる。タテマエ的に「視聴者の皆さんのご希望にお応えする」が心情のNHKでよくこのキャスティングが採用されるのは無理もない。
 それらを差し引いても、この両名の演技は何ら視聴者の不満を買う事はないのだから恐れ入る。

 今回の作品は180スタジオのこけら落とし的役割を担っている事もあり、局側はかなり力を入れているという。この二人を主役に据えたばかりか、その周囲を固める脇役達もそうそうたるメンバー。俳優達が紹介されるごとに、その場に居合わせたスタッフ達の気持ちが張っていくのが分かった。
 こうして、顔合わせが終わった頃にはすっかり、クロサキら下っ端スタッフも含め一つの空気の中で誰もが各々に決意を固めるようになるのだ。

 数日後。クランクインは180スタジオからだった。
 スタジオの中は、今が現代である事を完全に忘れさせるほどに見事なセットが組まれていた。

 今回の大河ドラマは「上杉鷹山」。財政難に陥っていた米沢藩を大改革によりよみがえらせる名君主の物語だ。
 木ノ下が得意とする類の役だが、今回少々特殊なのは、その妻となる「幸姫」の役どころ。幸姫は幼少から体が弱く、心も体も幼いままで、穢れを知らぬまま生涯を終えるという人物だ。本来ならば若手の女優に演じさせるべき役だが、誰もこれを齢六十に手が届こうという園桜子が演じることに違和感を抱かなかった。

「よーい、スタート」
 監督の第一声と共にクランクイン。
 城内で幸姫が女中達といる奥の間に、鷹山が訪ねてくるシーンだ。
「……」
 長いコードを巻き取る作業をしていたクロサキはふと手をとめた。気がつくと、雑用をしていたはずの若いスタッフ達も一様に手をとめて、ライトが集中する先を見つめている。
 幼女のようにしか言葉を発する事のできない姫の手をとり、優しく、まるで子供に接するように話しかける鷹山。そんな些細な日常のワンシーンなのだが、誰もがそこに醸し出される空気にひきつけられていた。
 鷹山は姫を壊れ物のように扱い、姫はただ「あーあー」と言葉にならない声を発して鷹山の手を握る。
 そこには確かに純粋な「愛」が存在していると感じさせられた。
(さすがだな…)
 これまでドラマ作品に多く関わってきたクロサキだが、ここまでの空気の転変ぶりを知らない。
 初めての体験にただ、頬が知らず知らずに上気してくる。
「はい、カットです!」
 監督の大声に、誰もが我にかえる。
「お疲れ様ですー」
「チェック入りますー」
 スタッフ達があわただしく声を出して動き始める。
 ライトの中央にいた木ノ下と園も、その瞬間に「ベテラン男優」「ベテラン女優」の事務的な顔に戻る。
「お疲れ様です」
「はい、お疲れ様」
 とお互いに声をかけてセットから離れていく。
「………」
 そのあまりの変わりぶりにクロサキは呆然とさえしてしまう。まだ大きな作品に慣れていない若いスタッフも同じ心情だったらしく、すぐ隣で台本の束を抱えたままの若い女性スタッフがあんぐりと口をあけたまま、両目で木ノ下と園を見ていた。
 クロサキの視線に気がついて我に返ったようだ。
「あ、す、すみません」
 と苦笑いが浮かぶ。
「何だか、本当に愛し合ってる二人みたいに見えちゃって…」
「さすがベテランだよな」
 とクロサキは無難に応えたが、彼女はそれに満足はしなかったようで、小さく頷くだけだった。それはクロサキにも分かっていた。
 恋愛の演技が上手い役者などゴマンといる。本当にその演技に引きずられて現実でも恋愛が始まり、結婚・離婚とゴシップのネタになる役者も腐るほど存在したし、これからも続くだろう。
 だがこの二人の場合、何かが違っていた。
(………何だろう)
 腑に落ちないまま数日後、クロサキは大河ドラマのPR番組制作のために、木ノ下と園がこれまでに共演したドラマの映像収集をさせられていた。
 その数たるや半端なものではない。データセンターから試写用のテープを大量に借りて、試写ブースで片っ端から視聴する。その中から「これ」というシーンを抜き取ってディレクターに渡さねばならない。これも下っ端定番の仕事の一つだ。
 一本目のテープを入れる。
 これも歴史もので、戦国時代の夫婦を描いたものだった。
「…………」
 資料用のテープだったため、「カット」との監督の言葉の後もしばらくスタジオの様子が映されている。
 ここでもやはり、監督の「カット」の言葉と共に二人はまるで、ハサミで切られたロープのように二つに分かれていく。
 それから数時間。どのテープを見ても、作品の記録を見ても、同じ光景が繰り返されていた。

