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  逆拘 第2話 
逆拘 2

 

 

イルカは、武器を携帯していない。

だが、そんな事はカカシにとって何ら有利な条件とはなり得なかった。

 

向かい合って距離をとる二人の忍。

 

沈黙が流れ、代わりに森からの風が吹きつけてくる。

 

まず、何とかしてイルカの気を失わせることが出来れば・・・。

カカシは思索を巡らす。

首の後ろ、またはみぞおちに一打を叩き込めば、それは簡単にできる事だ。

 

(だがなぁ・・・・)

今のイルカの懐に、そう簡単に入り込めるか・・・。それはまた別の話だ。

 

 

だが、

最悪の事態だけは、命を賭けても、

避けなければならない・・・。

 

 

ザッ・・

砂煙をあげて、カカシが地を蹴る。

直線上にいるイルカに向かい、一気に距離を縮めて突っ込んだ。

初めて仕掛けてきたカカシにイルカは表情を変える事なく、最小限に身体を横に翻し、攻撃を避ける。

そこをめがけ、カカシは左手刀を閃かす。

首筋を狙ったその手首をイルカが掴む。

それを軸にカカシは体勢を変え、イルカの背後に回りこんだ。

右手でカカシの手首を掴んでいるイルカは、空いた左の肘を、背後に打ち込む。

 

それを寸手でかわしたカカシが、体がわずかに左に傾き、一瞬がら空きになったイルカの左脇腹めがけて右肘を振りぬく。

 

「!」

 

だがとっさにカカシの左手首を離したイルカは、右に体を回転させると同時に重心を落とし、カカシの足元を払おうとする。

カカシは上に高く飛んでそれを避ける。

そして宙空で、印を結んだ。

「あ、あれは・・・?」

サクラが呟く。

「竜の印・・・水遁の術だ」

サスケが答えると同時に、

イルカの周囲に水の三重輪が立ち昇り、イルカを取り囲んだ。

イルカが空中を見上げると、

「!」

カカシの姿はそこにはなく・・・

一瞬のためらいを見せたイルカに、水牢が距離を縮めて襲いかかる。

イルカは印を結んで口の中で言霊を唱えた。そしてその場に片膝をつき、拳を地面に突きつける。

その一転を中心に、地面に青い閃きが輪を描いて広がった。

「!?」

その輪は凄まじい勢いの青い炎へと姿を変え、イルカを捕らえようとしていた水牢をつき崩した。

「っ・・!」

水牢に身を隠し、背後からイルカを狙っていたカカシの体にも、青い炎が襲いかかる。

衣服と髪が焦げる音が、耳元で聞こえた。

「炎が青い・・・」

一気に戦闘が激化した様子に言葉も無くしていたナルトが、無意識に呟く。

以前、イルカから習った事が、ぼんやりと思い浮かんだのだ。

同じ術にもレベルがあって、例えば同じ火遁の術でも、炎の色が青い方が威力が強い・・・云々。

青い炎の中心。熱風が、イルカの後頭部で結んだ髪を揺らす。青い閃光。なぜかそれが美しい海の青にも見えた。

 

「カカシ先生は!?」

とサクラ。

炎に飲み込まれたカカシの姿を探す。

すると、

 

「!」

 

イルカのすぐ下から気配。

イルカは地面についていた手をとっさに離すが、

一瞬早く、地面からつきだされたカカシの手が、イルカの手首を掴む。

そして一気に姿を地中から現したカカシが、イルカのみぞおちめがけて掌打を叩きこんだ。

「っぐ・・・!」

イルカは右手を掴まれたまま一歩、後ろによろめいた。とっさに地面を蹴っていた為、完全には入っていなかったのだ。

「・・ちっ・・・・」

カカシは掴んだイルカの右手をすかさず強く引き寄せ、今度は首筋を狙う・・・

だが、

今度はイルカが地面を蹴り、カカシに体当たりするように懐に飛びこんだ。

二人の体が地面に転がり、砂煙が上がる。

そして再び、弾けるようにお互いが飛びずさり、距離をとる。

 

 

「鼬ごっこだな・・・このまんまじゃ・・・」

サスケが目を細める。

「中忍ってのは・・・ああいうものなんか・・・・・・?」

 

向かい合い、また距離をとり、尚お互いを探る両者。

 

息を切らす様子は無いものの、衣服を少々砂と焦げ跡で汚したカカシが、同じく砂で汚れかかったイルカを見やる。

(何故こんな奴が中忍なんだ・・・・・・)

動きの一つ一つ、技の一つ一つ・・イルカのそれは確かに、カカシに比べなんら飛びぬけて勝る部分はない。

なのに、

この戦いにくさはなんだ・・・・

単に、情の問題だけではない。

先読みが困難なのだ。

「忍者なら、裏の裏まで読め」

これはカカシがよく生徒に言って聞かせる言葉だが、

自分が裏の裏の裏、更に裏を読んでも、一枚更に裏を読むような相手もいるのだ。

それが、この「中忍」なのかもしれない。

 

意識を操作されているとはいえ、戦いは本能だ。

この戦い方は、操られた故のものではない。

 

まぎれもなく、元特工隊員との噂を耳にした者の戦い方そのものだった。

 

必要最低限の条件で最大の効果を上げる。

それが、噂に聞いたイルカの現役時代の評価だった。

 

彼を平凡だと評価する人間は多い。

 

だが、彼を無能と評価する人間は、

 

 

皆無だった。

 

 

 

 

 

「・・・なかなか決着がつかないじゃない・・・」

再び沈黙が走る森の広場。サクラが小声で呟いた。

胸の前で固く握った両手の平は、じっとりと汗ばんでいた。

「まずいな・・・敵は、共倒れを狙ってる・・・」

二人に目を向けたまま、サスケが答える。

「先生達が疲れて相打ちになるのを、待ってるって事?」

「どうすんだよ、それじゃあ」

ナルトがサスケを振りかえる。

サスケの代わりに、サクラが呟く。

「まずイルカ先生を止めない事には・・・対策がないわよね・・」

一度サクラを振り向き、ナルトは再びイルカ先生に視線を戻した。

あれだけ上忍のカカシ先生とやりあっても尚、疲労した様子を見せない。

ナルトは複雑な思いを募らせる。

-あんだけ戦えるんだったら・・・なんでミズキ先生くらい倒せなかったんだってばよ・・・・

下唇をギュッと噛む。

「・・・・オレ、先生を止められるかも・・・・」

「何言ってるのよ。イルカ先生強いじゃない」

慌ててナルトの袖を掴んで引きとめるサクラの傍らで、サスケが無言でちらりと一瞥する。

「一人で無理なら八人で・・・ってわけか?」

「あ・・・」

サスケの小声に、サクラが呆けた形に口を開いた。

影分身の術・・・。

かつて、カカシ先生の背後をとった、あの術である。

「とりあえず、イルカ先生の意識はカカシ先生に向いてるから・・・それを利用すれば、なんとかなるかも・・・なんて、考えてる?もしかして・・・」

サクラは、いまだ向かい合ったまま身じろぎしない二人を指差す。

「うん」とナルトが肯く。肩越しにサスケも振りかえる。

・・・やってみるしかないようだ。

 

 

 

 

イルカと向き合ったまま身じろぎしないカカシは、だが懸命に森の中の気配を探っていた。

おそらくイルカに掛かっている術は、術者が死なない限り解けることはない。

だとすれば、術をかけた張本人は決して姿を現さないだろう。

自分とイルカが相打ちとなるか、カカシが疲れ果てるのを辛抱強く待つ作戦だ。

 

・・・森に戦いの場所を移すか・・・。

横目で森を一瞥する。

だが、森の中では敵の姿を確認できていない自分が不利だ。しかも、イルカに及ぶ危険性は高くなる。

 

ざっ・・・

 

「・・・・」

一歩、イルカが踏み出す。

カカシは、その場を動かず、身構える。

一歩、また一歩、イルカはカカシに歩み寄る。

その眼は、相変わらず何の感情も宿していない。ただ一点、カカシの眼を見据える。

少しずつ、イルカが近づく。

「・・・・」

カカシは、一瞬、腰に差してあるくないに手を伸ばしかけ、そしてその手を引っ込めた。

そのためらいの瞬間に、

 

「!」

 

イルカの目の前に、つまり、カカシとイルカの間を割って、

「お前ら・・・っ!」

「さー来いイルカせんせーっ!!」

サクラ、サスケ、そしてナルトが三人並んで姿を現した。

カカシは驚くよりむしろ呆れたように眼を見開く。

「おいおいおい、お前らなぁ・・っ」

カカシが後ろからナルトの首根っこを掴んで引き寄せる。

イルカは、足を止めずにまだゆっくりとした足取りで近づいてくる。

子供達など視界に入っていないようだ。

「まあカカシ先生、見てなってばよ」

カカシに襟を掴まれたまま、ナルトが「ニシシ」と笑う。

「見てろって・・・あっ!コラ!」

カカシが止めるまもなく、サクラとサスケが、イルカに向かって駆け出したのだ。

「バカ!やめ・・」

ナルトを後ろに放りだし、カカシはサスケとサクラを捕まえようととっさに手を伸ばす。

だが、後ろからナルトに裾を引っ張られ、とりのがす。

同時に向かってくる二人の子供に、初めてイルカの鋭い視線が向けられた。

両膝の横にあった両手を、攻撃の形に構える・・・。

「叩き殺されるぞ・・・っ!」

寸前に、イルカの背後にナルトの影が二つ、現れた。

「!?」

気配を感じ、イルカが後ろを振りかえる。

その隙に、サクラがイルカの足にしがみつき、サスケが横に回る。

二人のナルトは、後ろからイルカの足にしがみついた。

そして、サスケがイルカの背後に周り、背後からしがみつく。

イルカの動きが止まった。

だがそれもつかの間、

「!」

イルカの体が一片の木片に姿を変えた。

「ナルト!」

サクラが叫ぶ。

一瞬の内にサスケらの背後に身を移していたイルカの実体。だが、更にその頭上には、

「!?」

三人のナルト。

上から降りかかるように、三人のナルトがそれぞれイルカの肩、腕、腰にしがみついた。

「くっ!」

しまった、とばかりにイルカの口から舌打ちが漏れた。

そしてすかさず、残りのナルトやサクラがふたたびイルカの足を掴む。

「・・・・前に俺がナルトにやられた作戦じゃねーか・・・」

傍らにいる六人目のナルトにボソッと呟くと、カカシは動きを止められたイルカに向かい、地面を蹴った。

この隙に、イルカのみぞおちに・・・。

 

カカシの動きに気づき、イルカは目を見開いた。

 

「!」

 

その瞬間に発せられたイルカの気配・・・。

 

 

そして次の瞬間、白い光が閃いた。

 

 カカシの眼が見開かれる。

「離れろっ!」

カカシの叫びが飛んだ。

 

生存本能か、恐怖への無意識か、サクラはとっさにイルカの足から手を離し、サスケはサクラと二人のナルトの襟を掴んで後ろに飛んだ。

「きゃあっ!!」

「うわっ・・!」

網膜を焼くほどに明るい光が、辺りを一瞬包み込んだ。

それと同時に子供達やカカシの体を襲う、衝撃と痛み。

子供達の軽い体は地面に沿って飛ばされ、両腕で顔を防御しなんとか踏みとどまったカカシも、全身に重みを感じた。

 

白い光は一瞬にして引き、世界はまたいつもの光景に戻った。

まだ網膜に、チカチカとした光が飛び交うが、目をこすって辺りを見まわす。

 

