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  時計家族 
時計家族


 塾で同じクラスに、はせの君っていう男の子がいる。
 すごく頭が良くて、いつもテストでは一番。
 うちの塾は、席順が成績で分けられるから、はせの君はいつも、一番前の真ん中、つまり最優秀生徒が座る席に、座っている。
 どんな子かって?よく分からない。
 一度も話した事が無いから、どこに住んでいるだとか、どこの小学校に通っているだとか、趣味は何とか、全然何もしらないの。
 話しかけてみればって?それは無理。
 だって、授業が始まる直前ちょうどに塾にやってきて、終わったらすぐに早足で帰って行くの。休み時間は、席に座ったまま、ノートや教科書をうつむいて見ているだけ。
だから、だれも話しかけないし、はせの君から話しかけてくる事も無い。
 もう、いてもいなくても分からない存在になっている。教卓のすぐ前に座っている、人形みたいな人。
実は顔もよく思い出せない。気にも留めていないし、いつもうつむいているからね。
 背は中くらいで、太ってもやせてもいない。なにもかも普通で、特徴が無いから余計に思い出せない。
ほら、今日も、塾の授業が始まる五時の一分前、はせの君が教室に入ってきた。前の扉から、教卓の前を通りすぎて、真ん中の席へ。
 かばんをかけて、イスを引いて、かばんの中から、いつもペンケース、ノート、教科書、下敷きの順番で出す。
そうしている内に、先生がやってくる。はせの君は、シャーペンを持って待ち構える。
 いつもあんな感じ。
 休み時間は、トイレにもいかないでうつむいたまま。
授業が終わったら、さっさと帰り支度をして、もう教室を出て行った。
 今日もいつもと同じだった。
 ちょっと後をついて行ってみようかな。
 塾のビルを出て、すたすたすたすた、駅に向かって一直線。ちかちかと赤に変わろうとする信号をすり抜けて、でも電車には乗らないでガードレールの下を潜りぬけて行く。
駅からの長い坂を登りきってまた下りて、細い小道を通り抜けると、一軒家が並ぶ住宅街の一角。あら、私の家の近所だった。
 はせの君が帰って行った家は、私の家の裏通りにある目と鼻の先。二階の私の部屋から見える。全然、分からなかった。
夕飯を終えて、二階の窓からながめてみると、はせの君の家にも明かりがついていて、カーテンに影が映っていた。
こんなに身近にいたのに、本当、気がつかなかったなんて。

 それからの日々、私は何となくはせの一家が気になり始めた。
 え、聞きたい?
 聞いても仕方が無いよ。つまらないもの。
 いーーーーーーーっつも同じ毎日。
 まずね、平日の朝は、六時四十五分ちょうどにみんな起きるの。私はタロの散歩があるから、いつも六時に起きて、七時前には家にいつもいるのだけど、六時四十五分の天気予報が始まると、ちょうどに、本当にちょうどにみんな起きるの。私の部屋にいると、目覚ましの音まで聞こえる。
それで、七時半にお父さんが、本当にちょうど七時半に家を出て、七時四十分にはせの君が、本当にちょうど七時四十分に家を出るの。知らない学校の制服を着ていたな。
私は、八時に家を出るからその後はせの君のお母さんが何をしているかは分からない。
 で、夕方は、塾がある日も無い日も四時半ちょうどに、本当に四時半ちょうどにはせの君が学校から帰ってきて、八時ちょうどに、本当に八時ちょうどにお父さんが帰ってくる。
夜は、十一時に、本当に十一時ちょうどに一斉に電気が消えて寝てしまう。
 一分一秒くるいが無い。
 本当、時計みたいな家族。
 え?よくそんなに観察したなって?
 だって、もうあれから一ヶ月間、時々しか観察してなかったけれど、いつもいつもいつも、同じ時間に同じ事をしているから、嫌でも気付くよ。
 一度なんてね、塾が無い二日間連続して、ずっと窓から観察していた事もあった。そうすると、全く同じ日が二日続くの。
 間違い探しパズルをしているみたい。
ううん、パズルのほうが簡単なくらい。前の日と、次の日の違いを見つける事が出来ないくらい、毎日毎日毎日同じ同じ同じ同じ。
 時計家族だね。