 怒涛の一年はまさに光陰矢のごとし。がむしゃらに働き気がつけば大河ドラマ「上杉鷹山」は大成功のうちに幕を閉じた。
 「改革」というテーマと時代が合致していた事、局がこれまでになく制作費をかけたことなど、成功の要因は複数存在するが、やはり筆頭にあげられるのは木ノ下と園の組み合わせによる異色な純愛物語だった。
 放送終了からしばらくしてもブームはほとぼり冷めず、様々な特集番組が組まれ、木ノ下と園も揃って幾度と出演したが、ドラマの外での二人はあまりに事務的だった。
 



 だがそれから数年後。


 妻を亡くした木ノ下と、夫を亡くした園が結婚するとの報道を、クロサキは耳にする事となる。
「あぁ…」
 ようやく合点がいった。クロサキは呟く。
 あれらは逢瀬だったのだと。
 カメラが回っている間だけの、たった数十秒ずつのコマ切れな逢瀬。


 これは想像でしかないが、クロサキは思うのだ。
 プロデューサーや監督や視聴者が彼らの登場を願うのは、それを心のどこかで知っていたからじゃないのかと。




おわり






反省点ありすぎてかけません。
初めてのお題バトル参加作品。
前半に文章を詰め込みすぎて、後半が端折りすぎました。
ちなみにクロサキは、主人公の名前が思い浮かばなかったので咄嗟に先日読んだ漫画「クロサギ」の主人公の名前にしちゃいました。
大河ドラマ「上杉鷹山」なんてウソっぱちもいいところです。
「新作大河ドラマなににしよう…」とめちゃくちゃ焦る中で咄嗟に思いかびました(汗)


まぁ、自分的最大のツッコミどころはここなんですが。↓
お題が「河」で「大河ドラマ」って何よ(死)
2006.05.20.Sat/23:36
  Over the Wall vol.6 