「な、何?今の・・・」

とっさに起き上がったものの、ショックの大きさを隠しきれずに戸惑うサクラの声。

 

カカシ達の視界の中には、何事も無かったかのようにこちらを見据えるイルカの姿。

 

「あのままイルカ先生にしがみついてたら・・・・どうなってたか分からなかったぞ、お前ら・・・」

覆面の下から、カカシの低い声。

「どういう事だ?」

立ちあがってサスケが問う。

「・・・・三代目・・・やはりまだ色々と隠してる事があったか・・・・・・・・・・」

サスケに応える代わりに、カカシの独言。

「・・・え?」

とナルト。

 

カカシは、意を決したようにさらに目に鋭い光を宿すと、腰からくないを取りだした。

 

「か、カカシ先生っ・・・・!」

サクラが息を飲む。

 

「・・・・・」

 

「な、何考えてんだよ先生・・・・」

術を解いて一人になったナルトが、カカシの手に握られた数本のくないに気づき、眉をしかめる。

 

「・・・お前達が何とかしようとしているのは、よく分かる・・・」

上からナルトとサスケの頭をぐしゃぐしゃと掻き撫で、カカシが目を細める。

 

「だけど、分かっただろ・・・?今のイルカ先生は、お前達が知っているイルカ先生じゃ、ないんだ・・・」

 

言い終わると同時に、カカシはくないを顔の前に構えた。

 

 

その目は、

 

 

 

 

もう笑っていなかった。

 

 

 

続く
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2006.04.15.Sat/00:17
  時計屋の主人 
時計屋の主人

 わたくしは、ロックアックス城下町にて時計屋を営んでおります。姓をドルレージ。名は曾祖父の名を受け継ぎドミトリアンと申します。随分とたいそうに大袈裟な名前ですが、しがない下町の古い時計屋でございます。

 ただ、我がドルレージ時計店伝統の自慢というのがございまして、それが小さいながらも潰れずに100年以上も続いてきた所以です。まあ、そのような老舗看板も今では流行らないのか、知る者は少ないのですが。
 そうそう。我が時計店の自慢でございますね。
 工業化の進むこの時代において様々な物が大量生産、効率化向けに作られる中、我が時計店はあくまでも職人技にこだわっております。
 宝石装飾の技術を取り入れ、機能はもちろん、装飾にこだわっております。優美なご婦人にはバラをあしらった華やかなものを。生まれてくる息子への贈り物だという若い父親には、騎士をあしらった威風漂うものを。それぞれの御客様に合わせて世界に二つとない時計を作ります。
 その技術をかって下さる御客様の中には、宝石修理などを頼んでこられる方もいらっしゃいます。むしろそちらの注文の方が多い時もございます。
 
 私ももう還暦を迎えまして、そろそろ息子にこの店を…と考えおるのですが、息子は現在グリーンヒルのアカデミーで装飾技術の講師をしておりまして、教職の仕事が性に合っているのか、もう少しだけ待ってくれとせがまれました。
 ま、今のままでも十分、隠居生活同様に安穏とした日々なので、私としましては息子にこの店を継いでくれる意思がある事が分かっただけでも、十分でございます。

 とまあ、そのような調子で本日も、平穏な朝が来まして、私はいつも通りに朝食を済ませた後、店のカウンターに座り御客様から頼まれましたブローチの修理を行っております。このブローチがまた美しい代物でして、赤い宝石の淵を彫り物をほどこした貝殻で装飾してあるものなのですが、そこに彫り込まれているのは、絵本に現れるような麗しい王子様です。
 また話が逸れてしまいましたね。失礼。
 何事もなければ、このまま時が過ぎ、昼を少し過ぎたあたりに常連の御客様が一人、二人ほど御顔を見せに伺って、少したわいもない御話をした後、そのまま閉店の時間になるのでしょう。
 そのようなことを考えながらブローチに宝石をはめ込んでおりましたら、

 カランカラン

 と店の扉に飾ってある鳴鈴がお客様のご来店を知らせます。
 はて、このような時間に珍しい。傍らの装飾時計を見れば、まだ昼前。私の店は東向きにあるため、この時間は東からの太陽が登りきらない為に店の入り口からいっぱいの光が差し込むのでございます。
 その光の中に現れたのは、この店の客としては珍しい長身の影でした。
「いらっしゃいませ」
 眩しさに目を細めながら私がお客様に挨拶致しますと、長身の影は丁寧な物腰で会釈を返して下さいました。
 はて、これは恐らく高貴な身分の方に違いないと直感致しました。
「こちらは、ドルレージ時計店でしょうか?」
 開いた扉と店の入り口の境に立ったままのお客様の声。柔らかいテノールです。
「左様でございます。ささ、どうぞ中へ」
「良かった。失礼」
 安堵した声と共にお客様がドアを閉めました。外から溢れてくる光がドアに遮られて、ようやくお客様の御姿がはっきりと見えるようになりました。
「貴方は…」
 いやはや。
 驚きました。
 そこにいらしたのは、さきほどまで私が修理をほどこしていたブローチの王子様のごとき、麗しい青年が立っているではありませんか。琥珀色の髪、瞳、やわらかな笑みを湛えた面持ち。そしてその麗しさに相応しき華麗な深紅の装束。
 おや。
 あれは騎士様の御洋服ではありませんかな。
 しかも、かなり位の高い御方の。
「カミューと申します。お忙しいところ、突然申し訳ありません。ですがどうしても貴殿にしか頼めない事で」
「光栄にございます。カミュー様。なんなりと」
 私は内心の動揺を表さぬよう、いつもの笑みでお答え致します。
 そう。思い出しました。
 つい先月、新しい二人の騎士団長様が誕生なさったと。ずいぶんと城下町でも祝典や祭が行われて騒いでおりました。特に若い女性がいつにないはしゃぎ様だったと思います。
 なんでも新しい団長様達は今までに例のない若者だとか。
 新しいマチルダの時代の幕開けだと、年寄り達も口にしていたのを思い出しました。
 その一人、確か新赤騎士団長様の御名前はカミュー様、その方が今、目の前にいらっしゃるのです。
「そう仰って戴くと心強い」
 まだ初々しさが残る笑みを浮かべてカミュー様は、懐から何かを取り出しました。大切そうにレースのハンカチーフで包まれたそれをカウンターに置き、広げていきます。
 そこにあったのは、懐中時計でした。
 かなり古いものなのでしょう。銀の鎖はところどころくすみかけておりますが、大切に御使い下さっていたのは分かります。
 何より、私はこの時計に見覚えがございました。世界に二つとない時計の装飾。自分で行った仕事の成果を忘れる事はございません。恐らくはこの店でご注文された品なのでしょう。
 ただ、時計蓋と文字盤が、目に痛々しいほどの大きな傷がついており、盤全体が歪んでしまっておりました。これは、落とした程度でつくものではありません。
 私が顔を上げますと、カミュー様はその双眸に悲しげな影を落として仰いました。
「それは、私の友のものです。とある理由でそのようになってしまって…、裏に彫ってある判から、貴殿の作品だと聞きつけました」
 そう。この店の全ての作品には、この店伝統の匠判を彫らせて戴いております。裏を見ますと、確かにそれが。
「その通りでございますね」
 私が答えますと、
「是非、是非直して戴けないでしょうか」
 とカミュー様は若干身をカウンターに乗り出して仰いました。
「ですが…」
 失礼して私はその懐中時計を手にとりました。
「この状態ですと…完全に元通りに……という事はできませんが。何せこの店の作品は全て、世界に二つとない異なった装飾を施しております故、装飾の型版などを置いておりません。貴方のお友達のお気に召すように作りなおせるかどうか」
「そうですか……」
 どうしよう、とカミュー様。
 よほど大切なお友達の品なのでしょう。そうでなければわざわざ、騎士団長たる人物がお一人でこのような場所に訪れるはずがありません。時計の裏にある匠判も、一目ですぐにわかるものではありませんし、恐らくは懸命に調べてここをつきとめたのでしょう。
「それでは、鎖を付け替え、時計の機械部分をまず直すとしましょう」
 私は一つ、提案を差し上げる事にしました。
「装飾などにつきましては、貴方のお友達にお伺いしてから手をつける事に致しましょう」
「そうですね」
 途端、カミュー様の表情が明るくなりました。
「本人に、ここに来させます。きっと、喜ぶと思います」
「修理は三日もあれば終わりますが、その頃と考えて宜しいでしょうか?」
「三日……」
 形の良い顎に指先を当てて、カミュー様はしばし思案されます。
「一週間…後くらいに伺っても、ご都合よろしいでしょうか?」
「ええ。大丈夫です。いつと言わずに、いつでもお友達のご都合に合わせてお越し下さい。綺麗に直して、お待ち申し上げております」
 再び、カミュー様の相貌が安堵に和らぎました。本当に、このお方のお顔は一挙一動すべてが麗しく、絵になります。特に今。愛しそうに壊れた懐中時計を眺めるこの表情が、特に美しく見えます。時計を通して大切なお友達の事を思っているのでしょう。

 お友達は大変な幸せ者ですな。

 それからしばし、雑談などを交わされてカミュー様は店を後にされました。光の中へと再び姿を消していったカミュー様。寂れた部屋の中は、しばらく華やいだ空気に包まれておりました。
 カウンターの上に置かれた懐中時計を、私は再びレースで綺麗に包みました。



 そんな突然の出来事から一週間と二日ばかりが過ぎました。
 カウンターの隅に置かれた小さな宝箱。その中に、カミュー様からお預かりした時計が入っています。もちろん、鎖をつけかえ、時計盤も完璧に治っております。あとは、訪れたカミュー様のお友達の方がご来店いただき、お好みに合わせた装飾をほどこすだけです。
「ここのところ機嫌が良いな」
 茶飲み仲間に先日、そう言われました。
 そうかもしれません。
 あのカミュー様のお友達がいらっしゃるとなれば、嫌でも楽しみと言わざるを得ません。
 どのような方なのでしょうか。
 騎士団のご戦友。
 または、可愛らしいお嬢さんが姿を現すのでしょうか。
 息子が初めてガールフレンドを連れてくると言った時の気持ちのようでございます。

 …また、余談となってしまいましたね。
 失礼。


 カランカラン

 昼を少し過ぎた時間。
 扉の鳴鈴が私を呼びます。
 もしや?
「いらっしゃいませ」
「父さん、久しぶり」
 現れたのは、息子、アレクシーでございます。
「何だ。お前か」
 もちろん嬉しくない訳ではありませんが、私はいつもつい、このようにして息子を出迎えてしまいます。
「何だは無いだろう?ひどいなぁ。久しぶりに帰って来たのに。でもそう言うと思って、今日はアンネルとリリとクレシュも一緒だよ」
 いつもの事なので、アレクシーは苦笑しながら店の中へとやってきます。その後ろからアレクシーには勿体無いよく出来た嫁のアンネル。そして幼い私の孫二人が、アンネルの手に連れられています。
「ごきげんよう。お義父様」
「おじーちゃま」
「おぉ、リリにクレシュ」
 親馬鹿ならぬ孫馬鹿でございましょう。やはりどんなに偏屈でも、孫には敵いませんな。
「久しぶりに、外に食事でもしに行かないか?」
 とアレクシー。
 ですが、私は店を空けるわけには参りません。カミュー様のお友達がいつご来店されるか分かりませんでしょう?私の返事が遅い事に、アンネルが事情を察したようです。
「お客様がいらっしゃるのですか?」
「実はそうなんだ。大切なお客様でね」
 リリとクレシュが少し悲しそうに私を見上げますが、ここは我慢です。
「そう。いつ頃?」とアレクシー。
「さあ。今日か明日か明後日か…」
 私の答えにアレクシーが呆れたとばかりに目を丸くしました。アンネルも驚いて顔を見合わせております。私は変人呼ばわりされる事には慣れておりますので、気にしてはおりませんが。
「では、私がお昼ご飯とお菓子を作りますわ」
 とアンネルが私に笑みを向けます。
「だから、ここで皆で、おじいちゃまと一緒にお客様をお待ちしましょうか」
 子供達が歓声を上げて「お手伝いするー」と台所がある奥の方へとかけて行きました。