グラグラグラグラ
ガシャンッ ガラガラッ
 
 
 びっくりした、昨日。すごい地震だった。
 この辺りの震度、五だって!
 本棚や、タンスがぐらぐらして、本が落っこちてきた。壁にかけてあった絵や時計、棚にかざった置物も落っこちて、壊れた。
 玄関に飾ってあった時計も壊れて、捨てた。
はせの君一家は、どうしていたかな。
 今日も塾がある。
 五時前に塾へやってきた私は、はせの君がくるのを待った。友達と話しながら、内心、教室の入り口を見ていた。
 五時一分前。
 ちゃんと電話の時報で正確に合わせてきた私の時計が四時 五十九分をまわった。
 あれ?
 来ない。
 四時五十九分 十秒
 来ない
 四時五十九分 二十秒
 来ない?

ガラッ

 あ、来た。
 はせの君がやってきた。
 前の扉から、教卓の前を通りすぎて、真ん中の席へ。かばんをかけて、イスを引いて、かばんの中から、いつもペンケース、ノート、教科書、下敷きの順番で出す。
 そうしている内に、先生がやってくる。
「よう、昨日の地震、ひどかったな。先生の家も、上から時計が落っこちてきたりして、大変だったぞー」
 と先生。
 はせの君は、シャーペンを持って待ち構える。
 二十秒遅れたけれど、いつも通りだ。
 休み時間も、トイレにもいかないでうつむいたまま。
 いつものはせの君。
 もう観察するのがいいかげんにあきてきた。
 だって、毎日同じ同じ同じ同じ。
 きっと私ももうすぐ、はせの君の事なんて忘れて、はせの君を知らなかった日に戻る。
 そう思うと、はせの君って気の毒な人だと思う。

 そして今日も何事もなく塾の授業が終わった。
 さて、今日は帰りに本屋でも寄ろうかな、と考えながらふとはせの君の方を見る。
 あら?
 いつもなら早々と教室から姿を消しているはずなのに、はせの君はまだ席に座っていた。
 私は時計を見た。
 先生はいつも七時ちょうどに授業が終わる。
 先生が出ていくと同時くらいに教室を出て行くはせの君なのに。
 七時 十秒 
 まだ座っている。
 七時 二十秒
 あ、立ち上がった。
 そして、はせの君は早足に教室を出て行く。
 何だ。結局、いつもと同じだ。
 ただ、今日は二十秒遅れただけで。
 私もその後に続いて教室を出た。
はせの君は塾のビルを出て、すたすたすたすた、駅に向かって一直線。
 あとはいつもの通りだろう。
 点滅する信号をすり抜けて、ガードレールの下を潜りぬけて、坂を上って下りて行く、いつものルート……

 あ
 はせのくん
 あぶないはせの君!
「はせの君止まって!」
 信号、赤―――――――…・

ドンッ

―――…・ざわざわざわざわ
…・ぴーぽーぴーぽーぴーぽー…・
 

「ご近所のはせのさん、知ってるでしょ?ご主人さんが亡くなったんですって」
 家に帰ると、お母さんが青白い顔をしていた。
「踏み切りを無視して歩いて、電車にひかれたんですって…・」
 はせの君のお父さんも、きっと二十秒遅れていたんだ。
 私は、ふと玄関の時計に気がついた。
「これ、この間の地震で落っことしたよね」
「え、ええ。それがどうしたの?」
 お母さんが不思議そうな顔をした。
「二十秒、遅れてるよ」
 と私は言った。        


おわり
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2006.05.13.Sat/11:49
  Over the Wall vol.0 
序章