白濁夢、再び・二〇〇〇年 十月二十三日

 世界史の授業中に起こった出来事から三日経った。誰もがあの事を忘れて行く頃だ。
 尚人は、人から心配される事が、こそばゆくてたまらない。自分が何よりも弱く、心配される事がその弱者である自分への哀れみの様にも感じてしまわれる時があるのだ。
 だが今朝は、緊張しながら登校する必要はなかった。面白くないホームルームが無意味に進行している間も尚人は、日常の姿を見せるクラスの様子を眺めて、安堵感にうとうとしていた。
「これでホームルームを終わります」
 そこでようやく我に返った尚人に、
「行こうぜ」
 と小河原から声が掛かった。一時間目は生物だが、ビデオ鑑賞があるので視聴覚室への移動があるのだ。「ああ」と尚人は鞄から出した教材を小脇に抱え、両手をポケットに突っ込む。両手の包帯はまだ取れていない。外傷があるわけではないが、紫に変色した痣が両手の甲に鮮やかに残っている。
「他には傷とか、残ってんの?」
 教室を出る際、坂井に言わせると「無神経だ」という発言も小河原の思考と探求心の定規ではそれを「無礼」だとみなされないらしく、そう何気ない問いが向けられた。
「大きな傷は無いな、全身打撲だったから。あ、でも失明寸前だったって話は聞いた」
 飛び散ったブロックの破片が両眼を掠ったらしい、と指で目を突く仕種をすると、
「え、マジ?」
 と小河原はさすがに口調を変えた。
「目の手術っていうと…角膜手術とか…?」
「……さぁ」
「お前なぁ…自分の事だろが」
 小河原は呆れた表情をする。この表情で尚人は何度も馬鹿にされて来た。もう慣れた。
「詳しくは聞かなかった」
 入院中の治療経過、怪我の程度について、尚人が知っているのは医師や看護婦の会話から聞き取ったほんの一部分である事に、今気がついた。
「バーカ、普通、医者から説明とかあんだろ?」
「だよな……・あったかな…・?」
 言われてみれば、目を覚ました時に「目の手術をした」と言われただけで、記憶に無い。
「お前の場合、命に別状は無かったんだから本人に話しても良いはずなんだよな」
 癌など、完治不可能と診断された患者の場合、まず保護者が告知されるというのはよくあるパターンだ。だが、確かに、尚人の場合、結果的にこうして完治の方向に進んでいる。
「兄貴に話したんじゃないかな?俺は、一週間くらい寝てたみたいだから」
「そうか?聞いてみろ、ちゃんとな」
 三階の視聴覚室へ向かう階段の二段上から、小河原が尚人を見下ろし、指を指して強くそう言った。その口振りに、尚人は何かの含みを感じ取った。
「やけにこだわるな?」
 尚人の疑問に、小河原はこう続けた。
「だって本当にそうなら手術なんて出来る訳ないんだよ」
「え、何で?」
 小河原はなおも、呆けた様子を見せる尚人を非難する。
「お前は物を知らない奴だな。一体全国にどれだけの人たちがドナー待ちしてると思うんだ?」
 自分から言い出した事を棚に上げ、小河原は声のトーンをワンピッチ上げた。
「どれくらいだよ?」
「…詳しい数は知らない。でも、とにかくたくさんだ。お前が一週間くらい待ったからって順番が回ってくるような状態ではない事は確かだ」
「じゃあ、角膜手術じゃないんだろうな」
「だから確認しとけって。後遺症が後になって出てきた時に「知りません」じゃまずいぞ」
 遠まわしに尚人の世間知らず振りを批判し、合理的結論に落ち着く。
 最後の三、四段を大股で駆け上がり、三階の踊り場にいる小河原に追いつくと、二人は並んで廊下を右折した。その右折した長い廊下の突き当たりが、視聴覚室だ。突き当たりの壁が、小さなコンピューターチップの様に見える。数人の生徒がまだ廊下で屯していた。
「………・・」
 尚人は立ち止まった。
「他に目の手術っていったら…・・」
 それに気付くのに遅れた小川原は、まるで独り言を言っているように一人で数歩先を歩いていた。
「おいっ」
 それに気付き、気まずそうに背後の尚人に勢い良く振り向く。
「どうした?」
 廊下の先を見つめたまま立ちすくむ尚人の様子に、小河原は珍しく、他人を心配する言葉を口にした。先日の事もあるからだだろう。
「……―――」
 尚人の目は、目前に長く続く廊下の突き当たりの壁、あるいはその奥を突き通して見つめるように、見開かれていた。
「?」
 尚人の視線を辿り、小河原も廊下の突き当たりを見る。廊下で談笑する生徒達、尚人達を追い越して視聴覚室へ向かう級友達、先に見える視聴覚室の扉が見えるだけだ。
「おい、尚人!」
 瞬きさえもしないその様子に、小河原の口調は焦りも交じり、荒くなる。
「……・くな…・」
 微かに開いた尚人の口から、言葉にならない言葉が洩れてくる。小河原は、壊れたスピーカーから音を聞き取るように、尚人の顔に耳を近づけた。
「何だ?」
「…・行きたくな……・」
 辛うじて、「行きたくない」という意思表示が聞き取れた。
「何言ってんだよ。どうして」
「また授業放棄か?」と、言いたいところだが、尚人の表情から小河原は、修辞的に尚人のその意思表示は意味が違う事を読み取った。小河原は耳を尚人の顔から離し、目線を合わせて向かい合った。
「行きたくない…・・」
 と尚人は繰り返す。
「俺は何でかって訊いてんだよ」
 端から見れば、二人の様子が口喧嘩に見えるのだろう。階段を上ってきた生徒達が二人の様子を一瞥して追い越して行く。
「行きたくない…恐い…」
 そう口走る尚人の目は、小河原を見ていない。廊下の先にいる怪物でも見ている様に、表情を強張らせて、ただ一点を見つめている。
「恐い…」
「何でだよ」
 苛立ちと焦りに、小河原の声は半ば弱々しさも見せはじめた。
 尚人の目は、小河原を見ていない。先に長く続く廊下の突き当たりが、暗く、闇に溶けて行くように見える。その先に待っているのは破滅だけの、死の世界だ。いや、分かっている。この先にあるのは視聴覚室だ。大型スクリーンやその他OA機器が並ぶ部屋。そこでこれから自分達は生物のビデオ鑑賞をする。
 何が恐いのだ。恐いものがあるはずが無い。ここはほぼ毎日通う学校で、目の前にいるのは友人だ。自分に危害を加える事は無い。
 退院して最も望んだ日常という安全が、ここにあったのではなかったのか。
「あ……」
 行かなくてはいけない…
 でも……・行きたくない……
 その葛藤が猛烈な速度で尚人の思考回路を駆け巡る。だがその動きも やがては鈍くなり、そして、意識が薄らいで来た。視界が揺れる。膝の筋肉が、肢体を支える力を徐々に失う。両腕を掴む小河原の手に力が入る。小河原の、遂には叫んでいる声も届かない。
 尚人の膝が折れた。尚人の体重を支えきれない小河原も一緒に、廊下に膝をついた。
 そのまま体全ての重みを、冷たく硬い廊下の床に預ける。