 本当に、よく出来た嫁でございます。

 店のカウンターには私とアレクシーが残されました。
「その大切なお客様というのは、どんなお客様なんだい」
 静かになった店の中。カウンターの上に置かれた工具を何気なく触りながらアレクシーが呟きます。私はカウンターの宝箱から、レースにつつまれた例の時計を取り出しました。
 アレクシーはその何も装飾のない状態の時計に酷く驚いたようです。
「飾りはまだこれからなんだよ。そのお客様がいらしてから、ご相談を受けるんだ」
「でもいつになるか分からないんだろう?」
 変わったお客様だと付け加えてアレクシーが立ちあがりかけた時、

 カランカラン


 本日二度目の鳴鈴です。
「「いらっしゃいませ」」
 私とアレクシーの声が重なりました。
 
 そのお客様がいらっしゃった。
 私は直感で分かりました。

 光が溢れる扉の向こうから伸びてくる、長身の影。カミュー様の時より長く、若干大柄な影でした。
 そして、まず目に入ったのは、カミュー様の深紅と対照的な、鮮やかな海の深蒼。
 隣で、アレクシーも「あ」と驚声を漏らしたのが聞こえました。
「お忙しいところ申し訳ない」
 と、深いテノールと共に扉が閉められ、我々の前に姿を現したのは、青騎士団長の制服を身に纏った、青年でした。
 黒髪にブラウンが混ざった精悍な瞳。ロックアックス人特有の白い肌が青い制服のせいか、更に白く見えました。だが女性的に見えないのは、凛々しい眉と双眸、そして口元と、その真直ぐ伸びた長身と堂々たる姿勢故でしょう。
 彼も、先月団長に就任したばかりの、
 お名前は確か…、
「マイクロトフと申します。先日、カミューという者がこちらに何かを預けていったと思うのですが」
 そう。マイクロトフ様。
 何と言うことでしょう。
 これでこの十日のうちにこの店にマチルダの両騎士団長様が足をお運びになった事になります。
「はい。承っております。どうぞこちらへ」
 内心の興奮を足元にふんずけて、私はいつもの笑みでマイクロトフ様を、カウンターの前の椅子へとお迎え致しました。
「失礼する」とアレクシーにも会釈を向けて、長い両足がカウンターの方へと歩みよります。
「…?」
 その足取りに、私はつい首を傾げました。
 微妙に、びっこを引いているのです。どこかお怪我をなさったのでしょうか。それに気がついて改めてマイクロトフ様を観察してみれば(本当は失礼なことですが)、右手の白い手袋に対して左手は、素手に白い包帯を巻いた状態でした。
「お客様がいらっしゃいましたの?」
 奥からアンネルの声がします。ぱたぱたと軽い足音が近づき、
「お客様も、お茶をいか…」
 とアンネルが顔を出しました。
 マイクロトフ様におどろいたのでしょう。語尾が間の抜けたように途切れてしまっておりました。
「あー、騎士様!」
「青い騎士様だ!」
 すぐ後ろから今度は孫達の声です。
 店の中が突如に騒がしくなってしまいました。
「こら!も、申し訳ございません」
 アンネルが慌ててマイクロトフ様の方に駆け寄ろうとした子供達を後ろから捕まえて留めます。中々よい反射神経…と、それどころではございません。せっかく来て戴いたのにこのように騒がしくては……。
 しかしマイクロトフ様はまずアンネルにご婦人に対する会釈をみせ、そしてその場に片膝をついて孫達に視線を合わせると、
「マイクロトフだ。よろしくな」
 とクレシュの頭を撫で、リリの小さな手を取りキスをされました。さすが騎士様。リリは頬を染めて無邪気に喜んでいます。
 すっかり恐縮して言葉を無くしてしまったアンネルとアレクシーを余所に、私は改めてマイクロトフ様に椅子をすすめました。
 すでにカウンターの上に置かれたそれに目を留められたマイクロトフ様の双眸が驚きに見開かれました。
「これ……は……」
 何故ここにこれが? とでも仰りたいような戸惑いの色を双眸に表し、恐る恐る時計を手に取られました。
「すっかり直りました。後は装飾をつけるだけです」
「直……った?」
 何やらお話が通じていないご様子。
 私はとりあえず、正直にお話する事に致します。
「ええ。だいぶひどく傷がつき、歪んでしまっていたので」
「…………」
「これは、マイクロトフ様の時計と伺ったのですが?」
 眉目に影を落とされたマイクロトフ様は、ですが私の問いに顔を上げて笑みを見せてくださいました。
「これは、二十年前に母がここで購入したものです。その時、俺も一緒だったらしいのですが、覚えていなくて」
 マイクロトフ様のそのお言葉に、私の脳裏に光が灯されました。
 そう。
 私は、自分の作品を決して忘れない。そして、その作品を作り上げる時に想ったお客様のことも。
 マイクロトフ様のお顔を間近で見て思い出しました。店にやって来られた、黒髪の女性。目立つような美人というのではなく、たおやかで清潔的な雰囲気のお綺麗な方でした。
 確かに、彼女の片手には、彼女の美しい黒髪と同じ、黒髪の幼い少年の手がつながれていました。無口であまり喋りませんでしたが、利発そうな少年でした。
「おお……あの時の…」
 私は懐かしさのあまり、何度も頷き返してしまいました。
「騎士団に入団する時に、守りにと、母から譲り受けて以来、ずっと身につけていたのです」
「そうでしたか」
 ほう、と後ろの方からアレクシーの溜息が聞こえてきました。少しはこの老いぼれの事を見なおしでもしたかと期待したいところです。話しの区切りと見て、アンネルもお茶の用意をしに奥へと戻っていきました。子供達は、部屋の隅にある椅子にちょこんと腰掛けて、マイクロトフ様をずっと眺めています。
 話しの区切りがついたところで、
「失礼ですが…」
 私は、ずっと疑問に思っていたことを打ち明けることにしました。
「カミュー様がこの時計を持ってこられた時には、時計蓋に酷い傷がつき、文字盤も歪んでおりました。一体…、どうなされたのですか?そう滅多なことでは…」
 すると、それと分かるくらいに、マイクロトフ様の双眸に悲しい影が落ちました。自らを恥じるように。
「申し訳ない…。恐らく多分それは……」
 といいながらマイクロトフ様は包帯がされた左手をカウンターに乗せられました。
「先日、辺境査察の任務に当たっていて、不覚にも魔物の群れに隊の背後を突かれました。その戦いの時におそらく時計が」
「魔物!?」
 子供達の声がマイクロトフ様の言葉を遮って響きました。
「大人しくしていなさい」
 アレクシーに注意を受けて子供達は身をすぼめて大人しくなってしまいました。
「魔物と戦いになられて……お怪我をなさったのですね?」
 痛々しい包帯に私が目をやると、少し恥じらいを含んだ苦笑でマイクロトフ様は頷かれました。
「三日三晩、意識が無かったようです。未熟でお恥ずかしい」
「……」
 ちょうどお茶を運んできたアンネルが絶句する。
「という事は、マイクロトフ様はこの時計をどこに装着なさっていたので?」
 私の質問にきょとんと子供っぽく目を丸くされて、マイクロトフ様は自らの左胸に手を当てられます。
「首にかけて、内側の胸ポケットに」
「そうでございますか」
 脳裏で蟠っていた謎が全て氷解致しました。
 カミュー様が数日前にこの壊れた時計を持ってきたこと。一週間以上経ってから現れた、お怪我をなさった様子のマイクロトフ様。
「それはきっと、この時計がマイクロトフ様のお命を守ってくれたのでしょう。お母上が守ってくださったのですよ」
「…………」
 マイクロトフ様の瞳が真直ぐに私を見つめます。私が満面の笑みと頷くと、マイクロトフ様は左手を左胸元に添えました。
 恐らくは、そこに酷いお怪我をされたのでしょう。寸でのところでこの時計が命を救ってくれたのだと、思い出しているのかもしれません。
「カミュー様が、それはご熱心に私にこの時計を直してくれと懇願されました。一週間以上前の事ですから、マイクロトフ様が意識不明で臥せっておられた頃ですね。マイクロトフ様の御快復を真剣に願うお心故でしょう」
 マイクロトフ様を救ったこの時計を直せば、マイクロトフ様が目を覚まされるのではないか。そんな神か藁でも、この際この町外れの時計職人でもいいからすがりたいという健気なお気持ちが、ひどく尊いものに感じられます。
「…………」
 マイクロトフ様は、時計を見つめて無言です。整った口元が、溢れる感情を堪えるように唇を噛んでいます。泣き出すのを我慢している幼い頃のアレクシーやクレシュのようです。
 カウンターの端に座っているアレクシーも、先ほどからマイクロトフ様のご様子を見つめたまま、言葉を無くしています。
 お茶を載せた盆を持ったままのアンネルも、背中で感じられる雰囲気から、恐らくは同じようにマイクロトフ様を見つめたままなのでしょう。騒がしかった子供達でさえ、肩を寄せ合って青い騎士様のお顔を覗き込んでいます。

 やれやれ。
 やはり騎士団長様といえ、
 私のような年よりからすれば、やはり愛らしい子供と一緒ですな。

「さて」
 私はカウンターの引き出しからスケッチブックとペンを取り出しました。
「…?」
 ようやく顔を上げたマイクロトフ様に、
 私は満面の笑顔を向け、こういいました。

「さて、マイクロトフ様に最もお似合いになる装飾をおつけしますよ」


 わたくしは、ロックアックス城下町にて時計屋を営んでおります。姓をドルレージ。名は曾祖父の名を受け継ぎドミトリアンと申します。随分とたいそうに大袈裟な名前ですが、しがない下町の古い時計屋でございます。

 本日も、お客様のために世界に二つとない時計をお作りしております。




END
2006.04.25.Tue/19:41
  破壊者 


 それらはまるで、怒涛たる波動。

 小高い丘から姿を現した鮮やかな青の集団。
 豪快に翻る三色の軍旗は、誇り高き軍神の母、マチルダの紋章。
 一糸乱れぬ扇形の隊列を成したその先頭に立つ黒髪の青年が、高らかに名乗りをあげた。

「我はマチルダ騎士団青騎士団長マイクロトフ!傭兵部隊ビクトール殿に加勢いたす!!」

 この広い戦場で、
 雑伐然とした中で、
 青年の稟声は力強くそして鮮明に響き渡った。
 その一瞬だけ全ての者が言葉をつぐみ、場が静まったような気がした。
 青騎士団長マイクロトフ。凛と伸びた姿勢、その堂々たる構えは音に聞こえるマチルダの軍神そのもの。
 新同盟軍傭兵部隊を率いる将軍格の一人、ビクトールはその時にそう感じていた。