 事故・二〇〇〇年九月二十日

 夏も過ぎて、葉が色づこうという季節のある日、高校一年の代沢尚人(しろさわ・なおと)は下校の途にいた。
 丘にさしかかる。高い塀を越えて枝を伸ばす木の葉が移り変わる季節を表していた。歩道を行く尚人や下校中の生徒達の頭上を舞う葉。その下を尚人は、とにかく眠気をこらえながら歩いていた。気温にメリハリの無い中間的季節、春や秋はいつも眠い。
 長い坂の終わりに交差点が見える。この時間は車通りがほとんど無く、ここいら近所はやけに静かだ。そしてそこを通る生徒達も皆、何故か無言だ。余りの静寂に、耳鳴りさえする。その耳鳴りに紛れ、珍しくエンジン音が聞こえてきた。あくびを無理に止めて尚人が後方を振り返ると、緩やかな丘を頂上から下ってくるバンが見えた。4WDのようだ。道が空いているのを良い事に、多少スピードをオーバーしているようだ。道路を闊歩していた学生達は歩道へ上がる。
 はじめから歩道にいた尚人は前方に向き直り、もうじき下りきる坂を進み続けた。エンジン音は益々近づいてくる。もうすぐ尚人の脇を通り過ぎて、目の前の交差点を曲がるか、真っ直ぐ行くかする筈だ。信号はつい先程、青に変わったばかりだった。
 だが、その直後、背後から聞こえてきたのは、エンジン音を掻き消すスリップ音。後に人から話を聞いてそれが、タイヤのスリップ音だと分かったが、その時その瞬間の尚人は、その甲高い音が、女の子の叫び声かと思った。振り向くと、目の前に、バンが横倒しになってつっこんでくるまさに最中だった。
「――うわっ!」
 尚人の足は、反射的に身を守ろうと地面を蹴って後ろ向きに飛びのいた。バンはブロック塀に突っ込み、尚人はバンの直撃を避けたものの、反転したバンの後部に襲われ、激突され、その衝撃で吹っ飛んだ。掛けていた眼鏡がどこかへ飛んだ。無数の弾け散ったブロックが、尚人の全身を打った。直後、尚人は地面に叩き付けられる。そしてその瞬間、痛みより先に、視界が消えた。
 人の叫び声。
 ブロックが固いものに当たる音。
 繰り返される、尚人を呼ぶ声。
 聴覚だけが、遠ざかる意識の縁をつかんでいた。

 ――――――……

 そして、本当に何もかもが消えていった。
2006.05.15.Mon/02:15
  Over the Wall はじめに 
中篇作品「Over the Wall」をお読みになる前に。


この作品は、北野が十代の時に書いた作品です。
一応完結しております。
誤字脱字や表現がおかしいところを修正し、少しずつ掲載しようと思います。


二十代の皆さんにはご経験があるかと思いますが、
自分が十代の頃に書いた作品を読み返して見ると、
なんともスッパイ気持ちになることはありませんでしょうか?

うへwなんで私こんな文章書いてんの?w(苦笑+爆笑÷2)

という類の…。
この作品を私が久々にPCの底から発見した時も、同じ気持ちでした。
なんだかよく分からない事がいっぱい書いてあるし、
しかもテーマがちょっとおかしいです。