 ――死なないで……

 意識が完全に途切れる瞬間、目の前に人影が鮮やかに映った。小河原ではなく、それは、
 小柄な少女だった。
 学校の廊下の景色も、白濁とした何も無い風景に変わっていた。その中に横たわる自分の目の前に、少女が立って、自分を見つめている。ビー玉みたいな涙が足元に落ちては壊れて消えて行く。肩までの髪が、しゃくりあげる度に揺れる。恐怖に混乱する尚人の胸に、切なさも込み上げてきた。

 そんなに悲しい顔を見せないで……
 苦しいから……
 だから…
 ―――…泣かないで……志穂

「志穂…………」
 白濁色は次第に闇色に変わって行った。

2006.05.25.Thu/00:27
  Over the Wall vol.7 


ドラマ・同日

「代沢」
「代沢君」
 急な覚醒に瞼を開けると、生物の三田村先生の顔が視界を占領していた。その肩の後ろから覗き込む女子生徒も確認出来る。
「………」
 首を動かして周囲を確認する。上半身が三田村に支えられていた。何が悲しくて中年教師に抱きかかえられなければならないのか。
「すいません…」
 興ざめした思いで半身を起こした。冷たい廊下に座り込んだまま、周囲を見回す。
「立てるか?保健室行くか?」
 しゃがみ込んで三田村が尚人の表情を覗き込む。呆然とした様子でキョロキョロと落ち着かない尚人を按じている。
 一方の尚人は、少女の姿を探していた。
(幻覚か……・?)
 倒れている自分に何度も呼びかける少女の姿を、尚人は確かに見た。細かい表情まで覚えている。声まで聞いた。少女は、泣いていた。涙を流していた。
 愛おしさが胸に広がった。彼女の涙が…濡れる瞳が愛らしいと思った。
 手を伸ばしたかった。触れたかった。
 少女がこんなにも愛しい。
「……・・」
 だが学校の廊下に、少女の姿は無い。それ以前に彼女はどうみても高校生には見えなかった。紺のセーラーではなく、白いワンピースを着ていて、自分よりいくらか幼い気がした。
 見知らぬ少女が何故こんなに愛しい?
 少女の姿を探す内、小河原の存在を思い出した。景色が白濁色に変わる前、目の前に続く廊下に立ち塞がる位置に立って自分に向かい合っていた、小河原は…?尚人を取り囲む教師、生徒の面々を改めて見渡す。だが、
「大丈夫?」
「保健室、行く?」
「おーい」
「聞こえてるー?」
 小河原はいなかった。
「ねえ」
「ほんと、大丈夫なの?」
「代沢?」
「保健室…行きます……」
 戸惑う面々から逃げるように、尚人は重く感じる体を起こした。