 青年は腰に差した大柄な剣を抜刀すると、自らが率いる数百の騎士達の先陣を切るべく手綱を引いた。
「続け!」
 そして一気に丘を駆け下りる。
「オオオオオォッ!」
 それに続き大地を揺るがすかのごとく男達の鬨が天を突き、怒涛たる波の如く混乱する戦場の中へと雪崩れ込んで来た。
「援軍だ!」
「騎士団の援軍が来てくれた!」
 強制撤退寸前にまで追いこまれていたミューズ防衛軍らはまるで救世主かの如く登場した援軍に沸き立った。
「すっごぉーい!カッコイイ!」
 ビクトールの横で不慣れな馬をなんとか扱い闘いに参戦するリュー、そしてナナミも無邪気に声を上げる。

 形成は一気に逆転した。
 青騎士団長と名乗った青年を先頭に、青き騎士達は次々とハイランド軍勢を退けていく。個人個人の戦闘能力の高さもさる事ながら、見事な連携と統率力は実数より遥かに上回る戦闘効力を生み出している。
「勝てるかもしれないぜ!!」
 ビクトールの言葉にミューズ防衛軍の誰もが、圧倒的条件不利だった戦の勝利を垣間見かけた。
 直後、
「見ろ!」
 フリックの声に振り向けば、
 先ほど青騎士団らが姿を現した丘の頂上から、今度は深紅の軍勢が姿を現したのである。
 マチルダ騎士団、赤騎士団。
 その戦闘に立つのは、赤騎士団長の青年。
 深紅の装束に引き立つ琥珀色の髪が風になびくその姿は、軍神の母と呼ばれる女神マチルダのあらましそのもの。

 勝てる
 希望は確信に変わった。

 だがそれが束の間の事であると、その直後まで誰も知り得ぬのである。

 
 突如、マチルダの騎士団達は戦線を撤退した。
 
 それによりミューズは陥落。
 傭兵部隊の負った傷は、深いものとなった。








 マチルダ騎士団の一部が新同盟軍に加盟する。
 軍師シュウの言葉に、新同盟軍の兵達はざわめいた。
 中には舌打ちをこれ見よがしに聞かせて罵言を吐き捨てる者もある。
「俺達を見捨てて尻尾巻いて逃げた騎士団だろ?」
「何をいまさら!」
 そんな声がざわめきの間から聞こえた。
 壇上にたつ盟主リューは、表情を変えずに淡々と報告を述べていくシュウを横目で眺める。表情を曇らせる少年の様子を、「腐れ縁」と周囲から不本意にも呼ばれている二人の青年がこちらも曇った表情で見つめていた。
 フリックとビクトール。
 傭兵部隊を組織した彼らは現在、新同盟軍内にて兵士、傭兵らを指揮するいわゆる「将軍」的立場にたっていた。

 騎士団との同盟を提案すべくロックアックスに旅立っていた盟主リュー、ナナミ、ビクトール、そしてフリックら一行は、そこで驚くべき光景を目にした。
 マチルダ騎士団の頂、白騎士団長ゴルドーに同盟を退けられるも、その意向に激しく反発した青騎士団長と赤騎士団長が彼らの前で騎士団脱退を明言。騎士の証エンブレムを投げ捨て、新同盟軍盟主リューに誓いを立てたのだ。それだけではなく、彼らを慕い、そしてゴルドーに同じく反感を抱いていた騎士達も次々と脱退。両赤青騎士団長と共に同盟軍入軍を希望してきたのである。
 その数、約一万。
 現在、ロックアックスより脱出した騎士達は、本拠地付近の村にて待機中である。迎え入れる準備をするため、リュー達一行が先に帰還したのだ。
「士気が多少下がろうが反発を買おうが、離脱してきたマチルダ騎士団を迎え入れる事は絶対だ」
 開口一斉、シュウはそう断言する。
「一万というその軍事力、そして騎士団独特の組織力。なんとしても必要だ」
「ふぅー…ん…って一万!?そんなにいたのか!」
 シュウが珍しく他人に比較的丁寧で肯定的な言葉を用いた事を不思議に思った直後、提示された数字に驚きフリックが声を荒げた。
「そいつは有難い話だが、でもなぁ…」
 素直に喜ぶ様子の見えない面々にビクトールは太い腕を組んだまま肩を竦めた。
「何が問題なんだ?一気に兵力増大じゃねぇか。しかもそんだけ人間を集めてこられる実力のある騎士団長サマ達まで一緒なんだろ?言う事無いんじゃないか?」
「世の中はお前みたいに全てが単純じゃないんだ」
「悪かったな単細胞で」
 フリックの憎まれ口も慣れたものでビクトールは鼻先で笑い飛ばす。そんな様子に幾らか安堵した様子で盟主リューとナナミも顔を見合わせて笑った。
「そう。世の中はお前みたいに単純ではない。軍隊も然り」
 シュウがフリックの言葉を補い追い討ちをかける。
「……ぉい」
「そこで、君達の役割はわかったろう?騎士団を迎える事で起こるであろう衝突を緩和させ、現属の兵士や傭兵らの士気の低下を防ぐのだ」
「簡単に言ってくれるけどなぁ」
 フリックが心底から吐き出した苦笑と溜息を漏らす。
「そういう訳で、フリックさん、ビクトールさん、お願いです」
 リューが更にシュウの言葉を改める。
「新同盟軍の皆と、騎士団の皆さんの間を取り持って欲しいんです。僕ももちろん、努力します。でも、やっぱり傭兵部隊の皆はお二人を慕っていますし。是非、お願いします!」
 彼にこう言われては仕方がない。元より承知している。
「もちろんだ!まかせろ!」
 ビクトールは満面の笑みで胸を叩いた。
「大丈夫。なんとかなるよう、努力するさ」
 フリックも、笑みと共に頷いた。
 
 だが現実はやはり、フリックやシュウの言葉通り単純でない。

 新しく増築したばかりの城の一棟が、新しく加盟するマチルダ騎士団達に宛がわれる事となった。
「何で後から来る奴にそこをやるんだ」
「そこは俺達のための場所じゃなかったのか」
 そんな声があちこちから上がる。
 無理もない。在籍している兵達の為にと増築した新棟であったはずが、騎士達の執務舎、宿舎として丸々『横取り』された形となったのだ。
「仕方無いだろ?何せ一万近い軍勢だ。まさか外で寝泊りさせるわけにはいかないしよ」
 ビクトールとフリックはそう言い宥めて回るが、それでも渋々といった様子で皆は口を噤む。
 更に問題はこれだけではなく、シュウが発表した騎士団の同盟軍内での軍職の割り当てにも不満が続出した。
 両騎士団長を騎馬隊頭領兼騎馬軍筆頭とし、騎士団の各部隊長を騎馬隊、歩兵隊、特殊部隊、魔法部隊など其々の部隊の指揮筆頭とする。また、その他軍事執務においての各上級役職に、騎士がそれぞれ据えられる事となったのだ。
「後から来た奴に従えってのか」
 当然、現属の同盟軍の人間にとって面白いはずがない。
「しかし、彼らは軍事のプロフェッショナルです。シュウ殿の人事采配は最も効率的かと思われますが」
 リドリーもそのように判断しているとフリックの口から告げられると、これもまた同盟軍兵や傭兵らの面々は反論を諦めざるをえないのだ。
 不満はいつ爆発するやもしれぬ状態。
 騎士団到着は明日に迫っていた。
「しょっぱなこれじゃ…先が思いやられるなぁ…」
「だなぁ…」
 ビクトールの言葉にフリックは胃のあたりを抑えて同意した。
 唯一の救いは、宿星を持つ面々が一様に「いいんじゃないの?」とシュウの判断を肯定してくれている事だけだった。




 
 眩いばかりの昇陽と共に、マチルダ騎士団が新同盟軍に姿を現した。湖畔に聳える城の正門の前にて。軍主、軍師、そしてフリック、ビクトールら傭兵部隊の主要人物らが出迎える中、騎馬にまたがった二人の青年が前に進み出た。
 赤騎士団長と、青騎士団長の両者である。
 二人が軽い身のこなしで馬から下りると、その背後に控えていた騎士達も一斉に下馬する。その動き一つ一つが全て、精巧な芸術品のように乱れが無い。
「………」
 洗練された統率感に、迎えに出た同盟軍一同は軽い溜息を覚えた。
 両団長がリューの前に歩み寄る。
 恭しく深々と頭を垂れた。
「わざわざのお出迎え、感謝致します」
「本日より新同盟軍の末席に加盟させて戴きます、元マチルダ騎士団一同、軍主リュー様に剣を捧げてゆく所存です」
 整然とした言葉には曇り一つなく、崇高な宗教句でも述べているかのよう。
(俺達には逆立ちしても言えない言葉だ…)
 若干のむず痒さを背中におぼえつつも、ビクトールとフリックは一種の酔いに似た感覚におそわれた。
「こちらこそ、宜しくお願いします!が、頑張りましょうね」
 一瞬呆気にとられていたリューだが、シュウに肘で小突かれて我に返ると負けじと頭を下げた。
「ロックアックスでは大変御世話様でした!これからも宜しくお願いします!」
 続いてナナミの活気溢れる挨拶も続く。
 学生が教師にする挨拶じゃあるまいし。
 フリックは苦笑いするが、当の騎士団長たちは一向に気にする素振りもみせず、柔らかい笑みを二人に向けた。
 非常に好感が持てた。
 背後に居並ぶ堅苦しい面持ちの騎士達も、リューとナナミのあどけなさにふと緊張を緩めた笑みをたたえる。
 これもまた、好感が持てた。
 これならば苦労も無いだろう。
 ビクトールとフリックはそう思ったが、
 これもまた、甘い考えだとすぐに気付くのだった。