ストーリーの流れや、つっこみどころイッパイですが、
それを寛容に笑い飛ばしてくださることをご了承下さった上でお読みいただければと思います。




※余談

実際に北野が読んだ時に自分自身にツッこんだ事↓
「目を手術して一週間で見えるようになるわけ?(恥)」


では、こちらからどうぞ↓

Over the Wall 0
2006.05.15.Mon/19:26
  Over the Wall vol.1 


 白濁夢・二〇〇〇年 九月二十七日

 真っ白くて広い部屋に、女の子がいる。
 机とか、椅子とか、他に何かがあって、他にも誰かがいた気がしたが、良く見えない。
 尚人の視線は今、その娘しか見ていない。
 尚人とその娘は、部屋の対角に向かい合っていた。
 広い部屋だから、二人の距離は遠い。誰かが尚人の腕を強く両側から引いて、尚人を壁の中に引き込もうとする。その娘と引き離そうとする。
 尚人は、自分の置かれている状況が理解できなかったが、取り敢えずささやかに抵抗を見せる。少しずつ離れていく女の子が、尚人に向かって何かを言っているからだ。それを、聞き取ろうとしたのだ。少女は泣いて、泣きながら、何かを尚人に一生懸命に言っている。何を言っているのか、尚人は聞き取れないけれど、その子が尚人の心を強く引っ張り、尚人を呼び戻そうとしている。
 だが、白い壁に尚人の足が、腰が、腕が、徐々に飲み込まれて行く。その娘との距離が更に広げる。そして、後頭部、耳の後ろ、頬が、右目、最後に鼻が、尚人の全てが壁の中に吸い込まれていった。
 壁の中は真っ暗で―。
「尚人、尚人」
 代沢尚人。
 そう、自分の名前を、何度も聞いた尚人自身の名前を、何度も聞いた声が呼んでいる。
「尚人!」
 意識が揺れる。尚人は目を開けた。
「………?」
 今度もまた真っ白だ。
「尚人?」
 声はまた尚人を呼ぶ。真っ白な視界にかすんで浮かぶ黒い人影がいる。
「兄貴…?」
 と尚人が小さく口を開くと、その人影は何度も頷いたように見えた。
「分かるか、聞こえるか?」
「…うん……」
 記憶を手繰り寄せながら、生返事をする。何となく現状況を理解出来た。その時初めて、白い包帯が目を覆って薄く巻かれている事に気付いた。動かすと痛む腕を何とか顔まで持ち上げ、指先で乾いた感触の包帯に触れる。
「何?これ…」
 包帯の向こうに揺れる人影が三人に増えた。
「痛くはないかい?」
 増えた影の一つ、多分医者の、兄貴とは別の男の声が尚人に話し掛けて来た。尚人はそれに頷いた。
「では、包帯を取ってみましょうか」
今度は若い女の人の声。看護婦だろう。
「……そうだな……尚人君、実はね」
 医者の低い声が、尚人の顔に近づいた。そして、言い聞かす様に、努めて柔らかい口調で医師は、両目の手術を行った事を尚人に簡単に説明した。手術後初めて今包帯を取るのだが、それまで結果は分からないのだという。
(さっきから見えるよ…)
 と尚人が本音を飲み込んでいる内に、包帯は取り除かれた。瞬きを繰り返す尚人を、ベッドを取り囲む数人の看護婦や医者達、そして兄貴が、固唾を飲んで尚人を眺めている。
「どうだ、尚人?」
「…ちゃんと見えるよ」
 むしろ、前より視力が良くなったくらいだ。
 そう、日常に眼鏡をかけていた尚人は、両目の視力が〇.二。三メートル先の人の顔が分からない。それが今、眼鏡無しで病室の隅、五メートル先の壁の張り紙が読める。
「本当か!」
 包帯を取って初めて顔を見た兄貴が、声を震わせてしがみ付いてきた。その感動の場面に、医者達は感無量と瞳を潤ませていた。だが落ち着く間もなく、今度は警察が部屋に押しかけてきた。場も白けてしまう。
「尚人君は、事故を覚えているかな?」
 説明と質問が降りかかる。人をやたら子供扱いする警察の態度が気に食わない。だが話を聞いて、ようやく尚人は状況を整理出来た。やはり交通事故だった。下校途中にバンが突っ込んできて、全身打撲の重傷。その上、飛び散ったブロックの破片で目をやられた。一週間意識不明だったそうだ。
 その後も尚人の狭い病室は、職務に励む警察関係者、ひたすら平謝りする加害者家族、そして彼らをたしなめる医者でごった返し、尚人に息つく暇を与えなかった。やっと平穏が戻った時にはもう陽が落ちるところだった。
「はー……っ」
 一度に多くの人間と接し、精神的に疲れた。
 今は面会時間が過ぎ、病院関係者以外の人間が全て病院から消えた。そうなると、急に建物全体が静寂に包まれ、夕暮れ独特のぬるま湯の様な空気が薬品の匂いとともに病院中に充満している。落ち着かないほど、静かだ。
 ドアがノックされた。
「起きてるか」
 兄貴だ。感動の名場面中に引き剥がされてから、初めて顔を合わせる。そう思うと、実感が湧かないくせに妙な感慨をおぼえる。扉が開き、西日の中に兄、彰人が現れた。
 彰人は、白衣を着ている。この病院は、医者である彰人が勤めている大学病院でもあった。
「お前、今日は疲れただろ……?」
「うん…」
 尚人は正直に応えた。彰人は軽く笑った。
 尚人以上に疲れた顔をした彰人は、窓から強烈に射す紅い光を浴びて、まるでその濁りに浮遊しているように見えた。
 お互いそれから言葉が見つからない。紅い濁りが徐々にその光力を失い、窓から闇が裾をひろげてきた。部屋の静寂―自然が見せるその無音の現象に、会話も、夕闇に溶けてしまったのだろうか。
「もう…俺を悲しませないでくれよ…」
 波紋一つ無い静寂の水面に、彰人の呟きが浮かび上がってきた。尚人は彰人に視線をやるが、俯く彰人の表情は、たれる前髪に隠されて確認する事が出来ない。だが、力無いくぐもった声は、彰人の心底の安堵とそれまでの焦燥を表していた。その気持ちにどう応えて良いか分からず、ただ尚人は彰人を見つめるしか出来なかった。気の利いた言葉の一つも思い付くほど、自分がまだ大人でない…そんな事がここで気付かされた。