 また授業を公的にサボり、しかも今度は早退という特別酌量を受ける事が出来た。よほど彰人の職場に電話を入れようとする保健医を必死に説得し、さすがに心配そうな顔をする担任に見送られて校門を後にする。
 昼前の学校周辺は人気が無く静かだ。まだ朝の冷たさを残す風が清々しい。鳥の囀りさえ聞こえる。
 暫く歩くと、緩やかな長い下り坂にやってくる。事故に遭ったあの坂道だ。坂の頂上から眺めると、下方のブロック塀がまだ一部修復されないまま崩れているのが目立った。コンクリートの道路から歩道にかけて黒く跡の残ったスリップ跡も見える。人気が邪魔しないこの時間、尚人は初めて事故現場の全様を見る事が出来た。
 恐怖は無い。事故の記憶も蘇らなかった。
 平然と、自分が倒れて吹っ飛んだと思われる場所に再び立つ事が出来た。道路に染み付いた、赤い斑点を見つける。
(俺の血だな……)
 これを見ても、何も恐怖は湧かなかった。水溜まりのようなおびただしい出血跡があるならまだしも、打撲中心の怪我である。現場に自分の跡は残らない。それが何故か残念な気がしないでもない。
 ――――アホらしい
 何を悪趣味な事を考えているのだろうと、自分で呆れた。ここに何も自分が思う所の物は無い。感傷など無い。尚人は足早に坂道を下り切った。
 不思議な程に淡白でいられた。いや、これが自分の性格なのだろうか。尚人は入院中に彰人が直々に行ってくれたカウンセリングの事を思い出す。
 カウンセリングとは言っても普通の兄弟同士の会話だ。患者のメンタルケアの名目で、兄が弟の様子を観に来ただけの事だ。彰人の話によると、断片の記憶だが怪我の重軽に関わらず人間が体に傷を受けると、本能がその怪我から身を守る為に「恐怖心」という行動のブレーキが生まれるらしい。例えば過去に犬を噛まれると、それから暫くの間無意識に犬を避けたり、あるいは犬がそれ以来嫌いになる事も多い。本能が、過去に自分を傷つけた「犬」を避け身を危険から遠ざけるのだという。
『事故現場は避けた方が良いかもしれない。交通量の多い場所も暫く歩かない方が良い』
 尚人の場合も、事故瞬間の衝撃からするとフラッシュバックは起こり得る。だが事故自体の恐怖は、その瞬間も今も、皆無だ。今日、そして先週尚人を襲った恐怖の苦痛や症状はフィードバックに似ていたが恐怖の対象は事故では無いように思う。それは、尚人自身が経験した事の無い、だけど確かに恐怖と感じられる別のものだ。
 この説明をどう付けたら良いのか、彰人の話からは辻褄が合わない。そしてそれを彰人に相談すべきか、尚人は迷っていた。
 ―――兄貴が多忙だから心配させたくない
 そんな事は堅実な弟を装った口実だ。心配される事に慣れていない自分の心をよく分かっている。誉められるのも嫌いだ。叱咤されるのもするのも、泣く事も、大袈裟に喜ぶのも。剥き出しの感情。感情の表われが、ひどく卑俗的な気がする。
 テレビ、漫画、ゲーム。多くの人の感受性に影響を与えるエンターテイメントメディアの多くは、突発的衝動的感情・行動を美化する。泣き叫ぶ女、狂喜に猛る男、衝動が犯した罪、そして罰、狂った生と死。メディアはそれらを単純化そして記号化して複製、蔓延させる。
 最近ベストセラーになった長編小説は、登場人物の豊かな感情の描写と、過激なストーリー展開が話題になっていた。映画化され、その後テレビの邦画劇場でも放映され、高い視聴率を打ち出した。社会現象とまで囁かれた。
 読者層から外れている尚人にも、凄まじい出版社のマシンガン宣伝と巷の風評のみでその内容は大方把握出来てしまった。恋愛ごっこに狂った男女の、いわゆる…そういった内容のものだ。
 ―――気持ち悪いよな
 テレビで流れた番宣を見て呟いた尚人の一言だ。背中に虫が這うようなむず痒さが走り、羞恥心まで沸き上がってくる。耐え兼ねてチャンネルを変えた。そういう愚かな部分を曝け出した自分を垣間見せる事が許せなかった。
 先週、そして今日の「失態」……。
 教師や生徒達が自分に向ける目、声…
 狼狽、心配、好奇…思い出すと背筋が震えた。
 そして、怖かった。
「……やめよう……」
 ふと沸き上がった僅かな恐怖感に背を押されて、尚人は駆け足で帰宅路を急いだ。
 夕方には彰人が帰宅する家が、無性に恋しかった。
2006.05.31.Wed/00:59
| BLOG TOP |

お知らせ

  • WEB拍手やご意見ご感想へのお返事は、BBSに記載しております。

管理人へ連絡


お気軽にお声がけ下さい
ID= eishika_yieza


ご意見ご感想はこちら(BBS)
ご意見ご感想はこちら(FORM)
メールはこちらから

参加中



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。
よろしければご感想をお聞かせ下さい。
私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。

プロフィール

北野ふゆ子

Author:北野ふゆ子
> 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。 得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。

ブロとも申請フォーム

リンクリスト

ブログ内検索


CopyRight 2006 北凪 All rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。