「団長が同部屋とは……」
 騎士一団を宿舎と執務舎に案内し、一通りの部屋割りなどが終了した。諸々の連絡、案内などを行うために一同が大講堂に集る。
 そんな時、ぽつりと呟いた誰かの言葉が騎士達に感染した。
「カミュー様とマイクロトフ様に対しこれはあまりの扱い」
「な…」
「は?」
 怒りを目許に表し絶句する新同盟軍の兵達、そして唖然とするビクトールと、「げ」と顔を青くするフリックを余所に、団長室が同部屋である事に不満を漏らす騎士達が部屋割りを変える相談を始めた。
「何様だあいつら!」
 傭兵らの間からも陰口があがる。
「ちょ…」
 場を取り持とうと慌てて口を挟もうとするフリックの前に、当の団長二人が止めに入った。
「何を言っている。俺達の力をかって頂けるだけでも幸いなのだ。下らない事を言うな」
 と騎士達をぴしゃりと叱り付けたマイクロトフ。騎士達の不満声は消えうせた。同時に傭兵達のざわめきも静まる。
「申し訳ありません。どうぞお気になさらずに」
 言葉を無くしている新同盟軍の面々には、カミューが笑みをもって謝罪の言葉を述べる。これだけ謙虚にされては、同盟軍の他の面々も怒るに怒れない様子だ。だがその一方で、誇り高き騎士団の頂点に立つ二人として、この態度は謙虚過ぎるように映っているらしい。騎士達は聞こえない不満を口内で噛み潰していた。
(なるほど。こういうコンビか)
 と納得すると同時に二人の腐れ縁は、騎士団と上手くやっていくにはこの団長達に良くする事なのだと、学んだのである。
 なにはともあれ、まずは友好を深めようと彼なりに考えたビクトールは「いつも」のように白い歯を見せる豪快な笑顔と共に自分と身長の変わらないマイクロトフの肩をこれまた豪快に叩いた。
「……」
 途端、事に若い騎士達の目つきが厳しくなったのを、フリックは見た。「団長に馴れ馴れしい態度を」と憤慨しているのだろう。ビクトールは知る由も無い。
「とりあえず、城内の構造やらを知っておいた方が良いだろう?好きに歩いてもらっても構わないが、折角だから俺ら案内しようか、騎士団長殿。上手い酒がどこで飲めるとか、上手いレストランメニューについてとかもな」
「ありがとうございます。是非」
 マイクロトフが嬉しそうに微笑む。控えめな笑みだが、元来、喜怒哀楽でいえば「喜楽」の表情が少ないたちなのだろうから、これは彼にしては「満面の笑み」と言って良かった。
「それから、どうぞ皆さん、俺の事はマイクロトフとお呼び下さい」
「私のことは、カミューと」
「お、そっか?俺らのことも普通に呼んでくれよ。そのほうが気楽だしな。年が近い奴も多いし」
 話しの流れの中で自然に出た両団長からの提案。人見知りを知らないビクトールはこの言葉で既に、昔からの友人同士のような感になっている。騎士といえば頑固に堅固との言葉が付きまとっていたが、思った以上に柔軟な反応を返す両騎士団長に、ビクトールは警戒心を解いていた。
「……それはやめておいた方が…」
 だがこれがまた問題を引き起こす。
 フリックの呟きは、的中した。
「何を仰いますかカミュー様!マイクロトフ様!」
 騎士の一人が声を上げる。
「恐れながら、騎士団長とあろうお方をお呼びするのに敬称略とはあまりに無礼ではありませんか!」
 彼の言葉は騎士達の心情を代弁しているのだろう。誰もそれを否定しない。
「え、いや、そんな難しく考えなくてもな……」
 微動だにしない強い視線を向けてくる騎士達に、フリックはまた胃の痛みを覚え始めていた。
 講堂がざわめき立ち、それは次第に爆発的な喧騒へと変わる。
「さっきから聞いていれば!だから騎士なんて迎えるのは反対だったんだ!!」
「何だと!我らを愚弄するか!」
「お高く止まって周りを見下しやがって」
「違う!お門違いな卑下は見苦しいぞ!」
 若い騎士達と傭兵達の罵り合いが飛び交う。
 壇上では盟主リューとナナミが困り果てて言葉を無くし、軍師シュウは知った事ではないとばかりに状況を無視。ちなみにその隣でアップルがオロオロと右往左往。

「うるせーー!!」
「静まれ!!」

 広い講堂の空気が揺れた。
 同時に二人分の声が鼓膜を突き破るほどに響き渡る。
 講堂内は瞬時に沈静化した。
 皆、声の主二人を振り返った姿勢で凝固する。
「………」
「………」
 声の主、ビクトールとマイクロトフはお互いがお互いの声に顔を見合わせた。
「先に、よろしいでしょうか」
「え?あ、ああ」
 ビクトールに断りを入れてマイクロトフは騎士達に向き合う。その表情には明かな「怒り」が宿っている。乱した隊列を寸時に整えた騎士達は、その後に続くであろう怒声を覚悟した。
「馬鹿者!!!」
 そして予想通り、更に鋭い一喝が飛ぶ。
「俺達はこの場において所謂新参者。新しい地においてはその新しい慣習と思想を学び先人を敬う!その心を忘れて如何とするか!!」
 その隣に立つカミューも、端正な面持ちを神妙そうに目伏せ、じっとマイクロトフの言葉を聞いていた。まるで主人に見捨てられた子犬のように目を伏せる騎士や、それでもやはり納得いかないとばかりに真直ぐにマイクロトフを見つめる騎士と、反応は様々だが、いずれも口を噤みマイクロトフの意に従った。
 場が沈静する。
 そこに柔らかなカミューの声が横切った。
「気持ちは嬉しいよ、ありがとう。マイクロトフもそれは同じなんだ」
「カミュー!」
 甘やかすなとマイクロトフがカミューを睨視するが、会って間も無いフリックらにさえカミューの言葉が正しい事を知る。嘘をつけない青騎士団長の性格が、照れて素直になれない様子を露見させていた。
 叱責され緊張が走った騎士達の面々が、両者のやりとりにより緩和する。
(上手い組み合わせの団長達だな…)
 ほっと胸を撫で下ろすフリック。両団長の性格相違はまるで凹と凸のそれそのものだ。隙間無く組み合わさった凹と凸が逆に調和を生み出す。
「だけれど、マイクロトフの言う事は至極もっともだと思うよ」
「カミュー様…」
 両団長の意見が合致してしまえば、平騎士が何を反論できようか。完全に騎士団側の喧騒は鎮火した。
「失礼致しました。では、ビクトール殿、どうぞ」
「え」
 半ば唖然としつつも様子を見守っていたところに突如カミューに話を振られてビクトールの脳裏は一瞬、真白になる。
「まあ、その、なんだ」
 すかさずフリックがフォローに入った。
 騎士と騎士団長らのやりとりを眺めていた同盟軍兵の面々に向かい合う。
「確かに、俺達と騎士さん方とは感覚や考え方が違う。そりゃ当たり前だ。だけど、目指しているものは同じだ。だからこそ、こうしてあらゆるものを捨て、同盟軍に加盟してきてくれた」
「だろ?」と誰にでもなく語りかけると、傭兵たちは渋々眼を伏せるようにして頷く。
「リュー、お前の意見を聞かせてくれよ」
「う、うん」
 フリックは壇上のリューに視線を送る。喧騒が鎮火した同盟軍、騎士達の視線が一気にそこに向いた。その迫力に一瞬気圧されながらも、リューは姿勢を正し、目の前に居並ぶ者々に凛と言葉を向ける。
「僕も、フリックさんや騎士団長さん達の言う事は正しいと思います。でもどちらにしろ僕は、皆さんが仲良く、力をあわせて助け合ってくれる事が一番大事だと思っています」
 年相応の飾りの全くない単純明快な言葉だ。だが、最も大切な事。
 リューの言葉を聞く両騎士団長を、フリックがふと見やる。
 マイクロトフは真っ直ぐと壇上を見つめ、カミューは両目を閉じて言葉に聞き入る。彼らはこの盟主リューが掲げる理想の元に馳せ参じ、そして多くの部下達は己の上官が信じるものの為にその剣を捧げている。
 旗の色が変わろうとも、騎士はやはりどこまでも誇り高いのだと、感じざるを得ない。
「そういうことだ」
 リューの言葉が一区切りつくのと同時に、今までだんまりを決め込んでいたシュウが前方に歩み出た。
「盟主殿がこう仰られているのだ。一つの理想の元に異なる思想が集まれば衝突が起こるのは致し方の無い事。時間をかけて分かり合えば良い。だがひとたび戦いの時となればそのような暇はないぞ。その前に、相互努力を願う」
 以上だ。
 そう言い残すとシュウは戸惑うアップルと共に講堂から足早に姿を消してしまった。
 そうしてその場は一旦、収束したのである。

 だが何度も言うように、
 世の中はそう単純ではないのだった。
 それは軍隊も然り。





 騎士団が加盟して最初の要職会議が開かれた。
 リュー、ナナミを初め、軍師組からはシュウ、アップル、リドリーら。そして実戦指揮官組からはフリック、ビクトールら傭兵部隊要員ら、そしてカミュー、マイクロトフら騎士団の要員らが初めて、加わった。

「元マチルダ騎士団赤騎士団団長、カミューと申します」
 会議の席、改めて自己紹介が行われる。
「元マチルダ騎士団青騎士団団長、マイクロトフと申します」
 両騎士団長に続き、副長、部隊長が名乗る。
 続いて議会は、同盟軍内における騎士団の如何についての詳細が話し合われた。最も、「元マチルダ」という呼称を取り除く事を除いてほとんどは移籍する以前の軍隊構造などに変更はなされなかったのだが。
 元マチルダ騎士団は本日より、「新同盟軍騎士団」と呼称が変わった。
「名乗りを上げる時には間違えないようにしないとな、マイク」
「そうだな…。特に俺は気をつけなければ」
 会議のさなか、ぽつりと呟かれた両騎士団長のそんな私語に場が笑いに沸いたのは、後の笑い話の一つである。

 会議も終盤にさしかかる。
 最後にシュウから両騎士団長にこんな言葉が向けられた。
「基本的な事は以上だが、軍事のプロフェッショナルとしてお二方には是非、ご意見などを遠慮せずに提案して欲しい。強い軍隊、組織を作り上げるのは、軍略とはまた別の次元なのでね」
「承知」
 短い了承の言葉と共に、会議は締めくくられた。