 こんな一日目から入院生活が始まり、尚人が学校に戻ったのは三週間経ってからだった。
2006.05.15.Mon/19:33
  Over the Wall vol.2 


白昼夢・二〇〇〇年 十月二十日

 入院生活自体は慣れてしまえば苦痛ではなかったが、混濁した退屈な日々だった。
 入院中、尚人は何度も同じ夢を見たのだ。
 あの白い部屋での白い夢だ。現れる人はいずれも、泣いているのだ。 夢見が悪い。目が覚めるといつも、昼近い。
 白濁とした病院の、白濁とした毎日と毎晩現れる白濁とした夢。
 現実感の薄い毎日が続いた。その日々に辟易とし、まだ数箇所に包帯を残して強引に退院を申し込んだのだった。

 だがこれでまた、安穏とした日常が始まる。そう期待していた。
 しかし、両手に包帯を巻いて頬にまだ大きなバンソーコーを残し、しかもクラスの中に尚人が事故に遭った現場に居合わせた人もいたから、登校時は何かと周囲が騒がしかった。
 それでも授業が始まってしまえば、周囲は事故前も事故後も変わらない。本当の意味で日常に戻ったつもりだった。
 午前が無事に過ぎて行き、今は午後の授業中。世界史の衣川が、何やら長い話をしている。板書をせずにひたすら喋る事で授業が進む。理数系の尚人にとって世界がどう動いてきたかという途方も無い話は興味外だ。
 尚人は、眠気と懸命に戦い、頭を上下左右に振りながら、午後のひとときを過ごしていた。抑揚のない講義はまだ続く。
「十八世紀後半にはいると、フランスでは国民の絶対主義に対する批判が更に高まった。覚えてるか?絶対主義。」
 覚えていない。
「何故かというと、その時啓蒙主義という思想が盛んになって、不合理を嫌い、自由を求める、という思潮が流行ったからで……」
 もう意識が、うつつの崖淵で足を滑らそうとしていた。
「啓蒙主義!これは大事だぞ。出るぞ」
(軽毛主義??)
 そんなわけが無い。
 分かっていた。けれど、眠気は頂点に達しまともな思考力を奪っていた。意識の隅で、衣川の声が音の波を打って尚人の鼓膜を徒に刺激しているだけだった。
「―と、こうしてフランス革命が勃発したわけだな。このフランス革命では、ルイ十六世を始めとする多くの貴族・王族が逮捕され、次々と革命広場でギロチンによって処刑…」
「!」
 突然、眠気が嘘のように晴れた。さっきまでぼやけていた衣川の声が、話している言葉の一つ一つが、まるで書き込まれていくように尚人の脳裏に焼き付いてきた。

 ―――――――どうしたんだ、一体。

 オオクノキゾクガタイホサレ、カンキンサレ、るいジュウロクセイヲハジメトスル……

喧騒 怒号 威喝 嘲笑 歓喜

人の声 人の顔 人の口 人の熱 人の眼  人 人 人…

「死ね!」「死ね!」「殺せ!」「殺せ!」

死んでしまえ


「――っ!」


 尚人は急に腹の底から込み上げてくる空気の逆流に、思わず叫び出す所だった。
 必死に空気を飲み込み、唇を噛んで堪えた。

 ―――――何だ今のは!