 それから数日間。
 騎士団は組織の再整理、身辺整理に労力を注ぐ多忙な日々となった。故に在籍同盟軍兵や傭兵達と衝突を起こしている暇もなかったのだろう。実に平和な日々が続いた。
 当然、日々の生活の中で騎士達と傭兵達が顔を合わせぬ事などありえない。だが盟主を初めフリックや団長らの言葉が歯止めを利かせていたと言えて誰もが、妥協を示して衝突にまでは至らずに済んだ。
「お前もあれ以上胃をいためずにすみそうで良かったじゃねぇか」
 そんなある日の午後。
 食堂内で軽い昼食をとっていた腐れ縁の二人。
 お冷の中に浮かぶ氷を噛み砕きながら何気なく言ったビクトールの言葉に、フリックは冴えない顔色でため息をついた。
「それがそうでもないんだ…」
「何が」
 鈍いお前が羨ましいよ、とフリックはフォークでソーセージを勢いよく突き刺した。
「お前、気がついてたか?騎士さん方が陽も上りきらない早朝から裏庭で訓練してるの」
「ああ、そんな話は聞いた事があったが。活発な事だなぁ」
 ビクトールは素直に感心している。
 世の中が全てこの男と同じだったら戦争など起こらないのに、とフリックは心底彼が羨ましくなった。
「それを良く思わん連中が多いんだ。だから困ってるんだよ俺は」
「良く思わんって…、なんでだ。まさか朝から五月蝿い、とかでしゃばりだとか、そんな下らない事言ってるんじゃないだろうな」
 珍しくビクトールの推測は当たっていた。
 鶏が鳴かぬ内から裏庭から木霊する騎士達の血気盛んな声や模擬刀がぶつかり合う音は、裏庭に接する城棟にて生活する者にとっては堪らない。音を遮断する構造の訓練場も備えているのだが、さすがにまだ新参者とあって遠慮しているのだろう。
「それに…、さすがに焦るんだろうな」
 傭兵達の心情を推測してフリックはため息をつく。フォークはソーセージを突き刺したまま先に動かない。
「焦る?」
「今まで理想と夢を追いかける勢いだけでここまで突っ走ってきた連中ばかりだから…、いざ騎士団のようないわゆる完成された『プロ』集団が現れた事で、何かを奪われてしまうような気がしているんだろう」
「………」
「騎士団の連中は、いわゆる『エリート』集団だ。伝統と教養を重んじるだけあって、どいつもキレる。しかも個々人の戦闘能力も高い。そしてあの組織力。誇り高く意識も高く、理想も高い」
「できすぎだな。おとぎ話みてぇだ」
「それが現実に、しかも目の前に現れたんだぜ?」
 ミューズの攻防戦あたりから、うすうすと感じ始めてはいた。
 夢と理想だけでは立ち向かう事のできない現実の壁。それがすぐ傍まで立ちはだかろうとしていた事を。
 そんな中に、あの騎士団が現れた。
 彼らが壁を破壊してくれる。
 単に軍事力増大の意味だけではない、騎士団の価値。
 シュウはそれを期待しているのだろう。
「お、噂をすれば」
 レストランの入り口から、会話の主役であった鮮やかな赤と青の人影が姿を見せた。レストランにいた人間達の誰もが、ちらりとその方を一瞥したのが雰囲気で感じられる。やはり新参者という事の珍しさもあいまって何かと話題の中に登場する彼らだ。
「よーう、カミューにマイクロトフ!」
 豪快に手を振ってビクトールが呼びかけると、二人は軽い会釈と共に二人のいるテーブルに歩み寄った。
「今からメシか?一緒にどうだ」
「ええ。相席させて戴いて、よろしいのですか?」
 心なしか疲れた様子のフリックに気がついていたカミューが、遠慮めいた言葉で問い掛ける。
「勿論。どうぞ」
 気を取り直して笑みをみせ、フリックも空いた席を指し示した。
「では、失礼します」とフリックの隣にマイクロトフ。ビクトールの隣にカミューが腰掛けた。珍しい組み合わせのテーブルに、ウェイトレスの少女も興味深げな視線と共にメニューを差し出した。
 メニューを広げたカミューが目元を明るくした。
「肉料理が随分と豊富だよ、マイク。良かったな」
 少し遅れてメニューを開いたマイクロトフも、ざっと眼を通したそこに好きな料理が揃っていたとみて満足そうに「そうだな」と笑った。
「マイクロトフは肉が好きか。俺もだ。特に牛だな」
 果実水が入ったグラスをマイクロトフの方に掲げたビクトールに、マイクロトフも水の入ったグラスで応えた。
「牛は俺も好きです」
「ここの肉はな、ユズっていう酪農の天才少女が仕入れてくる絶品ばかりだぜ。ユズが造る乳製品もこれまた美味いんだ」
「酪農責任者が、少女なのですか?それは凄い」
「ああ。仲良くなっといた方がいいぜ~?安値で美味いところを譲ってくれるかもしれないぜ」
 そこで両者が同時に笑った。豪胆なビクトールに堅物なマイクロトフだが、中々気が合う様である。フリックのはす向かいに座るカミューが、ビクトールと共に楽しそうに笑うマイクロトフを安堵した面持ちで眺めていた。
「昼食が終わったら、またすぐに仕事かい?」
 フリックがカミューに話かける。
「ここんところ、ずっと慌しそうだったよな」
「ええ。でもそろそろ、整理がついてきたんですよ」
 上品な笑みをたたえてカミューも応えた。
 彼は誰に対してもこのように礼儀正しい笑みを向ける。それは言い換えれば、誰に対しても心を開いていないようにもとらえられる。ただ一人、向かいに座っている親友を除いて。
「今日の午後は、訓練場の見学をしようかと思いまして」
「訓練場?」
「ええ」
 とだけカミューは短く応えたのを、フリックはその時さほど気にはとめなかった。
「お、それなら案内するぜ。城ん中案内するって言いながら、まだしてなかったよな。悪ぃ」
「そうですか?ではお願いします」
 そうしているうちに料理が運ばれてきた。
 食事を進める間も、それぞれ年齢も近いとあり腐れ縁と両騎士団長の間に会話が止まる事はなかった。


 両騎士団長を伴ってビクトールとフリックが訓練場にやってくると、そこにすでに数人の騎士達が団長らの到着を待っていた。
「お待ちしておりました」
「お疲れ様です」
 皆が一斉に臣下の敬礼を示す中、カミューとマイクロトフは「ああ、ご苦労」と短く応える。
「お疲れ様でございます、フリック様、ビクトール様」
「え?あ、ああ、どうも」
「お、おう。お疲れっす」
 若い騎士に敬礼され、しかも『様』付けと臣下の礼をとられてフリックもビクトールも一瞬、立ち怯んだ。先日の会議により正式に騎士団が同盟軍としてシュウの手により調印登録が行われ、それを境に騎士達の態度もその軍則と階級に沿ったものに変わったのである。直属の上官でないとはいえ、若い平騎士達にとってフリックやビクトールは傭兵部隊を取り仕切るいわゆる「将軍」。臣下の礼は当然と心得ているのだ。
 傭兵部隊時代、特に階級に拘る慣習がなかったフリックらにとってそれは少々驚きだった。
「それでは始めるか」
「はい」
 訓練場の全体を一通り眺めたマイクロトフの合図に、筆記具を手に控えていた部下達が動き出す。
「始めるって、何を…?」
 とフリック。
 訓練場では鍛錬を行っている傭兵や兵士らの人影がまばらに点在している。そんな彼らも、騎士達の登場に剣を振るう手を止めてこちらを眺めていた。
「見学というより…、リュー殿とシュウ殿にご許可を戴き本日は訓練場の『視察』に参りました」
「視察?」
 今度はビクトール。
「はい。訓練場の規模、構造、備品の確認などを行うのです」
 筆記具と用紙挿を手にしていた青騎士の一人が団長に代わり応える。
「そして必要に応じ改築、増築、備品補充などを行い施設改良を行い、その上で軍全体の教育体制、訓練制度の見直しを行い再提案致します」
「教育体制の見直し?」
 長い戦争生活の中で一度も耳にした事のないような事柄の連続に、ビクトールは軽い頭痛を覚えた。「ええ」と今度はカミューが続きを答える。
「はい。我々の責務は、この新同盟軍の軍事力増強です。長期的視点からも即戦的視点からも、この軍の訓練制度の改良を行う必要があると判断しました。基盤が強く打たれ強い軍隊の生成には、一にもニにも『教育』です」
 暗記したように一度のどもりもなく整然と言いきった若い騎士の言葉にビクトールは「うーん」と曖昧な相槌を返す他ない。
「………」
 至極もっともな事ばかりだが、どうもまるで「ここの兵達は教育がなっていない」と暗に言われているようでフリックは表情を曇らせた。訓練場に見える傭兵達の面持ちも、苦虫を噛み潰したようなそれに変わりつつある。
「さきほどリュー殿にもお話しした事なのですが…」
 と再びマイクロトフ。訓練場全体を見渡すように視線を外側に巡らせた。黒い瞳が訓練場を一巡して再びフリックとビクトールに戻る。厳しいほどに真摯な視線だった。
 そして次の彼の言葉で、場は沸騰する事になる。

「ここの兵は、錬度が低い」

 凛と、涼然とそう言い放ったマイクロトフの表情は微塵も動かなかった。隣に立つカミューも、両手を悠然と胸の前で組んだ姿勢でマイクロトフの言葉を無言で肯定していた。背後に控える騎士達も、同じ。
「ですが…」
「何だと貴様!!」
 言葉を続けかけたマイクロトフを遮り、訓練場の奥から複数の怒声が響いてきた。フリックも顔を知る古い傭兵仲間数人がマイクロトフに詰め寄った。止めようと動きかけた騎士達を、マイクロトフは手を軽く振って退ける。カミューにも、特に慌てた様子は見られなかった。
「おい、やめとけよ」
 撒き散らすような怒りを露にする傭兵達と対照的に表情も変えずにそれを迎えるマイクロトフ。
 みかねてフリックが手を差し伸べかけた。
「フリックさん!あんた、悔しくないんですか!?」
「言いたい放題言いやがって!謙虚にしてたかと思えば化けの皮が剥がれたな!」
 怒号騒ぎをききつけ、訓練場には徐々に人が集まりだした。
「そうだ!やっちまえ!」
「エリート然としやがって!」
 増える野次に背中を押されるように、マイクロトフに詰め寄る傭兵らは更に興奮したように罵声を向ける。
「騎士連中の訓練みたいな事で戦に勝てるか!」
「俺達はいつも死線で鍛えてきてるんだ!」
「お上品に剣を振ってるだけのお前らなんぞ…」
 一人がついに拳を振り上げる。
「おい!やめろ!」
 ビクトールが声を上げる。
 振り上げられた拳には、紋章が宿っているのを知っていたからだ。
 赤い発光。
 炎の紋章が、マイクロトフの間近で発動した。
「何やってんだ!逃げ…」
 フリックらの視界の中、だが両騎士団長は身じろぎしない。
「喰らえ!」
 紋章を振り翳した男が不敵に笑う。周辺の空気が一気に熱した。
 その時、

「守りの天蓋!」
 
 声が上がった。
 若い騎士の一人がマイクロトフの前に立ちふさがる。
 手に宿した紋章を前方に翳し、呪言を叫ぶ。
「…っ!」
 炎の紋章から生み出された炎の帯は、
 騎士が生み出した防御壁に阻まれ拡散した。
 すさまじい霧状の煙が瞬時に辺りを飲み込み、そして炎はそのまま、消滅した。
「くっ…」
「ごほっ」
 男は舌打を漏らし、訓練場の面々はあまりの煙たさに咳き込む。
 煙が徐々に、退いて行く。
「おい、大丈夫か…」
 フリックの目の前からも、煙が幕を引くように退いて行く。
 そこには、
 相変わらず直立不動で前方を見据えるマイクロトフと、腕を組んだ姿勢のまま悠然たるカミューと、そして両騎士団長を守るべく傭兵の前に立ちふさがった若い騎士の姿。
 よく見れば、まだ十代の新米と言って良いほどの若い騎士だった。
 魔法を発動し終えた右手で今度は剣を抜き、傭兵らに向けて構えた。
「マイクロトフ様とカミュー様に挑もうなど、身のほどを知れ!青騎士団騎馬隊第十隊所属、レブラントがお相手する!」
 声変わりしきっていない、まだ幼ささえ感じられる『少年』とも言える騎士だ。だが剣の構えに隙はなく、かつ先ほどは咄嗟にも関わらず紋章魔法も使いこなしていた。
(こんな、若い下級騎士でさえ………)
 フリックは息を呑んだ。
 同様に、訓練場は沈着する。
「お言葉ですが…」
 緩やかなカミューの声が、やけに鋭く響く。
「貴殿ではレブラントに勝てませんよ。貴殿だけではない。この軍にいる傭兵、兵の半数近くは難しいかもしれませんね」
「………」
 徹底的に突き放したカミューの言葉は、穏やかな声調と裏腹にどこまでも冷たい。
 もはや野次は飛ばなかった。
 下級騎士でさえこの実力。であるとすれば、その後ろに控える上級騎士や、ましてや騎士団長らの実力は如何程なのか…。
 想像がつかなかった。
「もういい。ありがとう」
 レブラントと名乗った若い騎士の肩に手を置いて、マイクロトフが下がるように命じる。静かに剣を収めてレブラントは恭しく会釈をすると、また元いた位置へと戻った。
「これでお分かりだろう」
 成すすべなく呆然とする傭兵達、訓練場にいる全ての人間に向けて、マイクロトフは言葉を向けた。
「戦争は、理想だけでは勝てない」
 彼の声はよく通る。
 ビクトールは先のミューズ攻防戦を思い浮かべていた。
 雑然たる戦場の中、喧騒と怒号が飛び交う中で、丘の上から発せられた彼の名乗りはどこまでも響き渡った。よく通る。それだけではない。有無を言わせぬ強さ、従わざるを得ない強さがあった。
「心技体が揃ってこそ守れるものがあり、成しえる未来もある。ここの軍に宿る『心』は申し分無い。正しき心があり、理想がある。そして士気も高い。我々は、この新同盟軍に宿る『心』を学んだ。ここに技と体が完成される事で新同盟軍は如何なる妨げにも屈せぬ最強の軍となろう」

 それは演説ではない。
 まるで、

「我々が軍に補い伝える『技』と『体』がそれを可能にすると自負する」

 勝鬨。

「新同盟軍は必ずや最強の軍となる」





 盟主リューに申し出たマイクロトフの言葉。
 
『ここの兵は練度は低いですが、士気は高いですね』



 それをフリックとビクトールは後に知るのである。







 夜更け、人気の少ない酒場。
 フリックとビクトールは、二人で使うには広すぎるテーブルを挟んで酒を酌み交わしている。二つのグラスと、瓶が一本。つまみは無い。
「俺には逆立ちしてもいえないセリフだな…」
「さっきのマイクロトフ達のセリフか」
「笑われるのがオチってとこだな」
「俺もだな」
 訓練での出来事を思い出し、二人はお互いを苦笑する。
 騎士達は勿論、傭兵や同盟軍兵までがマイクロトフの弁に反論を失い引き込まれていた。ただ黙っていただけのカミューにでさえ、一種の圧倒的畏怖を覚えていた。結局あの後、傭兵達は黙って訓練場を後にし、野次馬達もフリックたちにより退散。騎士達は予定通り『視察』を行った。

「奴らが敵じゃなくて良かったよ」
「まったくだぜ」
 
 長い長いため息。
 会話が途切れた。
 カウンターの奥でこの店の主人がグラスを拭いている音が、異国の楽器が奏でる歌のように流れてくる。
 今日の女主人は、気を利かせて先ほどから姿を見せない。
 この気の付き方が、彼らにはとても心地よかった。
「今日あの時あの場所で、また一つ固い大きな何かが破壊された。そんな感じだ」
 琥珀色の液体を一気に喉に流し込んだビクトールが良い気分に頬を染まらせている。酔い始めだが、声と瞳は力強かった。
「どうなる事かと思ったけれど、俺もそう思う」
 控えめにグラスに口をつけたフリックも、頷く。
「新しい物を作るためには、まず古いものを壊さなくちゃいけない。あの達騎士団は、この同盟軍にとってそうしたものをぶち壊していく『破壊者』なんだよな」
 シュウの狙いが見事に効を成す結果となりそうだ。
 また鼻先で「そら見たことか」とせせら笑われるのは面白くないが。
「明日からどうなると思う?」
「もう喧嘩は起こらないでくれる事を祈るな。胃がもたねぇ」
「じゃあこの酒はお預けだ」
 ビクトールの手がフリックからグラスを取り上げ、まだ残っていた酒を飲み干してしまった。
「あ、おい!」
 瓶の中は残り僅か。
「高い酒なんだ。そんな飲み方があるかバカ!」
「ケチケチすんな」

 その夜酒場は、夜明け近くまで明かりが消えなかったという。



 そして数日後、両騎士団長を中心として作成された『訓練制度改定案』が軍議上で発表された、全面的に採用される事となる。
 訓練場は増設され、備品も補充された。
 訓練カリキュラムが制定され、給料制度も努力と実力と戦果に見合わせた体系に改定された。

 そして徐々に、騎士団の訓練に混じる傭兵らの姿が増え、

 傭兵らの実戦訓練に混じる騎士の姿も見られるようになり、


 新同盟軍はまた一歩、新たな創造を成し遂げたのである。









破壊者  完
2006.04.25.Tue/19:46
「毒」の挿絵、1部分です(元絵は腿ぐらいまで)
「毒」でのイルカ先生はこういうカッコしてました。
絵は豊川みつ子様に書いていただきました。
感謝感謝でした(;´д⊂)

2-3.gif

2006.04.25.Tue/22:34
  いきなり5倍 
皆様、こんにちは。北野です。

一時期、NARUTOのイルカ先生に超ハマり、
勢いで初めての同人活動をしました。
それまで、文章を書くのは好きでしたが、まさか本まで出そうとは。
しかも、約1年後にはイベントでいわゆる「お誕生日席」と呼ばれる席に座れるようになるぐらいまでハマってました(笑)

それからしばらくして、
同人熱が冷めて、同人界から遠ざかっておりました。
最近また「書きたい」熱が上がり始め、
今は趣味に細々とオリジナル小説を書いております。

ついでに昔書いていたNARUTO関連の小説などもアップしたところ、
いやぁ…あれから数年経つのに反応が凄いこと。
まだNARUTOって熱いんだなぁ、カカイル人気って凄いのだなぁと驚きました。
オリジナル小説でもそこそこアクセス数を頂けるようになって喜んでいたのですが、カカイル関係のリンク集に登録したところ、突然アクセスが5倍。
Σ(゚д゚ )ウハー、すごいです…。

というわけで、今後はオリジナル小説の執筆をメインに、細々と昔の作品の洗い直しなどしつつ、同人物書きとしてほんとに細々とですが、再始動しようかなと思っている次第です。

よろしくお願いします。
2006.04.26.Wed/10:31
  逆拘 第3話 
 
  逆拘 3

 
gyakkyou-img2-1.jpg

挿絵:猫目堂様(昔の頂き物ですm(_ _)m)
 




くないを構えたカカシの姿に、イルカが微かに、笑った。

口元を微かに、笑う形に作ったイルカが、低く、声を発した。

『・・・・ついに本気になったか・・・?写輪眼・・・』

「・・・・」

だがカカシはそれに応えず、くないを構えた姿勢のまま。

くつくつと、イルカが肩で笑う。

瞳には、相変わらず「無」しかない、空虚な笑い。それが、カカシの首筋に、悪寒を走らせた。

 

 

やめろ・・・

その人に・・・

そんな表情をさせるな・・・・

 

 

胸のうちが煮え繰り返るのを抑え、カカシはじっと冷静さを保つ。

 

『だがその意気込み・・・どこまで保つかな・・・・』

イルカは、自分の右掌とカカシを交互に見やりながら、言葉を続けた。

『正直、こちらも驚いている・・・』

「・・・何だと?」

『まさかこの男にこれだけの力・・・気術使いであったとは・・・嬉しい計算違いだったな・・・』

イルカがカカシの正面に向き直る。自分の胸元に手を当てて。

『本来は、貴様を油断させるための仕掛けの一部に過ぎなかったのだが・・・・・』

カカシは、イルカが発する「敵」の言葉に憎悪の眼を向ける。

 

そのカカシの視界の中、イルカの背後に、あらたに三人の影が現れた。

 

「!」

 

子供達が息を飲む。

 

闇夜を思わせる、全身黒装束の忍び達。

顔全体を覆面で覆い、正体を伺い知る事は出来ない。

だが、その気配や、意識操作術を操るあたり、相当の手練れである事がわかる。

 

「その装束・・・確か片岡の・・・・・暗部・・・」

 覆面の下から、カカシの低声。

『覚えてもらっているようだな。久しいぞ写輪眼・・・』

上背のある忍が笑う。それに応える形で、カカシは口端に嘲笑を漏らした。

「渦裳一族を知らない奴はいないさ・・・」

代々、強大な力を持ちながら里には属さず、闇世界を暗躍するいわゆる抜け忍一族、「渦裳」。

禍々しい戦や事件には、必ずと言って良いほどこの一族が裏闇で関わっていると言えた。

カカシが請け負った、

闇取引の網張り屋である片岡一族との戦任務。

そこにも、渦裳の影があった。

その中でも、この渦裳の三兄弟、縢(かがり)、鋳槍(いやり)、曇(くもり)の名は片岡の暗部中枢として恐れられていた。

カカシの全身に、強い静電気が走った。

怒りによる殺気が生じさせた、軽い電流だ。

 

イルカの背後に現れた三人。そのうちの一人、曇が、イルカの前に一歩、歩み出た。

そして今度は、イルカの口を借りるのではなく、自らの言葉でカカシに「宣告」をする。

 

「こいつを道具に、我らが手を出さずとも、貴様とガキもろとも地獄に道連れにしてやれそうだ・・・・」

「えっ・・・」と肩をこわばらせるサクラ。

子供達を背後にかばい、カカシは一層鋭い視線を忍に向ける。

ナルトが噛みつかんばかりに身を乗り出す。それをサスケが後ろから抑える。

「せいぜい、楽しませてくれよ」

そう含み笑いと共に言い残すと、

「あっ!コノヤロー!」

三人の忍び達はその場から姿を消した。

「ヒキョーモノー!」

 とカカシの背後から駆け出そうとするナルトの、サスケが衿を引っ掴む。

「・・・・・・・・」

カカシは咄嗟に消えた気配を探ったが、乱れ飛ぶ気と風に紛れて、禍々しい気配は空気へと溶けてしまっていた。

生温い風が、緩慢に足下でくすぶる。

不知火の森。

濃い緑が折り重なる薄暗い森が、深く沈んだ重い空気の中によどむ。

一直線上に向かい合うカカシとイルカ。

身じろぎせず、視線を突き刺し合う。

「せ、先生・・・「気術使い」・・・って・・・?」

 沈黙に耐えきれず、震える声で、サクラがカカシを横目で見る。

その隣で、サスケも無言でカカシの応えを待った。

 

「気術使い」

 

言葉だけは知っていた。

 

非常に稀な確率で生まれてくる、チャクラの力を借りずに膨大な気を生みだし操る事の出来る・・。木の葉にも幾人かいると噂で聞いていたが、まさか・・・。こんな身近に・・。

「さっきの・・・俺達を跳ね飛ばした術・・・あれも『気術』の一種なのか・・・?」

黙りこんでイルカを見据えるカカシに、サスケがぽつりと言葉をつく。

「・・・・ああ・・」

低い声で、カカシが答える。

「イルカ先生はさっき・・・印も組まずに言霊も唱えずに、凄まじい『気』を発しただろう・・・?」

「そういえば・・・」

忍術は、いずれも型どおりの印を組むか、言霊を唱えないと、力を発する事が出来ないのだ。

なぜなら、印や言霊そのものに、忍者の術力を引き出す力があるからだ。

だが、先ほど子供達を跳ね飛ばした、イルカが発した衝撃波・・・。両手両足を掴まれたまま、そして言霊も唱えることなく発したものだった。

「あれは・・・イルカ先生自身から発せられた『気』の爆発だ」

 

そもそも気術は、忍術とは類が異なる為、しばし区別される。

忍術は、印や言霊自身が持つ力をどれだけ大きく発揮させるか、それが忍おのおのの、チャクラ量にかかっている。

つまり、印や言霊、そしてチャクラの相互作用によって「忍術」が成り立つのだ。

だが、気術者は、自らの気を印や言霊無しに制御する事が可能なのである。

気を凝縮させて爆発させ、「攻撃」の術に組みかえる事も、したがって可能なのだ。

 

「・・・よく分かんないけど・・・・要するに凄い事・・なんだろ・・?」

敵を睨みつけながら、ナルトが言う。

「何にしたって・・・・イルカ先生を助けなきゃだってばよ・・!」

 

「・・・・そうだな・・」

 

「でも」と、今にも飛び出していきそうにイキるナルトを、カカシはそっと制する。

 

「お前達は、下がってろ・・手は出すな。そして、ここから離れるんじゃないぞ・・・」

 姿無き敵が、どこにいるか分からないのだから。

「・・・・」

 