 圧倒的な、恐怖だった。胸が異常な速さで鼓動して、痛いほどだ。まるで全速力で走ったかの様な荒い息に、肩が上下している。隣の席の女子生徒が、尚人を一瞥して首を傾げる。しばらく迷って、「どうしたの」と声を潜めてきた。尚人は、声も出せないまま、ただ首を横に振った。女子生徒はまた表情を曇らせ、また前方を向き直るとノートを取り続ける。
 ほっとした。教室が騒ぎになるのだけは嫌だった。教卓の衣川は尚人に気付いていない。
「………」
 ガクランの中で、尚人の体は発汗でずぶ濡れになっていた。だがそれとは逆に、手足は血の気を失い、急に感覚が遠のき冷たくなる。芯から温度が失われていくのがわかった。
「本当に大丈夫なの?ねえ…。」
 両手で自分自身にしがみ付くように体を抱いて震えている尚人を見て、女子生徒はとうとう尚人に強く呼びかけた。教室中が尚人を振り返り、衣川が「何だ?」と叱り付ける。
「先生、代沢君が……」
「代沢?」
 聞き慣れた声がすぐ近くから耳に届く。男の手が、乱暴に尚人の肩を掴んで揺らしている。だが尚人は俯いたままで、額からの汗が机を濡らしていた。衣川は急に口調を変えた。
「代沢、どうした。どこか痛いのか!」
 教室の雰囲気は、今、尚人が望まない最悪の状態になってしまった。興味の目、心配の目…。様々な人の目が、尚人を見る。

 ――――――怖い

 尚人は、何故か恐怖を覚えていた。視界が白く薄らいでくる。現実感が遠ざかる。ここは何処なんだ。教室のはずだ。これは日常なのか。現実なのか。何処なんだここは、帰りたい、戻りたい。死にたくない、誰か……
「尚人!」
 机に伏せていた顔を、何者かに無理やり上げさせられた。両こめかみを掴まれ、顔を上げさせられた目の前に、現実に見慣れた顔が尚人をきつく睨んでいた。数年間ほぼ毎日顔を合わせる腐れ縁、小河原均だ。
「小河…」
「保健委員、代沢を連れていってやれ!」
 尚人の呟きは衣川の焦声に消された。
「俺が行きます」
 尚人のこめかみを掴んでいる本人、小河原が、膝をついたまま衣川を振り替える。
「行こう。歩けるな、歩けよ」
 強引に尚人の背中に手を回し、席を立たせて歩かせようとする。
「いいって、大丈夫だから」という声さえ尚人には出せなかった。まだ 喉のおくから込み上げる何かに、胸を圧迫されて喘いでいた。

 その後授業を保健室で休み、掃除当番を親切なクラスメイトに替わってもらい、尚人は早くに下校する事が出来た。この日は部活も委員会も無い、坂井、真木、小川原といった尚人との腐れ縁三人と一緒だ。
この三人とは一緒にいて気を使う事は一切いらない、気楽な人間関係だ。過干渉は暗黙のうちにタブーとなっている。あくまでも個人を中心に各々が其々に部分的なつながりのみを求めている。だが不思議とそれがバランスを保っている。崩れる気配はない。
「代沢…もう大丈夫なのか?貧血?」
 と坂井。四人の中で一番小柄で、坊ちゃん育ちの節があって最も気配りの出来る奴だ。
「そうだったよな。お前震えてたぜ」
 と、自己中心的で自信家の小川原。
「チワワか?」
 と、一人無意味な突っ込みを呟く変人の真木。何も同意や反応を求めている訳では無い。一種の口癖の様な物だ。
「まあそれはいいとして、養生しろよな」
「どうも」
 正確に言うと貧血ではなかった。
「授業をぼーっと聞いてて…フランス革命の説明あたりで…こう、くらっと」
「事故の事、思い出したの?血生臭い話だからね、あの範囲。先生も無神経だよね」
 と坂井が真心から心配そうに呟く。だが、尚人はそれを否定した。正確には、あれはただの「恐怖」だった。「記憶」でなく、漠然とした「感覚」だった。
「それがフラッシュバックじゃないの?」
 フラッシュバックとは、事故等の恐怖が日常生活の中で突然に蘇って来る現象の事だ。事故に遭った瞬間の情景がビデオを再生するように記憶や幻覚として蘇るのだ。生死に関わる事故・事件に自分の生命を晒される恐怖体験をするとよく起こる症状だという。
 坂井が視線を小河原に受け渡す。
「お前、目をやられてたんだろ?だから映像として蘇るんじゃなくて、こう、ただその時の恐怖だけが、感覚的に蘇ってくるとか」
「もっともっぽいねぇ」
 それを真木が茶化す。確かに小川原の言う事は辻褄が合う気がする。だが事故の瞬間に感じた「感覚」と、あの時の「恐怖」は、異質な物だった。第一、事故の瞬間、尚人は不思議と恐怖は感じていなかった。その前に気を失ったからだろうか。
「それか、失われた記憶って奴が五感以外の第六感を媒介して蘇ったんじゃねーの」
 真木の独語が続いた。
「は?」
「今流行の『ココロの傷』か」
 一方坂井は、
「ドラマみたい」
 と真木独自の理論になど興味が無いと言った様子だった。
もっと思い出させてやろうか、と前置きをして、真木が今度は尚人に視線を当てて話し始めた。
「「ギロチン」といえば、すげえ本が…」
 すると、真木の言葉を遮るように、小川原が思い出したように口を挿んだ。
「あ、俺それ知ってるかも。『死刑・拷問解体新書』とかいう本だろ?世界の歴史上に実行された刑の方法を、解説してるやつ」
「何だそれ」
 坂井が目を細め、表情で不快を表現する。一方の尚人は無反応だ。
「最近流行ってるだろ、その手の本。自殺ハウツー本とか。冗談で読むから良いものの…」
 確かに、刺激への欲求の現われという点では、世も末なサブ・カルチャーだ。そういう著者と読者の暗黙の相互了解があってこそ、出版できる代物である。
「何も考えてないんじゃない?」
 小河原と真木が妙に盛り上がっていた。それを聞いていると、尚人は首筋がちくりと痛んだ。指先で首筋をさすってみる。当然だが、傷も何も無い。尚人のそうした動作の片鱗に現れる不安の感情に気付く事なく小河原と真木は、共通の話題領域にて出会ったお互いの言葉の行き来に、興にのり始めた。
「ギロチンって発明者の名前なんだよな」
「そう、笑えないよ。名誉になるわけ…?」
「結局、発明者本人もギロチンの餌食だって話だしなぁ」
「やめとけよ」と坂井が尚人を気に掛けてくれたか、二人の会話に耐えられなくなったか、険しい顔でそれを止めた。
 坂井を無視して小河原は、知識のひけらかしに快感を覚えながら長々と説明を始めた。
「何でもそれまでの処刑っていうのは、残酷で非人道的で…。聞いた事あるだろ?火刑、磔、四つ裂きの刑、石打刑、車輪刑、フランソワ・ダミアンの処刑……あと……」
 後半の刑においては、その名前のみでは内容の想像に苦しむが、要するに囚人が苦しむのであろうという事は分かる。真木は頷く。坂井は「何だそれ」と眉を寄せていた。
「貴族を処刑する時だけに行われる斬首刑も、日本のそれに比べて技術が無くて失敗が多くて、結局受刑者は苦しむ事になってしまうパターンが殆どだったんだって」
「日本刀は世界一切れるんだぜ」