イルカが、無防備な構えのまま、カカシに向かって歩みだしてくる。

 

「・・・・・・」

このまま、くないを投げつければ、いともたやすく心の臓をし止められそうな・・・。

 

これではまるで、

カカシがどうあってもイルカを傷つける事が出来ない事を、

奴らは知っているかのよう・・・。

 

「わかったな、お前達・・・」

近づいてくるイルカに眼を向けたまま、カカシが背後の子供達に声を落とす。

「下がってろ」

再度、戒めの言葉を発したカカシに、サスケがしぶしぶ、ナルトの襟を掴み、呆然とするサクラの腕を引っ張り上げる。

「二人とも何かあったらただじゃおかないってばよーっ!」

サスケにずるずる引きずられながらナルトがもがく。

二人を引きずり、サスケは近くの大岩の影にサクラを座らせ、暴れるナルトを押さえつけて自分もカカシとイルカの様子を伺う。

カカシの後ろ姿、そして、その向こうに見えるイルカ。そしてその更に向こうで、二人の様子をまるで見世物を楽しむように眺めている三人の忍達。

 

イルカは尚も無防備にカカシに近づいてくる。

カカシはくないを逆手に構えなおした。

 

奴らの居所が分かれば・・・・・・

イルカに視を向けつつ、カカシは五感を空気に集中させる。

空気の揺れを読もうとする。

だが、

「!」

沈み込む様に重心を落として地面を蹴り、イルカが下から潜りこんで来た。

「つっ!」

咄嗟に逆刃にくないを振る。

「先生っ!」

サスケに押さえつけられた下から、ナルトが叫ぶ。

その声に、サクラが我に返り肩をびくつかせた。

『っふ・・・』

カカシの動きを予測していたのか、イルカが上半身を後ろに反らせ、くないを振りかざしたカカシの右手を避ける。

そのまま体を回転させ、着地したところをすかさずカカシに全身で飛びかかる。

その勢いを利用し、カカシがイルカの肩に手を置き、体重を掛ける。そして、飛び越えざまにイルカの脇腹に蹴りを叩きこんだ。

「っぐぁ・・・・!」

一瞬、呼吸を奪われ、イルカが肩から地面に倒れこんだ。

その上から、カカシがくないを振りかざす。

 

「や、やめ・・・っ!」

ナルトの口から言葉にならなり叫びが絞りだされた。

 

無理な体勢からイルカは上半身を起こし、振り下ろされるくないを握るカカシの手首を掴もうと手を伸ばす。

だが、その手をカカシが巧みに払う。

そしてそのまま、くないを振り下ろした。

 

ザクッ・・・

と音がして、

二本のくないが、イルカのプロテクターの肩当てを貫通した。

イルカはプロテクターの右肩当てごと地面に縫いつけられる。

すかさず、カカシはもう片方の肩も狙うが、

イルカは腰を持ち上げ足を蹴り上げ、同時に自由な左腕を伸ばし、

左手でカカシの手を掴み、蹴り上げた足の勢いを利用してカカシの体を左に引き倒す。

だがすぐさま腕を伸ばし、カカシは再び上からイルカの肩を掴む。

イルカはプロテクターの肩部分を縫いつけるくないを引き抜こうとして柄を握る。その上からカカシがイルカの手を押さえつける。

 

両者の動きが、そこで止まった。

力のせめぎ合い。

「ぐ・・・」

 イルカは、カカシに気配を探る余裕も与えてはくれない。

 

「くそっ・・・!」

無意識に、ナルトが体を起こす。

駆け出しかけた所で、

「待って!ナルト!」

サクラの手が乱暴にナルトの肩を掴んだ。

「もう・・・止めなきゃダメだってばよっ!」

 冷静さを失いかけているナルトは、ぶつかり合う両者を遠くに指さしながら怒鳴る。

 

「っ・・・」

カカシの体の下で、イルカが軽く舌打ちする。

そして、また、口元に笑み・・・

「っ!!」

カカシに押さえつけらた手から、白い光が閃いた。

「熱っ・・・!」

押さえつけていたイルカの手が、焼いた鉄のように急激に熱を帯びた。

カカシは思わずおさえていた手を離す。

「今私たちが飛び出したって・・・あの二人の間に入る事なんて出来るわけないでしょ!」

ナルトの声調につられ、サクラもついと大声になる。

「・・・・・・」

サスケはこめかみに汗を浮かべながらも、無言でそのやりとりと、戦う両者を見やっていた。

「でもっ・・・」

「それより、今私たちが出来る事をするの!」

「・・・・・・・・・」

ナルトの両肩を掴むサクラの手に、力がこもる。

この少女の細腕のどこに、このような力があるのかと、思うほどに。

「どうすればいいんだってば・・・」

「探すのよ・・・」

「・・・・」

「敵の居場所を探すの!強い意識操作系の術は、絶えず術者がチャクラを術に集中させないと、やり手の忍には簡単に解かれてしまう・・・。イルカ先生にかかっている術だって、多分、絶えず敵がチャクラを集中させて、消耗しないといけないような強い術だと思うの。イルカ先生やカカシ先生にだって解けないんだから・・・。だから、奴らは一気に私たちやカカシ先生に襲いかかるような事はしないんだわ・・・」

サクラの説明に、サスケが顔を上げる。

「そっか・・・そうなんだってばよ・・・」

「落ち着いて、落ち着いて・・気を集中させて、敵の気配を探るの。それをカカシ先生に教えれば・・・カカシ先生はきっと何とかしてくれる・・・私たちだって、何とか出来る。ね、ナルト、サスケくん」

忍の心得が、浮かんでくる。

第十二条「常に冷静を保ち 状況把握を心がけ 自らの役割を判断せよ」

サクラの強い言葉に、ナルトは「ん」と口元を引き締めた。

サスケが、頷いた。

「っあ!」

イルカは自由になった手でくないを引き抜き、そして体を回転させてカカシの下から抜け出した。

イルカの体を捕まえようとカカシはすかさず足をかけ、手を伸ばす。

だが、同時にイルカもカカシの顔面に手をかざし・・

「!」

その掌から、白い衝撃波を、カカシの顔面を狙って撃ち込んだ。

「くっ!!」

印や言霊を使わない分、攻撃の予測がまったくつかない。

直撃していれば、顔をこなごなに砕かれていただろう。

カカシは寸手でそれをかわす。

だが、頬と肩を掠めていった閃光は、カカシの覆面を破り、肩のプロテクターを引き裂いた。

尚も口元に笑みを浮かべイルカは、瞬間、ひるんだカカシにむけて、くないを振り下ろした。

「危ない!」

サスケが反射的に叫んだ。

「っ!」

掌を貫かれるのを覚悟で、カカシはとっさに左手で顔面を防御する。

そして、くないを握った右手を、ほぼ同時に振り上げた。

 

「・・・・!」

 

だが、イルカが振り下ろしたくないがカカシの掌を貫く寸前、

またはカカシのくないがイルカに振り上げられる寸前、

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

イルカの手が止まった。

 

 

 

 

静寂

 

 

 

 

「・・・・・・?」

 

 

 

・・・・・・どこ・・・・・どこなの・・・・・・

目の前の光景に体を震わせながらも、サクラは懸命に気配を探る。

 

逆光の中、くないを振り下ろしかけ、不自然な体勢のイルカと、

それを防ごうと手を突きだしたカカシの影が映る。

 

「い、イルカ先生・・・・」

 

 

眼を見開いたカカシの口から、言葉がもれる。

 

くないを持っていたカカシの手が、ゆっくりと下ろされた。

 

 

 

「・・・先生・・・」

 

岩影にしゃがんでいたナルトが、つい立ちあがる。

 

 

サスケも、眉をひそめて立ちあがりかけたが・・・

  ・・・・・どこだ・・・・・・

   その瞬間に気配が静寂により乱れが消え失せた事に気づき、

    唇をかみしめて神経を練りおこす。

 

 

 

「・・・う・・・・・・」

イルカの口からうめき声が漏れた。

 

くないを振り下ろさんとしていた右手首を、自らの左手で、掴んで引きとめていた。

なおもカカシの命を狙って力をこめる右手、そしてそれを必死で阻止しようとする左手が、まるで別人同士の手のように、せめぎ合っているのだ。

イルカのその顔には、

 

「っ・・・・・・く・・・・」

苦渋の色。

「は・・・・・っ・・・・・・・」

くないを握る手が震えていた。

そればかりか、大量の汗が頬を伝い、肩も苦しげな呼吸に上下している。

不自然な息使いだ。

 

これは・・・

カカシはイルカの手からくないを奪うと、それを投げ捨てる。

イルカの両肩を掴んで、強く揺さぶった。

 

「止めろ!あらがうな・・・・俺は大丈夫だから・・・・」

 

深い意識下でイルカは、かけられた術に懸命に対抗していたのだ。

だが、強い術力によってかけられた意識操作術を無理に解こうとすれば、その副作用としてイルカ本人の意識破壊、身体破壊につながりかねない。

 

「ごほっ・・・・」

イルカが激しく咳き込む。

 

苦しそうに息をはきながら、だがイルカは尚も鋭い視線をカカシにぶつけてくる。

カカシの腕を振り払い、体をふらつかせながら、立ちあがった。

 

 

『ちっ・・・まさか術が解けかかるとはな・・・!』

 イルカの口が、苦々しくそう吐き捨てた。

 

 

そのとき、

 空気が揺れた。

「「「見つけたっ!」」」

 子供三人の声が、同時に上がった。



2006.04.27.Thu/22:39
  「逆拘」挿絵(猫目堂様) 
昔、逆拘の挿絵としてプレゼントしていただきました、イラストです。

カッコイイ……

再掲載させて頂きました。
クリックすると原寸大が表示されます。


gyakkyou-img2-1.jpg

2006.04.27.Thu/23:00
フォームから、ご感想メッセージを頂きました皆様、ありがとうございました。

今回初めて、当方のカカイル作品をご覧になって楽しんでいただけた方もいらっしゃったようで、私も大変嬉しいです。

正直、原作のNARUTOはここ数年読んでおりません。
記憶にあるのはぶっちゃけ、最初の数巻のみ(エーΣ(゜д゜|||))
なので、私の作品はオリキャラが多いです。
何故ならNARUTOの登場人物を恐らく1/10も把握していなから……。

また、昔のHPをご存知でまだ覚えていて下さっていた皆様…私でさえ忘れていた作品の中身などをしっかり覚えていて下さっていたとは…オドロキ+とても嬉しかったです(;´д⊂)
本当にありがとうございます。
「そういえばそんな作品もあったなぁ」と思い出していた大馬鹿者でした(猛省)


皆様からの心温かいメッセージのおかげで元気を頂きました。
本当に本当にありがとうございます。


北野



余談

それにしてもですよ…
私、自分の記憶力を本当に疑うんですが…
カカイル作品を整理していたら、
「……私こんな作品書いたっけな…」
っていう、自分でもストーリーをすっかり忘れてるものがゴロゴロ出てくるんです。

若年性健忘症じゃないか私!?

と夜中に一人でパニくってたりします。
現在サイトに掲載している文章はほんの一部で、まだまだ整理しきれていないSSがいっぱい発掘されました。
昔、一度は掲載した事があるものなのですが、キレイさっぱり作者が内容も何もかも、ファイルを整理するまで存在さえ忘れており。

余談でした(;´д⊂)
2006.04.28.Fri/01:47
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> 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。 得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。

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