「西洋のはなまくらだから、斬りそこないが実に多かった……うえっ気持ちわりぃ」
「それを防ぐ為に、苦しまない人道的処刑道具として、ギロチンが発明されたんだよ」
「そうそう」
 小河原と真木のキャッチが続く。
「そうそう、じゃなくてさー…」
 と再び坂井が会話に割って入った。
「死刑に人道的も非人道的もあるのかよ。だいたい、ギロチンだって…あんな見目にも残酷な機械…あれだって、失敗が多そうだぜ?あれで簡単に人の首が斬れるとは思わないよ…構造も単純な作りしてそうだし」
 坂井も、喉元を無意識にさすっていた。特別、坂井が繊細だという事ではない。小河原と真木の二人が変なのだと、尚人は思う。
 坂井の反論に自分の反撃理論のタネを見つけた小川原は、嬉しそうに皮肉めいた相槌を打った。
「冷静な観察だな、坂井」
「何がだよ」
 真木が小河原の言葉を継ぐ。
「その通りみたいだぜ。ルイ十六世なんかは、デブで首が短くて太かったから、半分しか切れなくて、あとは人が数人で刃を下まで降ろして切断しきったって、書いてあった。こう…よいしょっと…ざっくり、ぼとっ」
 と真木は、両手で固い空気を地面に押し付けるような動作をした。なるほど…首を切断しきれなかったギロチンの刃を、体重をかけて下までおろしているのか。尚人はぼんやりとそれを眺めてまた首の後ろがちくりと痛むのを感じた。
 本当なら相当嫌な話だ。
「そこまで細かく説明するなよ」
 小河原に肩を小突かれ、真木の悪趣味なパントマイムは阻止された。
「話を戻すけど、坂井、死刑ってのは、恐いから意味があるんだよ」
 小川原は、今時の青少年に多い、ドラスティックな性格だ。物事に何かと理論を建てたがる。幻想、夢物語の類を嫌う。文科系と言っても、リアリズムとしての文化を尊重する。
 それに大抵いつも対抗したがるのが、人情主義の坂井だ。彼は、多少世間知らずで甘え性なところがある。
「…悪い奴は殺す追い出すの時代じゃないんだからさ」
「そういう人情を基準において物を言うの、俺的に大嫌いなんだよなー」
 犯罪の低年齢化と凶悪性と件数増加に伴い、死刑の是非はメディア上で話題になっていた。多くの番組でディベートが行われ、実際の事件においても被害者・加害者をネタに様々な論議が交わされた。
「いくら環境が人を育てると言い訳してもな、それでも「人を殺す事」が良い事か悪い事かってくらいは知ってんだろが」
「……」
 坂井がつまった。
「ま、そう簡単に割り切れない場合もあるわな。でもどっちでもいいじゃねーか」
 中立的立場にいる真木は、会話の流れにこうして有利不利などの片寄りが起きた時に、自ら緩和剤となって会話に割り込む。そして強引に話に区切りを付けるのだ。それに、小河原が持論放出に満足する事が場面解決の一番の近道であると、真木は知っている。
「そうだな、どうせ俺は犯罪者じゃないし、未来においても絶対にならないからな」
 と小河原。すぐに「そうかー?」と坂井。
 小河原式理論武装は、常に自分を完全な第三者、傍観者としての立場に置く事により展開される。俺は関係ない、これが一番の強みなのだ。どうやら死刑制度云々の話題に飽きたか、納得のいく結論づけが出来た様である。
「そうだよ。ところで、何の話からこんな暗い話になったんだ?」
「本の話だよ」
「あ、そうそう。で、その本は結局さー…」
 二人は、再び恐いもの聞きたさの好奇心と、悪趣向に感覚を刺激されて他愛も無くはしゃぐ会話に戻っていった。止めるのを諦め、結局坂井も会話に相槌を打ち始めた。
 結局自分自身も、といっても多くの人間がきっと、物事を自分から遠ざけて傍観を気取りたいだけなのだ。
 狂気 異常 特異 怪奇 死 
 他人事のおとぎばなしに、尚人も無言で耳を傾けていた。
 少年達のチキンゲームは続く。






余談 by 北野
ほらもう、この辺りから変…
2006.05.16.Tue/02:37

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北野ふゆ子

Author:北野ふゆ子
> 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。 得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。

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